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利水・治水スレ
464
:
◆ESPAyRnbN2
:2009/12/10(木) 12:37:18
>>462-463
地元紙は権力闘争に焦点。自分たちの関心の焦点も、それだったりして。
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20091208/250295
福田氏の執念色濃く 民主県連のダム事業見直し対応
(12月9日 05:00)
民主党県連は8日、日光市の湯西川ダムの中止を含む全面的見直し、鹿沼市の思川開発(南摩ダム)の中止を
求め、党本部に報告書を提出した。両ダムの地元・衆院2区選出の福田昭夫県連代表代行の意向が色濃く反映
された県連方針。旧今市市長、知事を経て衆院議員となった福田氏の軌跡をたどると、ダムに対する執念にも似た
思いが透けて見える。
民主党県連が湯西川ダムを視察した11月9日。同ダム工事事務所の職員らを前にあいさつした福田氏は、開口
一番「このダムはもともと必要ないと思っていた」と発言した。この10日前、日光市議会が同ダムの完成を求める
意見書を可決したばかりだった。
その場の空気が一瞬にして凍り付いた。福田氏は淡々と発言を続ける。「旧栗山村の(故斎藤喜美男)村長が
(他市町と)合併したくないために誘致したのが湯西川ダム」「鬼怒川の治水計画は川治、五十里、川俣の3ダムで
完結している」。
斎藤村長が存命当時の福田氏は旧今市市長。1990年代、思川開発に伴う大谷川取水に、地元市長として異を
唱えていたころだった。福田氏は2000年11月、ダム事業の全面見直しを掲げ知事に初当選。その後は鹿沼市の
県営東大芦川ダムを中止させ、思川開発の規模縮小に同意した。
この前後の経緯は、県を相手に負担金の支出差し止めを求めた住民訴訟で、福田氏が今年11月30日に宇都宮
地裁に提出した陳述書に詳しく書かれている。提訴時には被告だった前知事の福田氏は、原告側に立って県に
不利な陳述書をまとめた。証言台に立つことも検討しているという。
陳述書によると、福田氏は思川開発に同意した理由について「鹿沼市と小山市の要望(水需要)を満たすため」
とし、「妥協したのでもう1期やればさらに見直すつもりでした」と記述した。湯西川ダムについては03年に計画変更
で総事業費が倍増したことを挙げ「これだからダムはやってられない」と嫌悪感をあらわにしている。
福田富一知事は民主党県連の今回の判断を「最終決定ではないので冷静に受け止めるしかない」と話し、同党が
示す道を「引くも地獄、進むも地獄」と指摘した。「ダムによる治水、利水ともに必要ないと国が自ら検証し、それで
国民負担が極小化されるなら従わざるを得ない。だが、残された工事現場の原状回復や関係者の生活再建を
どうする」と疑問を呈する。
湯西川でダム反対の意見が表面化したのは今年の夏。政権交代を懸けた総選挙の最中だった。調査開始から
実に27年目。声を上げたのは「観光資源の清流を残してほしい」とする地元の観光業者らだった。福田氏は、この
声を拾い上げた。
民主党県連の判断が新政権でどの程度尊重されるのかは未知数。前原誠司国土交通相のダム政策の全容も
見えない。確かなことは、知事落選と少数野党の衆院議員を経た福田氏が、再び一定の影響力を行使できる立場に
いることだ。
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