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利水・治水スレ
1548
:
とはずがたり
:2020/06/27(土) 18:16:10
リニア中央新幹線工事 「大井川の水問題」ってなに?
静岡新聞社
2019/12/27
https://www.at-s.com/news/special/oigawa.html
常態化する取水制限
大井川では渇水が頻発し、近年は水利用者に求められる節水期間が長期化しています。直近では2018年12月から19年5月にかけて147日間に及びました。1994年には節水率が50%に達し、牧之原台地の茶が枯れてしまいました。工業用水もあるため、節水は企業の生産活動も左右します。気候変動で時期によって降水量に偏りが出て、水量の調整が難しくなっていると指摘する利水者もいます。
水返せ運動
明治時代から水力発電所が次々と建設されたため、大井川中流域の表流水は導水管に消えて河原に水が流れない状況となり、「河原砂漠」と呼ばれるようになりました。旧川根3町(本川根、中川根、川根)では80年代後半、官民による「水返せ運動」が熱を帯び、デモ行進や河川敷での決起集会につながりました。運動は国も動かし、発電ダムの水利権更新に合わせた河川維持流量の確保が求められるようになりました。水利権の更新年だった89年、中流部の塩郷えん堤から一定量の放流が決まり、2006年には上流部の田代ダムから富士川水系に流れ出ていた水の一部も取り戻しました。そうした歴史的経緯から、水問題に対する流域住民の意識が高いとされています。
1960年 塩郷堰堤が完成,川口発電所へ送電開始。下流で水枯れ,上流では堆砂などが問題となる。
85年 川根3町による陳情や要望が活発化
88年 塩郷堰堤からの放流を求め,河川敷での住民集会やデモ行進を実施
89年 水利権更新,通年放流量毎秒3トン義務付け。(県,中電の覚書で冬場以外は同5トンを放流)
97年 河川法改正。河川環境の整備・保護の観点が加わる。
2000年 大井川流域8町(当時)の首長らが「大井川の清流を守る研究協議会」を結成
03年 国や県,流域市町と電力会社による「大井川水利流量調整協議会」が設立
05年 田代ダムからの河川維持流量を毎秒0.43〜1.49トンとすることで合意
水枯れの教訓
掛川市では1999年、新東名高速道路粟ケ岳トンネルの工事中に出水が発生し、周辺で農業用水を採っていた沢が枯れたり、地下水を源とする簡易水道が断水したりしました。地元住民は工事後に十分な補償は得られなかったと感じていて、トンネル工事に関しては「補償の決め事なしに工事をすべきでない」との教訓を生かすよう求める声が上がっています。
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