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宇宙

330とはずがたり:2011/03/26(土) 02:33:49

東日本大震災:津波憎い 入学目前、孫さらわれ 気仙沼
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110326k0000m040126000c.html

 水色のランドセルを背負って、4月からの小学校を楽しみにしていた。あどけない笑顔がまぶたを離れない。宮城県気仙沼市・大島の大崎喜久夫さん(67)とツタヨさん(60)は、たった一人の孫娘、緑ちゃん(6)を目の前で津波にさらわれた。生後2カ月から親に代わって育ててきた緑ちゃん。小学校で友だちをいっぱいつくると言っていた孫が、突然消えてしまった。「もっと早く避難していれば」。2人は島を襲った津波を恨み、自分たちを責めた。【喜屋武真之介】

 大崎さん夫婦は04年に、現在福島県に住む長女(33)から緑ちゃんを託された。長女は家庭の事情で大島を離れなければならず、長男と次男を亡くしていた大崎夫妻は、緑ちゃんを実の子のようにかわいがった。

 「親ばかかもしれないが、活発で、みんなから愛されるかわいい子だった」。保育所で覚えた歌や踊りを家に帰るとさっそく披露した。

 入学に備え、夫婦は緑ちゃんに、欲しがっていた水色のランドセルをプレゼントした。緑ちゃんはとても気に入り、自慢げに背負ってみせた。勉強机も発注したが、その机が届く前に地震が来た。

 強烈な揺れの直後、夫婦は津波を考え、保育所にいた緑ちゃんを車で連れて帰った。自宅は大島の中央付近で、東西の海岸からは数百メートルほど離れている。高台に逃げようとも思ったが、大崎さんは「おそらくここまでは来ない」と考え、家の前に止めた車にツタヨさんと緑ちゃんを乗せて待たせ、倒れた仏壇の花瓶や位牌(いはい)を直していた。「判断が甘かった」と大崎さんは悔やむ。

 津波は東西両岸から一気に押し寄せてきた。大崎さんはとっさに家を出て高台に走って逃げたが、ツタヨさんと緑ちゃんは車ごと津波にのまれた。いったん波が引き、2人は車から逃げ出したが、すぐに次の波が押し寄せ、別々の木にしがみついた。気が付くと緑ちゃんの姿はなく、間もなくツタヨさんものみ込まれた。「濁流のなかで上も下も分からず、潮の味と油のにおいでいっぱいだった。これが地獄だと思った」。ツタヨさんは偶然、建物の屋根に足がつき助かった。

 夫婦はずぶぬれになりながら声をからして緑ちゃんの名を呼び、必死に捜したが、見つからない。避難所や親戚の家に身を寄せながら、今も家の近くや海岸で孫の姿を捜し続けている。

 「朝、目を覚ますと、いるはずの緑がいない。それがつらい」と大崎さんは声を詰まらせる。ランドセルも鍵盤ハーモニカも筆箱も、みんな流された。「なぜあの時、すぐに逃げなかったのか」と何度思ったことか。ツタヨさんは「何もいらない。緑に帰ってきてほしい」と繰り返した。

 長女は1、2年後には大島に帰り、4人で暮らす予定だったという。地震後、安否を心配する手紙が届き、緑ちゃんが行方不明になっていることを伝えた。ショックを受けたのか、長女からの返事はまだない。


毎日新聞 2011年3月25日 21時42分(最終更新 3月25日 21時57分)


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