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東北 地方議会・首長,政治・選挙スレ

3888チバQ:2015/08/04(火) 19:21:26
http://www.yomiuri.co.jp/local/iwate/feature/CO018014/20150731-OYTAT50080.html
15知事選 共通点から探る
「最後の砦」攻める元「懐刀」
2015年07月31日 05時00分
かつて同じ民主党で小沢を支えた達増(左)と平野(6月、北上市の工場竣工式で)
かつて同じ民主党で小沢を支えた達増(左)と平野(6月、北上市の工場竣工式で)

 6月下旬、生活の党共同代表の小沢一郎は、知事選と同日で行われる県議選の新人立候補予定者の応援のため、奥州市でビールケースの上に立った。反達増派の県議が持つ議席について「奪還したい」と語り、敵意を隠さなかった。剛腕と呼ばれた小沢のドサ回りは、まな弟子・達増のためでもあった。

 政界での影響力が低下しつつある小沢にとって、おひざ元の現職知事である達増は「最後の砦とりで」。民主や維新のトップと相次いで会談し、国政レベルで野党連携の枠組みを作り上げた。

 「右腕」「一番弟子」――。達増にはそんな呼び名が付いて回る。新進党から衆院議員に初当選した1996年以降、自由党、民主党と党籍を変え、小沢と歩調を合わせてきた。小沢が民主党を割って出た時も、資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件(小沢は無罪が確定)で批判された時も、知事の立場で「小沢寄り」の発言を繰り返した。

 だが、小沢の求心力が低下した今、達増は「小沢離れ」の姿勢を見せるようになった。昨年11月には知事選への出馬表明とともに「県民党」を宣言し、翌月の衆院選では、4区の小沢を含むどの候補者の応援にも入らなかった。今年6月、小沢が「知事選はオール野党で」と発言した同じ日には「20年前さながらの政党間の角逐みたいな戦いをやろうとする勢力はうまくいかない」と述べ、政局観の違いを垣間見せた。

 後日、達増は「あれは自民党を念頭に申し上げた」と釈明。「人間と人間の関係は簡単に説明がつかない」と、一歩引いては戻る、絶妙な距離感を見せた。そんな思惑を横目に、野党共闘という舞台装置を整えた小沢は「王国」の存続を弟子に託し、決戦の時を待つ。



「私どもが目指す『開かれた県政』の実現に、平野さんは適任」

 5月末に開かれた自民党県連の選対会議。「開かれた県政」という言葉を何度も使いながら、平野の支援を発表する県連会長・鈴木俊一の顔に安堵あんどの色が浮かんだ。2年にわたって狙い続けた小沢の懐刀をついに奪ったのだ。

 平野は、自民にとって敵だった。農水官僚だった01年、当時の自由党から小沢の肝いりで参院選に出馬し当選、「王国」を支えた。だが菅直人政権時の11年、小沢の意に反して復興相に就任。12年の民主分裂では小沢と行動を共にせず、断絶は決定的となった。

 師から離れていく平野を、自民は注視し続けていた。復興相を務めた知名度と、官僚出身の高い実務能力。小沢の元側近を引き入れれば「王国」に与える打撃は計り知れない。

 13年の参院選でも、平野は意中の人だった。党勢の衰えた民主から自民のみこしに“乗り換え”を促したが、平野は決断を渋り、実現しなかった。

 そして、好機が巡ってきた。「小沢王国」から知事の椅子を奪還したい自民と、知事への意欲がもともと強かった平野の利害が一致。小沢に苦杯をなめさせるシナリオができた。

 敗北の歴史を塗り替えるのは今――。平野派県議の1人は「とにかく『反小沢』でまとまることが大事だ」と強調し、別の県議は叫ぶ。「これまでは130万県民ではなく、たったお一人の顔色をうかがう県政だった。人心を一新しなければ」

 「小沢王国」にとどめを刺すのか、延命装置となるのか。知事選は、その分岐点となる。(敬称略)

2015年07月31日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun


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