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国際政治・世界事情

1とはずがたり:2005/05/23(月) 02:47:11
世界情勢・世界史ネタなど
軍事問題は安全保障論http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1043205301/l10を国際経済問題は国際経済学http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1060165061/l10を参照の事

546千葉9区:2009/04/22(水) 23:28:15
http://mainichi.jp/select/world/asia/news/20090421k0000m030085000c.html
インド:ラフル幹事長首相就任に期待の声 国民会議派内で
 【ニューデリー栗田慎一】インド下院総選挙(5月16日開票)で政権維持を目指す最大与党「インド国民会議派」内で、故ラジブ・ガンジー首相の妻ソニア総裁(62)の長男、ラフル幹事長(38)の首相就任を期待する声が高まっている。会議派はすでにシン首相(76)の続投方針を決めているが、低迷する党勢の打開策としてラフル氏への「世代交代論」は根強い。選挙で議席数を大きく伸ばせばシン体制は当面維持されるが、伸び悩めば執行部の若返りが一気に進む可能性がある。

 ソニア総裁は昨年10月、早々とシン首相を首相候補に指名した。首相ポストをめぐる党内の確執を封じる狙いがあったとされる。ただ、会議派は91年総選挙で244議席を獲得後、▽96年140▽99年114▽04年145−−と低迷。今回も台頭する地方政党に苦戦を強いられている。

 このため、「高齢のシン氏では党勢回復は難しい」とみる党内若手の間では、初代ネルー、インディラ、ラジブと3代にわたり首相を輩出した名門ガンジー家直系のラフル氏待望論が強い。ソニア総裁も「今回は(ラフル氏を)首相候補にしない」として、将来的に首相にする含みは残している。

 一方、シン首相の「次」を狙っていたとされるムカジー外相(73)は危機感を募らせる。シン首相が続投すればあと5年間、首相の座が遠のく。また、ラフル氏への世代交代が進むと、自分の出番がなくなるからだ。ムカジー外相は今月8日、「私が首相になれないのは、ヒンディー語を話さないからだ」と発言。ヒンディー語が主流の社会をあげつらうことで、タブー視されているガンジー家批判を間接的に行ったとして物議を醸した。

 会議派内の確執は、有権者の支持離れを加速する恐れがあり、再び政権に就いても困難な党運営が続くとみられる。

547千葉9区:2009/04/22(水) 23:35:28
http://www.business-i.jp/news/special-page/oxford/200904220005o.nwc
インド下院総選挙で存在感 地方政党が変える政治バランス
2009/4/22

インド最大与党、国民会議派の集会に参加する支持者ら。同党の人気は根強いものの、もはや地方政党との連携抜きで政権を確保するのは困難だ=19日、インド北部アラーハバード(AP)
 16日に投票が始まったインド下院総選挙は、事前予想通り地方政党が主導権を握りそうな展開となっている。連立与党「統一進歩同盟(UPA)」を率いる国民会議派と野党・インド人民党の2大政党は、それぞれ連立の鍵を握る地方政党への依存を深めており、投票結果が発表される5月16日にふたを開けてみれば、多数の地方政党の支持に頼った連立政権が誕生していることだろう。

 【分析】

 初日の4月16日には数百万の市民が票を投じた。インド共産党の毛沢東主義派による暴力行為が懸念されていた中央部・北部州で投票が集中した同日、同派メンバーによる襲撃で17日までに18人が犠牲になった。しかし、その他の大半の投票は平和裏に滞りなく行われた。

 全国政党の会議派と人民党への支持は、地元に基盤を持つ地方政党に比べ、相対的に低下しているとみられる。会議派はこれまで、ネール・ガンジー政権の流れをくむ指導者一家のカリスマ性に大きく依存してきた。ヒンズー至上主義を掲げる人民党幹部は宗教的少数派を標的とした扇動的な発言を繰り返すことで、穏健派とは一線を画す戦略に出ている。

 ◆中央集権の限界

 こうした中で地方政党は、会議派や人民党が組閣する連立政権内部での主導権確保を狙い、両党との協力関係の中でめまぐるしく立場を変えている。

 この動きが州の結束を弱めかねないと懸念する声も出ているものの、独立後のインドの歴史の中では長期にわたり政治的に建設的といえる地方分権拡大に向けた変化が続いているのだ。

 同国では1953年から国家再編委員会の下で言語の分布領域の境界に沿った州再編が行われた。文化・言語を基に、より明確に州境を定めようとしたが、独立後の最初の30年間の政局の中で、中央政府主導の州再編は不十分なものにとどまった。

 当時の会議派は、一つの政党が多数の有権者の支持を受け続ける「一党優位政党」の立場にあり、反対意見を無視しながら中央集権を進めた。中央は財政上の権限を厳しく管理、州に経済的規制を課したため、州単位での行動余地は限られていた。

 会議派幹部は、党の絶対的優位が後退した後もヒンディー語や社会主義、世俗主義をベースに、国民が基本的価値観を共有する「国民統合」を目指した。しかし、こうした中央集権化モデルはインド各地、中でもパンジャブ州やジャンムカシミール州、アッサム州など国境地帯で分離を求める激しい抵抗を引き起こした。タミルナドゥ州などでは、ヒンズー的な国民性解釈への反発も強まった。

 過去20年の間に、州単位で地域的、民族的な自覚が強まり、地方分権の動きが活発化している。多くの州では共有の歴史、言語、文学、そして地方のアイデンティティー(独自性)をベースに、強力な文化的ナショナリズムが発展した。

 マハラシュトラ州のシヴ・セーナー、アッサム州のアッサム人民会議(AGP)、パンジャブ州のアカリ・ダルやタミルナドゥ州を基盤とする2つの主要政党など多くの地方政党は、それぞれの地方の「民族の代弁者」を自任している。

 会議派の専制体制が崩壊し、対抗勢力として人民党が台頭すると、単独の政党では政権をとれなくなった。全国政党は地方政党の支持を取り付け、連立を組むために競わざるを得ない。また、自由化政策が州に大きなビジネスチャンスをもたらし、それに対応して地方政党の中央に対する交渉力も高まった。


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