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中国・四国 地方議会・首長,政治・選挙スレ

1066チバQ:2011/03/25(金) 23:24:29
http://mytown.asahi.com/ehime/news.php?k_id=39000001103220002
県議会を考える(中)
2011年03月22日


県議として地元中学の卒業式に出席した豊島美知さん(左)。こうした式典への出席も今月で終わりだ=今治市

◇役立てぬ ストレスに


  17日、今治市立南中学校の卒業式に今治市・越智郡選挙区選出の県議豊島美知さん(55) は、来賓として出席した。県議として地域のイベントに出席するのは3月までだ。今度の県議選には出馬せず、今期限りで引退する。


◇県議をやめます
 女性の立場壁ばかり


  「議員としては50点だった。役立てていないという思いがストレスだった」 。引退の理由をそう話す。


  1995年、男女共同参画社会をつくりたいと、今治市議に立候補し、初当選した。市議を3期務め、2005年の今治市・越智郡選挙区の補選で県議に初当選した。


  児童虐待や、家庭内暴力(DV) 防止のためのネットワークづくりに取り組んだが、壁にばかりぶつかった。同僚議員も県職員も男性が中心。「女性の立場や、状況を救う制度の必要性を理解してもらうのが難しかった」


   県議会では、12回、質問に立った。1カ月かけて用意した質問でも、議論の応酬はない。「本会議はただの儀式に思えた」 。要望によって、全く何も動かなかったわけではないが、十分な成果があったとは思えない。自分の存在価値が分からなかった。
                ■ ■ ■


  なにより選挙が苦手だった。自分のポスターが地元中に張られるといたたまれなくなった。


  地元の支援者などからは、後援会を作るように勧められた。だが、「後援会組織は、ある意味、利益共有団体と思う。一般の人が利益を共有しにくい、少数派の子どもや女性の代弁者であろうとすると、組織を作れなかった」 と話す。


  支援者から「また票にならない質問してましたね」 とメールが入ることもあった。結局、手弁当で駆けつけてくれる友人らが頼りだった。それでも、投票日までの1カ月間だけでも、400万円以上の費用がかかる。しかも、いつもぎりぎりの当選だった。


  ただ、県議になったことで、県議会に対して漠然と抱いていた悪いイメージは変わった。


  議員になる前は、行政、企業への「口きき」 をはじめ、地元の人の世話を焼くという地方政治家のイメージを敬遠していた。だが、街行く先輩県議が、次から次へと親しげに話しかけられている姿を見ていると、「地域密着で、利益を代弁することを求めている県民は多い」 と思うようになった。


  引退後は、女性支援グループの一員として、女性が自らの心の問題を解決するための講座を開いたりするつもりだ。「直に支援することで、議員の時には得られなかった役立っているという実感が得られるはず」


                 ■ ■ ■


  現職最多の9選の土居一豊さん(75) も今期限りで引退する。1967年に初当選、自民党から新進党を経て、親交の深い小沢一郎氏と共に自由党、民主党と移った。途中、8年間の浪人生活も経験したが、25年前には議長も務めた。


  伊方原発立地の際には、四国電力幹部と一緒に、中央省庁と何度も掛け合った。地域の集会所も作らせたと自負している。


  だが、国も県も限られた予算の中で、かつてのような公共事業はなくなった。


  自分のような政治手法はもう古い。そう思うようになったのが、引退を決めた理由の一つだ。(中田絢子)


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