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宇宙
321
:
チバQ
:2011/03/23(水) 21:08:51
一部地域が屋内退避の対象となった福島県いわき市では、市民の流出が止まらない。市は人口34万人のうち、すでに5万人超が市外へ避難したとみている。
23日午前、市内の常磐道いわき中央インターチェンジでは、関東方面へ向かう乗用車が目立った。近くに住む橋本将夫さん(63)は「21日から、ずいぶん車が増えた。みんな逃げてるんだ」。
橋本さんの家の前には飲み物の自動販売機などがある。高速に入る前に立ち寄るドライバーたちと話してみると、みな「放射能が怖いから避難する」と言う。「特に赤ちゃんがいる人は心配しているよ」
11日の地震で通行止めになっていた常磐道は、21日からいわき中央インターから関東方面の通行を再開。ガソリンも届き始め、20日から営業を始めたスタンドもある。待望の燃料だが、マイカーの給油を終えると、そのまま県外へ出る人も。東京行きの高速バスでも満席が続く。
そもそも市域の大半は原発から30〜50キロ圏におさまる。市内の大気中の放射線量も一時高まったが、17日以降は比較的低い水準で推移している。それでも、市は15日、国が20〜30キロ圏に屋内退避を指示した際、広報車や地元FM局を通じて市全域に「外出自粛」を呼びかけた。
鈴木英司副市長(59)は「15日は雨。放射線がどう影響するか分からないなか、原発から30キロ圏の内と外で対応を変えれば、市民が混乱すると考えた」と説明する。
しかし、市民の受け止め方は違った。「国の指示なら『安全圏』なのに、市は危険だと言わんばかり。一体どっちなんだ」。原発から40キロ付近に住む会社役員の男性(64)は怒る。「市の全体が危ないという話が広まった。市民が逃げるような街に物資を届ける人なんかいない」
関東方面から燃料や食料を運ぶ運送会社の中には、途中の福島県郡山市までしか運ばない業者も増えた。市職員や消防隊員が郡山まで荷物を取りに行ったが、ガソリン不足で回数は限られた。
市内はまだ6割の世帯で断水中。「20キロ圏内の住民が私たちの目の前を通って逃げていった。市内には食べ物も水もない。市が『大丈夫です』と言っても説得力がない」。市職員はため息をついた。
ここ数日、徐々に物資が届き始めた。時間限定で営業を再開したスーパーでは、パンや弁当を確保しようと長い列ができた。鈴木副市長は「市全域に外出自粛を呼びかけたのは大げさすぎたかもしれない。だが、国の指示がそもそも中途半端だった」と言う。
◇
一部が屋内退避圏にかかる福島県飯舘村。人口6100人の村には今、ほぼ半数の3200人しか残っていない。
村内では原発事故以降、大気中や栽培するブロッコリーから高めの放射線量や高濃度の放射性物質を検出。23日には、文部科学省が村内の土壌からも高濃度の放射性物質・セシウムを検出したと発表した。
菅野典雄村長は訴える。「なぜこうなったのか、村はどうすればいいのか。国から全く示されず困っている」
村内で不安が高まったのは18日。大気中の放射線量がテレビなどで放送され、時には原発により近い地域よりも高い数値を示した。住民から不安を訴える声が相次いだ。
「どうして今まで隠していたのか」「早く村の外に逃げたい」……。村の幹部会はこの日、「大規模な避難もやむを得ない」として希望者が離村する際の支援策を決めた。
希望する村民と避難指示地域などから村内に退避していた人ら計314人が19日、バスで栃木県鹿沼市に到着。20日にも195人が同市へ逃れた。マイカーで避難する住民にも、20リットル分のガソリンを優先的に給油できるチケットを配布。村に4カ所あった避難所はすべて閉鎖した。
村から鹿沼市に避難した高橋薫さん(40)の一家は、家族8人のうち夫ら3人が村に残る。「家は井戸水だから震災後も苦労はしなかった。でも、夫に『子どもにこれからどんな症状が出るか分からないから』と言われて出た。いつ帰れるんだろう。残してきた家族が心配です」
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