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利水・治水スレ
224
:
チバQ
:2009/09/25(金) 23:22:50
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saga/feature/saga1253720128499_02/news/index_20090924-OYT8T00083.htm
凍結の集落 どうなる城原川ダム
(上)翻弄され40年 住民が行動
田んぼのあぜに彼岸花が咲き始めた5日夜。神埼市脊振町の山あいにある岩屋、政所(まんどころ)両地区の集会所に、地区の高齢者ら約20人が集まった。全員が不安そうな表情を浮かべている。
小学生の頃から岩屋地区で暮らしてきた真島修さん(72)が口を開いた。「民主党がダム建設を見直すのは間違いない。黙っていたらいいなりだ。国に振り回された約40年の苦労を訴えよう」。住民たちがうなずいた。
両地区の世帯数は約50戸。1970年頃、近くを流れる城原(じょうばる)川をせき止めてダムが建設され、集落が沈むという話が耳に入った。71年、国による予備調査が始まり、以来今日まで、調査だけが続いてきた。
住民は当初、計画に反対したが、その後、受け入れを巡って賛成派、反対派に分かれていがみ合った。しかし、古川知事の建設同意表明(2005年6月)を機に「下流域を水害から守る」との大義名分を信じ、建設受け入れでまとまった。
「とにかく思いを伝えよう」。真島さんの発案で、ダムの早期建設を国に求めるよう松本茂幸市長と古川知事に要望することなどを決めた。
◇
真島さんの自宅は、車がやっと1台通れる上り坂の途中にある。築60年を過ぎたが、ダムの完成後に水没することを考え、雨漏り個所の修繕など最低限の補修にとどめてきた。
「ここらへんの家はみんなそう。道路整備も進まず、集落全体が昭和40年代で止まっている」。川のせせらぎが聞こえる居間で笑ってみせたが、顔のしわに疲れがにじんでいる。
旧脊振村職員を経て、村議も務めた真島さん。水没予定地の住民組織「城原川ダム対策委員会」の会長として、国土交通省との交渉も行う。会が国と結んだ建設のための調査受け入れ協定書にもサインした。
「我々が造ってくれと言い出したダムじゃない。国が必要と言うから理解してきた。政権が変わったからと一晩でひっくり返っていいのか」。手の届かないところで動き始めた大きな力に、ぶつけようのない怒りがこみ上げる。
◇
17日夜、松本市長との面会が実現した。紺のスーツに身を包んで市役所を訪れた真島さんは、自らが書き上げた要望書を読み上げた。「下流域の安全のためならばとダム建設への苦渋の選択をしました。これ以上翻弄(ほんろう)され、待つことはできません」。同行した住民19人の目にも、強い決意の色がにじんでいた。
真島さんは言う。「村にはなかなか動けない高齢者もいる。後悔しないよう、やれることは最後まで全力でやり抜きたい」
(2009年9月22日 読売新聞)
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