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中国・四国 地方議会・首長,政治・選挙スレ

1588チバQ:2012/07/12(木) 00:24:56
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120711-00000138-mailo-l35
核心:2012年知事選/4止 三輪茂之氏 /山口
毎日新聞 7月11日(水)12時55分配信

 <Election 7・29>
 ◆三輪茂之氏(53)=元県健康増進課長
 ◇「他の3人じゃ、いけん」 一人のチャレンジ、支える声も
 「もう、船は、出てしまったから」
 「バカなことは言わないで」と猛反対していた妻(49)も最後は賛成してくれた。
 資金は退職金。後援会は作らない。政見放送の文面も自分で練り上げ、選挙はがきも自分で書く。候補予定者4人のうち、最後に手を挙げた、元県健康増進課長で医師、三輪茂之(53)の、たった一人でのチャレンジのスタートだった。
 5月31日、県庁で開かれた立候補予定者説明会。三輪は半休をとって出席した。家族や上司には相談していない。説明会終了後、妻に「夕方のニュースに出るかも」と電話すると「もう、勝手なことをして」と怒られた。
 長女(23)は既に就職しているが、次女と三女は、それぞれ大学3年と2年、長男は高校3年。まだ教育費もかかる。長男だけは「チャレンジするのはいいじゃないか」と賛成だったが、妻と娘は「知事はそんな簡単な仕事じゃない。それに来年は大学生が3人になる。お金は大丈夫なの」と反対した。
 三輪は、「二度とないチャンスだと思うからやりたいんだ。お金は退職金も入るし、仕事も探せばないわけじゃないだろう。通らんかっても仕事はがんばって心配かけんようにする」と説得した。
  ◆ ◆ ◆
 三輪が知事選出馬を意識し始めたのは、二井関成知事(69)の言葉がきっかけだ。
 昨年11月9日、健康増進課長だった三輪は、二井が、岡山県瀬戸内市の国立療養所、長島愛生園で県出身の入所者を慰問するのに付き添った。二井が入所者に「私が知事になったのは53歳」と話すのを聞き、「自分もそういう年なのかな」とぼんやり思った。
 「二井知事が続投していたら、自分は出ることはなかった」
 三輪は、出馬会見でそう語っている。
 山口大医学部を卒業後、県内の医院で4年、県庁で23年の計27年間、県内で仕事をしてきた。他の3人の候補予定者の誰よりも長い。出馬を決心したのは、他の3人が知事になることへの危機感からだった。
 まず第一は、県財政が厳しいなか、新知事が自身の公約を実現するために予算を重点的に使い、健康福祉の分野に「しわ寄せ」が来ることへの懸念。
 もう一つ、他の候補予定者が、山口県の「閉塞(へいそく)感」を強調していることに対する強い違和感があった。三輪にとり、古里山口は、都会のように華やかなところはないが、自然も豊かで、特に年を取ってくると安心して暮らせるところ。「外から見て閉塞感があるというのはどうなのか。閉塞感があるのは、山口県だけでなく、日本全体なのだから、『山口を活性化する』と言っても、ドンと良くなるとは思えない」
  ◆ ◆ ◆
 「常識からは外れているかもしれないけれど、出てみよう」。そう思って決断した。記者会見し、選挙はがきを一生懸命に書き、それで選ばれなかったらそれが県民の判断だろうと思った。街頭演説や選挙ポスター貼りも当初は、やるつもりはなかった。
 ところが、出馬が報道されると、一緒に仕事をした人たちから「出るんだったらもっとがんばれ」との声が届くようになった。
 「もう、いいかげんな気持ちでやったんではいけん。他の3人じゃいけん、自分が知事にふさわしいという気持ちで立候補すると決めたのだから」
 告示後は、選挙ポスターを自分で貼りながら、素の声を聞いてもらうため、マイクなしで、街頭に立つ。(敬称略)【知事選取材班】=おわり
〔山口版〕

7月11日朝刊


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