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利水・治水スレ

614チバQ:2011/03/27(日) 05:34:17
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110327/dst11032700080001-n1.htm
日本一の防潮堤を過信 岩手・宮古市田老地区「逃げなくても大丈夫」
2011.3.27 00:08 (1/2ページ)

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防潮堤の上でたばこを吸いながら、がれきの山となった街を見つめる男性=26日午前10時43分、岩手県宮古市(安元雄太撮影)
 「日本一の防潮堤」を過信していた−。過去の津波被害を教訓に、高さ10メートルの防潮堤が整備された岩手県宮古市田老地区。東日本大震災では、大きな津波が防潮堤をあっさりと越えた。市によると、防潮堤を信じた結果、犠牲になった住民は少なくないという。(内海俊彦、平田雄介)

 「逃げなくても大丈夫だ」。11日の地震発生直後、元漁業の熊谷勝美さん=当時(87)=は、こう言い続け、息子夫婦の勝幸さん(63)と、よねみさん(61)に自宅から避難するよう何度も催促されたが、応じなかった。

 だがその直後、自宅はあっという間に津波に流され、逃げ遅れた勝美さんは1週間後の18日、変わり果てた姿で見つかった。「津波太郎」の異名を持つ田老地区。明治29年6月の明治三陸地震の津波で1859人、昭和8年の昭和三陸地震の津波では911人の死者・行方不明者が出た。

 これらの津波被害を教訓に、9年に防潮堤の工事が始まった。工事は三段階に分けて進められ、最終的に53年に完成。海側と陸側の二重構造で、高さ10メートル、総延長約2・4キロと、国内屈指の規模となった。

 この間、35年のチリ地震の津波では、他の三陸沿岸地域で犠牲者が出たが、田老地区ではゼロ。「日本一の防潮堤」として、国内外の研究者が視察に訪れ注目を集めた。

 しかし、東日本大震災の大津波は防潮堤をいとも簡単に越えた。「高さ20メートル以上」ともいわれる津波が次々と押し寄せ、海側の500メートルの防潮堤は崩壊し、真っ黒な濁流が田老地区を一気に飲み込んだ。

 よねみさんによると、勝美さんは生前、「防潮堤が二重だから津波はこっちに来ない」と話し、大きな信頼を寄せていたという。「夫も『早く逃げよう』と言っていたのに…。電気も消えて、テレビも映らなかった。もう少し情報があれば早く逃げてくれていたかも」とよねみさんは話す。

 田老地区の被害状況は特定されていないが、死者・行方不明者は数百人に上るとみられている。

 ある宮古市職員は「田老の人たちの心のどこかに『防潮堤があれば大丈夫だろう』とか、『自分の代には津波は来ない』という思いがあったのかもしれない。何度も避難訓練をやってきたが、私たち自身も津波の恐ろしさが分かっていなかったのかもしれません」と力なく話した。


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