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首都圏 地方議会・首長,政治・選挙スレ

128千葉9区:2008/12/27(土) 16:58:22
http://www.news.janjan.jp/election/0609/0609010488/1.php
ゼミナール『平成の大合併と選挙』市町村長編

首長対決(4)市長vs市長・さいたま市 2006/09/09

(前略)
 新市の市長選挙(2001年5月27日)も、相川宗一・旧浦和市長と新藤享弘・旧大宮市長が立候補して、地域対立をむき出しにした選挙戦になった。合併協議のときから浦和・大宮の対立にいつも調整役を果たしてきた井原勇・与野市長が「現職は立候補すべきでない」と自重を求めたこともあった。

 市長選は2人の旧市長を含めて8人が立候補(いずれも無所属)する「乱立」でも話題を呼んだ。みんなが「市民派」を強調した。主要政党はいずれにも与することができずに、「自主投票」を決め込んだ。「地域対立」「乱立」「市民派」の選挙結果は、祖父、父と3代続けて旧浦和市長を努めてきた名門の相川氏が新藤氏を抑え、「三代将軍」といわれる勝利を収めた。本人の言によれば「祖父の代から16戦全勝」だそうだ。

◇投票結果当選
131,822 相川宗一(58)旧浦和市長〈自由党推薦〉
109,552 新藤享弘(68)旧大宮市長
49,505 岡真智子(53)前県議会議員
39,323 高橋秀明(44)前埼玉県知事特別秘書
21,662 沼田道孝(48)税理士〈共産党推薦〉
8,647 高瀬広子(43)旧大宮市議
3,377 吉田一郎(37)ジャーナリスト
2,015 山口節生(51)不動産鑑定士

 選挙戦ではとくに相川陣営のビラ作戦が目立った。後半戦になって、新藤氏に追い上げられているという情勢分析に相川陣営はかなり慌てたらしい。投票の2日前に、相川氏の顔写真入り「きびしい選挙です」「さいたま市には相川宗一が必要です」などと書かれた違法ビラをばらまいた。選対幹部ら4人が公職選挙法違反で罰金刑になる汚点を残した。

 候補者の割に、有権者は新市の初代市長選挙に冷めていた。投票率は46.41%。旧市別にみると、浦和46.99%(前回の旧市長選に比べてマイナス2.58%)、大宮45.66%(マイナス9.42%)、与野47.06%(マイナス5.04%)だった。

 旧3市別の2人の旧市長の得票をみると、旧浦和地域では相川氏が62%、新藤氏が3%、旧大宮地域では新藤氏が63%、相川氏は7%と、地域対立を色濃くにじませた結果になった。

 さいたま市は2003年4月1日、全国13番目の政令指定都市になった。合併後も人口は増え続けており、この時点で105万人。2005年4月1日には岩槻市(11万人)を編入合併して、いまは119万人。
 上尾市の住民投票(2001年07月29日)の結果は、「さいたま市との合併反対」が多数を占め、上尾市が合併しないと「飛び地」になる伊奈町も合併を辞退、上尾市・伊奈町との合併は幻に終わった。新市庁舎も財政難を理由に、いまも旧浦和市役所を使ったまま。つまりは、合併の枠組みも、市庁舎も、市長も、いまのところは浦和市の主張通りの結果になり、大宮市は「全敗」の状況にある。

 合併から4年、相川氏は再選された(2005年5月15日)。
当選 135,553 相川宗一(62)現職市長〈自民・公明党推薦〉
121,735 中森福代(55)前埼玉県議
63,880 沼田道孝(52)税理士〈共産党推薦〉

 ただ、前自民党県議の中森福代氏(55)にかなり肉薄される苦戦だった。新藤享弘・旧大宮市長や旧大宮市議の多くが中森陣営についた。大宮市には合併のしこりが残り、浦和との対立感情は依然として根強いことを印象づけた。投票率は35.51%と前回よりも、さらに10%以上下回り、有権者はますます関心を失っていた。


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