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北海道 国政・地方政治スレ
335
:
チバQ
:2010/11/03(水) 11:03:24
深層・真相 札幌市長選再選挙 (2003/05/07(水)〜05/10(土)朝刊)
二十五日告示の札幌市長選再選挙に向け、自民党が同党前衆院議員の石崎岳氏(47)、民主党などが弁護士の上田文雄氏(54)の擁立を決めた。一方、無党派陣営が「第三極」結集に向けて動きだしている。再選挙をめぐって、政党や候補者、関係者がどんな思惑で、どう動いたのか。水面下の動きをドキュメントで追った。(4回連載
http://www5.hokkaido-np.co.jp/seiji/senkyo2003/re-truth/01.html
<1> 直後 2003/05/07(水)
■山崎氏発言 冗談から始まった「差し替え」騒動
記者会見で、市長選候補を道見氏から差し替えるとの考えを示唆した山崎拓幹事長=4月14日未明、東京・永田町の自民党本部
四月十四日未明 十三日投開票が行われた統一地方選第一ラウンドの結果について、東京・永田町の自民党本部で山崎拓幹事長が記者会見した。
札幌市長選で同党が推薦した前札幌市議の道見重信氏(58)が三位に終わったことについて、山崎氏は「どんぐりの背比べ的なものがあったと思うので、選挙の結果によっていろいろと札幌市民の期待に応えるような党としての対応を、あらためていたしたい」と述べた。
党首脳による事実上の「候補差し替え」発言。再選挙の候補選びをめぐり、自民党札連が混乱した「ボタンの掛け違い」はこの時、生まれた。
関係者は、山崎幹事長の発言に先立ち、こんなエピソードがあったと明かす。札幌市長選が再選挙となったニュースを見ていた山崎氏、麻生太郎政調会長らが「札幌は候補を変えた方がいい」と冗談交じりで話した。
山崎氏は、その内容をそのまま会見で発言してしまったというのだ−。立ち会った国会議員は後に関係者に「会見で話すとは」と驚きを漏らした。
■分裂の源流 「民主党が乗れない」岩崎氏を拒否
道見氏が候補となった過程を振り返ってみよう。今回の市長選で保守分裂した「源流」がそこにあるからだ。
昨年十二月上旬 自民党札連の吉川貴盛会長(衆院議員)と、札幌青年会議所OBで桂信雄前市長の後援会幹部を務める中田揮雄氏らが向き合った。吉川氏は中田氏に「市民の手で市長候補を選んでほしい」と切り出した。
当時、吉川氏は、横浜や熊本など県庁所在地の市長選で相次いで誕生する「無党派市長」への警戒感が強かった。「自民党」を看板に掲げれば、それだけで有権者の反発を招く。自民、民主、公明による政党相乗りの枠組みを維持し「負けない選挙をしたい」。そんな思惑があった。
ちょうどそのころ、若手経済人が石崎氏に出馬要請し、回答を待っていた段階だったが、吉川氏は、民主党が乗れないという理由で、石崎氏出馬に最後まで首を縦に振らなかった。
このことについて、石崎氏は五月四日の出馬表明会見で、昨年末に出馬しなかった理由を「当時は、党内からも反対があり、一つにまとまらなかった」と振り返っている。
十二月二十一日 吉川氏から人選を依頼された中田氏は、札幌青年会議所の関係者らに働きかけ、「みんなで札幌市長をつくる100人委員会」を設立した。
100人委は、一カ月以上の候補者選考作業の後、早大教授の坪井善明氏(54)を選んだ。だが、吉川氏にとって、札連会長である自分と歩調を合わせると期待した人選が「政党や議会に縛られたくない」と公言してはばからない坪井氏だったことは認められなかった。
吉川氏は100人委の結論をけり、以前から市長選出馬に意欲を示していた道見氏の擁立に向かった。道見氏は吉川氏の選挙区内の北区選出市議でもあった。
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