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中国・四国 地方議会・首長,政治・選挙スレ

4074OS5:2023/04/02(日) 21:53:08
革新知事から大阪出身の官僚知事へ
翌年、圓藤は収賄事件で逮捕され辞任に追い込まれ、大田正(2002年就任)が知事となった。専売公社の工員から出発したおそらく全国で初めての現場労働者出身知事だった。

少数与党で副知事選任などもできず、環境問題などでの公約への過度のこだわりが手を縛った。徳島空港拡張工事を停止したものの、併設する産業廃棄物最終処分場建設に支障を来して撤回せざるをえなかった。「汚職調査団」構想も、人選が偏っていると批判され県議会で知事不信任が可決され、知事選挙となった。

保守系は総務省より部長として出向中の飯泉嘉門(2003年就任)を擁立し勝利した。大阪府出身で東京大学から自治省に入省。『オンリーワン徳島』を看板に安定した県政を進め圧倒的な強さで四選された。「二兎を限りなく追う」というように総花的ともいえるが、バランスのとれたきめ細かさが信条である。Jリーグの「徳島ヴォルティス」の支援は成功した施策とされる。

ただ、四期目の後半からは多選批判が出てきて、自民党でも多選批判が強くなり、2019年の知事選挙では、最終的には、飯泉が自民党県連、公明党県本部、連合徳島から推薦を受けたが、5期目を目指し立候補した岸本泰治(元県議)が後藤田正純衆院議員の支持を得て立候補した。

結果的には、飯泉が53%の得票で勝利したが、岸本泰治が41%と善戦し、共産党の天羽篤も6%を獲得した。

また、飯泉は2019年9月に全国知事会会長に就任し2021年9月まで務めたが、かなりの激務であり、これまでも、歴代会長のお膝元からは、知事の仕事が疎かになるという批判が出てきた。地元に不在の日も多いし、庁内にいてもアポを取りづらいという現象も起きるのは、飯泉に限ったことでない。

そうしたこともあって、自民党県議団などは、地元出身の官僚などのなかから後継者を探すことを試みたが、適任者が見つけられないままになった。

保守から現職と2人の国会議員が出馬
今回の知事選には、無所属新顔で前参院議員の三木亨(55)、共産党の新顔で党県書記長の古田元則(75)、無所属新顔で前衆院議員の後藤田正純(53)、無所属現職の飯泉嘉門(62)の計4人が立候補を届け出た。前回善戦した岸本も立候補しようとしたが、直前に断念した。 三木はかつて知事だった三木申三の長男、後藤田は後藤田正晴の甥である。

保守三分裂なのだが、三人とも経緯としては傷だらけだ。飯泉が多選批判を受けて、現在の任期の退職金を受け取らないことにして背水の陣を敷いたが、過度の給与や退職金の辞退を餌に選挙をするのは感心しない。

後藤田はここ数年の県政の混乱が、後藤田が市町村長選挙などで独自の行動をしすぎたのが原因とみられ、2016年の徳島市長選挙では、四国放送アナウンサーの遠藤彰良を推して当選させたものの、強引な姿勢が批判を浴び、2020年の選挙では、自民党徳島県連会長の山口俊一代議士や福山守代議士が支援する内藤佐和子に敗れ、前回の総選挙では自民党県連から非公認の申し入れが党本部にあった。

それでも現職優先を原則とする党本部は、後藤田を公認したが、小選挙区では敗北し比例で復活当選した。しかも、その議席を放棄し、香川県出身の候補者が繰り上げ当選するのだから批判を受けるのは当然だ。

三木は2007年に県議となり、2013年の参議院選挙で徳島選挙区から当選。2019年には徳島県選挙区が高知県選挙区と合区となったため、比例代表の特定枠の1位に三木が指名され当選していた。今回の立候補は任期を2年以上、残して議席を放棄し、北海道出身の候補者に議席を譲ることになった。

つまり、徳島は一気に4人の国会議員のうち2人を失ったことになり、かといって飯泉の出馬経緯もぱっとしたものでなく、「阿波戦争の再発というが、以前の戦争にはしっかりした地元の発展を願う政策論争が根底にあったが今回はそれもない」と古い自民党有力者は嘆く。

三木は、二階派に属していたので、会長の二階俊博・元幹事長らが全面支援するし、後藤田は石破派の解散に伴い茂木派に移っていたので、関係者はエールを送る。しかし、派閥としても所属議員を失うことを歓迎しているわけはない。


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