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マスコミ
1480
:
名無しさん
:2018/06/30(土) 06:22:46
>>1479
翌日も朝からマンションに通う。エントランスに「部外者立ち入り禁止」の張り紙。敷地外で待機していると、住民の男性から「あなたたちはこれ以上不幸が起きるのを楽しみにしているのか」と尋ねられた。同行の先輩記者が一生懸命説明して住民は納得してくれたようだったが、僕の気持ちは晴れなかった。
地震で倒壊した寺院の山門=2018年6月18日、大阪府茨木市
「横顔」追い求め
近所を取材中、後藤さんが数年前まで月1回通っていた理容店を知り、赴く。店の主人はすでに亡くなっていたが、奥さんが思い出を語ってくれた。月に1回、本を持参して来店していた後藤さん。謙虚で誰にでも平等に接していたという。
奥さんはシャンプーとマッサージ担当で、後藤さんの頭に触れたときの指の感触を覚えているという。にわかには信じられなかったが、指で頭をもむ仕草をしてみせた。後藤さんを失った指は、感触を忘れずにせわしなく動いていた。「記者は泣いてはいけない」と勝手に思っていたが、涙をこらえきれなくなった。
犠牲者の人となりを伝える原稿のスタイルを「横顔」という。後藤さんの横顔に関する情報は次第に集まっていたが、後藤さんの生きた証しをもっと深く知りたいと思った。その晩、記者クラブに戻り、被災状況の整理と報告に追われながら、遺族に手紙を書こうと思いついた。
教員経験のある僕は、毎日学級通信を書いていた。生徒に個別で手紙を書いたこともある。この経験が生きた。パソコンで下書きし、便せんに清書し終えた頃、気付けば、サッカーW杯で日本代表の初戦は金星に終わっていた。すぐに後藤さん宅に向かい、ポストに手紙を投函。「返事はないだろう。読んでくれれば御の字だ」と思った。
地震発生3日目。「名前しか知らないあなたに会いたい。生前の後藤さんの素顔を知りたい」。その一心で追い続ける。九州出身で有名大学卒、大手商社に勤務経験あり。わずかな情報をたよりに人物を探す。自分の出身高校の卒業生名簿を活用し、同じ商社に勤務する先輩に手当たり次第に電話をかけた。すでに亡くなっている人もいた。
「やっと会えた」
事態はその晩に一変した。応援に来ていた同期の記者が後藤さんの顔写真を取ってきた。先を越されたが、悔しいといった感情は不思議とない。「やっと会えた」という以上の感情は湧かなかった。後藤さんの顔は知性と優しさ、尊厳、そのすべてにあふれていた。生きている時に会いたかった。哲学や歴史の話をしただろう。でもそれは未来永劫に叶わない話だ。
同期の記者が再び後藤さん宅を訪れたのは告別式の晩。取材と顔写真の提供は断られたものの、帰り際に後藤さんの長女が「手紙読みました。よく調べてましたね」と声をかけてくれたことを聞いた。せめてもの救いだった。(共同通信・大阪社会部=力丸将之 25歳)
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