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中国・四国 地方議会・首長,政治・選挙スレ
2250
:
チバQ
:2014/03/16(日) 12:56:45
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamaguchi/news/20140315-OYT8T00860.htm
産業再生へ道高い評価 山本前知事死去 県内、惜しむ声
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15日に肺がんのため、65歳で亡くなった山本前知事。国政選挙で2度苦杯を喫し、ようやく手にした知事の職も、病気で任期途中の1月に退いたばかりだった。在任期間511日は、戦後の公選制以降では最短だったが、業績や政治姿勢への評価は高く、県内から惜しむ声が相次いだ。
■議会で涙
山本前知事は2012年7月の知事選で初当選。同年9月に開かれた就任後初の県議会では「使命、責任の重さを改めて感じる。輝く、夢のあふれる県政を実感していただけるように、全力で取り組む」と決意表明した。一般質問では、政治家を目指したこれまでの道のりを振り返り、傍聴席の支持者の姿に涙を見せた。
二井関成元知事は「省庁時代から頼もしい後輩と思っていた。経験を生かし、県政を引き継いでほしいと応援した」と振り返る。
■原発では評価二分
就任後は県独自の産業再生戦略に着手した。民間の委員らで作る産業戦略本部を設け、13年7月に「やまぐち産業戦略推進計画」を策定。医療産業の集積化などを目指し、新たな補助金制度も創設した。
委員の一人で県観光連盟の松村孝明会長は「産業・観光の推進に力強いスタートを切り、手腕に期待していた」とコメント。取り組みは村岡県政に引き継がれ、柳居俊学・県議会議長は「『強い産業力なくして明日の地域の活力は生まれない』とし、産業再生に道筋をつけた」と評価した。豪雨災害では県災害対策本部長に就き、復旧の陣頭指揮を執った。
中国電力が建設を計画している上関原子力発電所については、13年3月、予定地の公有水面埋め立て免許延長の判断を1年先送りする方針を表明。この判断に、計画推進派の右田勝・上関町議は「国策を尊重する姿勢で問題にしっかり取り組んでいた」。一方、反対派の清水敏保・同町議は「明らかな公約違反で地元は失望した」と話した。
■健康不安消えず
就任前から健康を不安視する声がつきまとった。選挙中に肺疾患が悪化し、当選直後に入院。いったんは退院したが、13年5月に再び体調不良で静養した。秋には、会合の場で言葉に詰まったり、足元がふらついたりする姿が目立った。
ただ、公務への思いは強く、周囲が会議などへの欠席を求めても「私は出ます」と断り続けた。10月の九州地方知事会を途中退席し、そのまま入院。「入院先でも『とにかく時間をくれ。なんとか復帰したい』と話していた。責任感の強い方だった」。支え続けた藤部秀則・副知事は話す。
突然の訃報に、地元・柳井市でも悲しみが広がった。後援会長で柳井商工会議所の藤麻功会頭は「2月に面会した際、手を握って『柳井に帰ろう』と声をかけると、大きく目を開きうなずいていた。本当に残念でならない」と肩を落とした。
村岡知事は「県政に取り組むひたむきな姿は、いつまでも県民の心に刻まれる。生前の輝かしい功績に感謝し、ご冥福をお祈りします」とコメントした。
(2014年3月16日 読売新聞)
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