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利水・治水スレ
1438
:
とはずがたり
:2018/11/15(木) 16:59:31
ダムを境に被害が分かれていた肱川大水害。復興進まぬ肱川水系調査で判明
2018.10.31
https://hbol.jp/177608
牧田寛
被災箇所はあれど大きな氾濫跡は見られなかった黒瀬川流域
愛媛県道29号線が災害により閉塞している為、愛媛県道35号野村城川線を経由して、黒瀬川沿いにでます。黒瀬川は肱川水系の支流で、鹿野川ダム湖に注ぎます。国道197号線は、県道35号線との合流点より15km程上流の城川町高野子(しろかわちょうたかのこ)から黒瀬川沿いに走ることが出来ますので、一旦黒瀬川上流まで遡りました。
黒瀬川上流から川沿いに下ると、途中土砂災害による被災箇所を幾つも見ますが、黒瀬川そのものには大きな氾濫跡は見られません。地元の方にお話を伺うと、概ね次のような答えでした。
「あちこちで山が崩れて道路が寸断された為、避難はどこにも出来なかった」
「ものすごい雨音で、防災行政無線は聞こえなかった」
「三日ほど電気が来ずに情報が入らなかった」
「水道が長期間断水してたいへんだった」
「山から水と土砂が溢れてきたが、川(黒瀬川)からは水は溢れなかった」
「こんなことが起きるとは思いも寄らなかった。まさかこんな天災に見舞われるとは」
「野村と大洲はもっと酷い有り様で、こちらはまだましだ」
前回お伝えした野村ダム下流の肱川では、二階まで浸水するような川の氾濫と土砂災害に見舞われていましたが、黒瀬川では主に山からの水と土砂に見舞われていたことが対照的です。
増水していたとは言え、越水しない程度だった黒瀬川も、肱川との合流点が近づくと急速に水位をまして行きます。これは、肱川と鹿野川ダム湖によるバックウォーター(背水)の為と考えられます。
黒瀬川は、上流にダムはなく、下流に鹿野川ダムがありますが、バックウォーターを生じていたと思われる地点を除き、大きな氾濫の痕跡は見られませんでした。
鹿野川ダムを境に明確に分かれていた被害
国道197号線を更に西進すると、鹿野川ダムにたどり着きます。鹿野川ダムは、県営水力発電と治水を兼ねる多目的ダムで、治水機能強化の為の再開発事業が今年度完了する見込みです。
肱川大水害では、鹿野川ダムは能力を遥かに越える流入量によって異常洪水時防災操作、業界で言われるところの「ただし書き操作」(※「ただし、気象、水象その他の状況により特に必要と認める場合」のダム操作手順のこと。2011年に国の通達で「特例操作」と呼び方が変わったが、まだ業界ではこの呼称が広く通用している)に追い込まれましたが、それは治水能力をその時点で失った事を意味します。
ダム治水は、時間稼ぎがその本質ですので、ただし書き操作に入るまでの時間を稼いだことが治水機能を発揮したことになりますが、その後は本来ならばダムが無い状態と同等の洪水を生じることになります。簡単に言えば、ダム上流と同じ状態になるはずです。
しかし、野村ダムの場合と同じで、鹿野川ダムの下流ではその上流(黒瀬川)と大きく様相が変わります。
鹿野川ダム直下には肱川大和集落という20〜25世帯程度の小集落がありますが、上流では見られなかった大きな打撃が今も残っています。また、目に見える範囲で鹿野川大橋、肱川町中心街、道の駅ひじかわなどがありますが、すべてたいへんに大きな洪水被害を受けています。
このように、鹿野川ダム上流の黒瀬川と異なり、20〜25mの洪水によって地形が変わるほどの大きな洪水被害が残っています。不幸中の幸いなことに、民家が流されることは避けられましたが、これもかなり危うい状態で避けられたものと考えられます。時間が無かったために、住民にお話を伺うことができ無かったことが悔やまれます。
護岸が崩壊し、河川敷の地形が大きく変わるほどの水流で家屋が流されなかったことがたいへんに意外ですが、ダムから見て集落の手前に小高い丘の上の雑木林があり、私はこれが集落を守ったものと考えています。川に近い側の雑木林は丘ごとえぐられて流失しています。
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