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大中華世界的話題

2051チバQ:2011/01/05(水) 23:17:37
>>925>>1210とか
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011010502000029.html
タイ・カンボジア国境の世界遺産 観光再開へ動き
2011年1月5日 朝刊

 タイとカンボジアが長年対立している国境問題で、二〇〇八年七月から封鎖されている世界遺産のヒンズー教寺院「プレアビヒア」に通じる国境地帯が今年、三年ぶりに再開する可能性が出てきた。一帯には両軍が展開しているが、通行再開に向けた両国の折衝に好転の兆しがみられる。カギとなるのがタイの政治情勢で、今年中に行われる総選挙の行方次第では“雪解けムード”がさらに進展する可能性もある。 (タイ東部シーサケートで、杉谷剛、写真も)

 タイ東北部のウボンラチャタニ空港から車で一時間半。牛が放牧された大平原を抜けるとカオプラウィハーン国立公園の入り口に到着。国境封鎖後、カンボジア側にある寺院へと続く公園も閉鎖されていたが、昨年十一月下旬から観光客の多い土日に限って再開した。「一日に六百〜七百人の客が来るようになった。国内だけでなく中国や欧州、日本からも来る」。公園スタッフのスティポンさん(66)は笑顔で話す。

 寺院は高い山の頂上にある。カンボジア側からは急峻(きゅうしゅん)な崖を登る必要があり、観光客はタイ側から寺院を目指す。以前は駐車場から国境ゲートまで徒歩で向かい、入場料を支払えばビザなしで観光できた。封鎖前は年間三十万人が訪れ、ホテルや土産物店などがタイの観光資源でもある。

 今回の公園再開は残念ながら寺院の手前六百メートルの所にある「モー・イー・デンの崖」まで。十二月の週末、大勢の観光客が、崖に備え付けられた望遠鏡で九世紀のクメール王朝寺院を眺めていた。

 地元シーサケート県から初めて来たという女子高生のワラポンさん(16)は「寺院に行けないのは残念。タイとカンボジアが一緒に管理すればいいのに」と言う。

 寺院をめぐる対立はカンボジアが二〇〇八年に寺院を世界遺産に申請したことをきっかけに再燃した。タイは当時、タクシン元首相の流れをくむサマック政権で、この申請に同意したため、かねて政権に反発していた反タクシン派の「民主市民連合」(PAD、黄シャツ派)は「寺院を取り戻せ」と激しい抗議運動を展開。国境は封鎖された。「PADは政権攻撃の材料に国境問題を蒸し返した」(タイ外交筋)感があり、当時は野党の民主党も同調。PADは空港占拠など行動をエスカレートさせて政府を追い込み、〇八年十二月の民主党政権誕生の原動力になった。以後、両国関係は急速に悪化。寺院周辺では数回の武力衝突で死者も出たが、昨年からタイのアピシット首相とカンボジアのフン・セン首相との対話が進み、国境再開に向けて雪解けムードが広がっている。

 十二月にはタイ側と協議に当たるカンボジア軍幹部がいったんは「軍の拠点を遺跡から三十キロ地点まで引き揚げる」と発言。タイ側の否定を受けて撤回したが、水面下での折衝の進展をうかがわせた。

 前向きなカンボジアに対し、タイ側の焦点は今年中に確実視される総選挙だ。「民主党が勝って安定すればPADの政権への影響力は弱まり、フリーハンドになった首相が話し合いを進める可能性は十分ある」(タイ外交筋)との見方もある。

 タイ軍に所属し、現地でガイドをすることもあるウイライさん(53)は「現場では両軍の兵士が一緒に食事をすることもよくある。世界の人のためにも寺院は早くオープンしてほしい」と話していた。


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