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地域綜合スレ
4589
:
とはずがたり
:2011/01/15(土) 21:46:22
<近畿>
荒井のアホをなんとかせえヽ(`Д´)ノ
関西広域連合7知事、奈良県対策の必要性で一致
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/110115/lcl1101151858001-n1.htm
2011.1.15 18:56
「関西広域連合議会」の初議会を終え、記者会見する初代議長に選出された吉田利幸氏(右)。左は兵庫県知事の井戸敏三連合長=15日午後、大阪市北区の大阪国際会議場 「関西広域連合議会」の初議会を終え、記者会見する初代議長に選出された吉田利幸氏(右)。左は兵庫県知事の井戸敏三連合長=15日午後、大阪市北区の大阪国際会議場
関西広域連合を構成する2府5県の知事は15日、大阪市で非公式に会談し、広域連合に参加していない奈良県との関係を協議、国の出先機関廃止に伴う権限移譲の障害にならないよう対策を講じる必要性について一致した。
2府5県の各知事は、国側が奈良県の不参加を理由に権限移譲に応じない恐れがあると懸念。同県にかかわる事務の移管を広域連合がいったん受ける案などを検討した。
この後、広域連合の議会「関西広域連合議会」が初めて開催され、初代議長に自民党大阪府議団の吉田利幸幹事長、副議長に自民党京都府連の村田正治政調会長、監査委員に滋賀県議会の吉田清一議長を正式に選出した。7府県知事も出席した。
議会後、兵庫県知事の井戸敏三連合長は記者会見し「車の両輪がそろい、これから本格的な広域連合の責務を果たすことになる」と強調した。
4590
:
とはずがたり
:2011/01/17(月) 09:57:37
<近畿>兵庫県
広域連合で防災推進 域内GDP被災前割る
2011.1.17 08:57
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110117/lcl11011708580001-n1.htm
6434人が亡くなった阪神大震災は17日で発生から丸16年となった。兵庫県内では復興土地区画整理事業が3月末に完了する見込みとなり、関西広域連合の始動で府県を超えた広域災害の備えに具体的な検討が始まった。ただ、被災地の昨年度の域内総生産(GDP)が、震災前の水準を5年ぶりに下回るなど、地域経済の低迷が復興に影を落とす。民間から借り上げた公営復興住宅の返還期限が迫る問題などの新たな課題も浮上している。
県によると、被災した神戸市や西宮市など12市(旧10市10町)の昨年度のGDPは12兆7141億円。被災地のGDPは平成17年度に震災前の5年度の水準に回復、18年度から上回っていた。昨年度は、リーマン・ショックの影響が被災地の経済復興を牽引していた製造業などを直撃、5年度を100とすると97・2となり震災前を割り込んだ。
復興住宅では今年度、上昇を続けていた入居者の高齢化率が横ばいになった。県は「超高齢化となったことで、死亡する被災者が増えたため、高齢化が止まる皮肉な結果」と分析する。
県や神戸市などが民間から借り上げた復興住宅が28年以降、順次返還期限を迎えることも大きな問題となった。5年先とはいえ、高齢の被災者にとってはなれ親しんだ地域から転居するのは不安がつきまとう。
一方で、昨年12月に関西広域連合が本格始動し、震災の経験や教訓を蓄積している兵庫県が、連合に参加した2府5県の広域防災を担当することになった。広域防災計画の策定に乗りだし、被災地の経験と教訓を結集して減災社会の実現を目指す。行政の支援がなかった震災障害者の実態調査が始まるなど、震災後16年でようやく動き出した課題もある。街の景観は復興したとしても、行政や被災地の努力に終わりはない。
4591
:
とはずがたり
:2011/01/17(月) 14:28:45
<九州・沖縄>
九州地域戦略会議:九州府なら3%成長 製造業強化、職員削減も−−知事講演 /大分
http://mainichi.jp/area/oita/news/20110112ddlk44020523000c.html
「1県だけなら難しくとも、『九州府』なら経済成長戦略を立てられる。国全体の目標以上の3%成長も可能」。広瀬勝貞知事は11日、大分市であった九州地域戦略会議で、「大分から九州を考える」の題で講演し、道州制へのビジョンを示した。生産額が全国の7%と、潜在能力に比べて低い九州の製造業を押し上げるには、オール九州の構想が必要と強調した。
知事はダイハツ九州(中津市)のエンジン工場新設計画の際、県内に作るよう熱心に働きかけたものの、福岡県久留米市に設立された経験を紹介。現在の都道府県制では「わが県に」的な地域主義に陥るとみて、「九州全体を資源と考えれば、人口や面積以上のウエートを日本の中で占められる」と指摘した。
また、九州全体で3万7000人に及ぶ県職員、367人の県議会議員も「効率化、簡素化が図れる」と指摘。人材育成も「各県同じような大学から、特色あるものに変わり、育った人材を効果的に登用できる」とメリットを訴えた。
一方、地元報道機関、金融機関、バス会社など、都道府県という枠組みを前提に存在する会社が混乱することや、「州都VS地方」という新たな地域間格差を生む懸念も紹介。「メリット、デメリットを勘案したうえで、地方からあるべき姿を示したい」と意欲を示した。【梅山崇】
千日参り:受験生「春よ来い」−−宇佐・鷹栖観音 /大分
かせどり:巨大なワラ草履投げ込み、新生児の健やか成長願う−−日出 /大分
選挙:県議選 民主が追加推薦決定 /大分
プロ野球:選手とキャッチボール 親子連れ3000人楽しむ /大分
成人式:「無限の可能性発揮を」 新成人を祝う−−県内14市町村 /大分
毎日新聞 2011年1月12日 地方版
4592
:
とはずがたり
:2011/01/22(土) 23:12:56
<近畿>
片山総務相 大阪都構想をバッサリ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110122-00000528-san-pol
産経新聞 1月22日(土)12時57分配信
大阪府の橋下徹知事が提唱する大阪都構想をめぐり、片山善博総務相は22日、「どちらかといえばネガティブ」と否定的な見解を示した。地域政党「大阪維新の会」を結成した知事の手法も「結果として議案に賛成してもらうために、議員に根回しをするやり方と同じ」と述べた。
片山総務相はこの日、橋下知事らとともに民放の報道番組に出演。その後、報道陣の質問に答えた。
大阪都構想について片山総務相は「自治体の現状ではチェック機能が不足しているという課題がある。規模が大きくなるとチェック能力が落ちるが、いまの巨大な大阪府庁と大阪市役所がひとつになることにも危惧がある」と指摘した。一方で、「二重行政の問題もあり、大阪府のなかから大阪市を切り離す方法もアイデアだと思う」とした。
これに対し橋下知事は「大臣は誤解している。大阪都構想は、自治体を大きくするのではなく役割分担をしようとしているだけ。一回やってみる価値がある」と語った。
4594
:
とはずがたり
:2011/01/25(火) 19:48:07
<北陸・信越>新潟県
1135 名前:名無しさん[] 投稿日:2011/01/25(火) 12:21:13
もう、あっちでもこっちでも
「新潟州」か「新潟都」か 新潟県&市に合併構想
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/01/25/kiji/K20110125000118680.html
新潟県の泉田裕彦知事と新潟市の篠田昭市長は25日、共同で記者会見し、県と市の二重行政の解消や自治体の権限強化を図ることを目的とした合併構想を発表した。新潟市を解体し、東京都のような特別区に再編することを目指すとしている。
合併後の自治体の名称については「新潟州」を検討。同様の構想を提唱している大阪府や名古屋市などと連携し、国に地方自治法の改正などを通じた権限移譲を求める。
国の出先機関の廃止など、民主党政権による地域主権改革の動きが停滞する中、受け皿となる自治体の在り方をめぐる議論をリードするのが狙い。
会見で泉田知事は「(地域の)統治は国ではなく住民の意思で決めるべきだ」と構想の意義を訴えた。篠田市長は「(同様の構想を掲げる)ほかの地域と比べ、県と政令指定都市との仲は良好。協力して進めたい」と述べた。
[ 2011年1月25日 11:43 ]
4595
:
チバQ
:2011/01/26(水) 22:33:00
http://mainichi.jp/area/niigata/news/20110126ddlk15010118000c.html
新潟州構想:地域主権へ新潟も一石 「国の改革進まない」 /新潟
泉田裕彦知事と篠田昭新潟市長が25日、県と同市を合併・再編し「新潟州」に移行する構想を発表した。地域主権推進を掲げていた民主党政権に対し、泉田知事と篠田市長は「改革は進んでいない」と不満をあらわにし、それが州構想という旗を立てる動機だったと述べた。橋下徹大阪府知事が「大阪都」を、河村たかし前名古屋市長らが「中京都」の構想を表明し、地方自治のあり方に一石を投じたなか、新潟からものろしが上がった。【小川直樹、黒田阿紗子】
新潟州となった場合、県や新潟市はどういう姿に変わるのか。泉田知事らは、現在の東京都と、区長を選挙で決める特別区(東京23区)の関係が参考になると説明した。
州構想では、県と同市がまず合併し、市を解体して、複数の特別区を置くことを想定。県は州に移行するが、名称は「新潟都」とする案もあるとした。
特別区は新潟州の出先機関ではなく、独立した基礎自治体とする。特別区は住民に身近な業務や課題に対応し、県の権限をより移すことを目指す。州は特別区の仕事を補完し、広域的な業務を担う。現在、県と市の両方が手がける図書館運営のような二重行政を排し、効率化を図るという。
新潟市以外の市町村が特別区や州にどう関わるかは今後の検討課題となる。
◇統一選視野に、市長が持ちかけ
このタイミングで構想を発表した狙いについて、泉田知事は「今春に統一地方選が予定されており、地方自治のあり方を世に問う時期として適切だ」と説明。「篠田市長の発言に私が賛同した」とし、篠田市長から持ちかけられたと示唆した。
篠田市長は、「特別自治市」を提案した指定都市市長会での地方主権議論を通じ「国にしっかりボールを受け取ってもらえない」といらだちを募らせた。大阪府・市と異なり、「新潟では関係が極めて良好」という事情もあり、泉田知事と意見が一致したという。
目指すのは、国から権限と財源を移し、州と特別区が国に縛られない行政運営を行うこと。県の担当者は「社会福祉施設の設置などでも、地域の事情に合った設置・運営がしにくいのが現状。国から権限を移す『受け皿』が求められていた」と話す。若者らの失業者対策も、特別区に権限と財源を集約することで、就職紹介や生活保護支給などの一体化が期待できるという。
◇大阪、愛知との連携も
今後、県と市は合同の検討委員会を設置するが、時期や人員などは未定。いつまでに新潟州への移行を目指すかの日程も示されていない。今後、泉田知事と篠田市長が県・市議会に説明し、県民の合意形成を図るとするが、突然、浮上した構想に県民の賛同が得られるかは未知数だ。
また、国からの権限移譲などには地方自治法の抜本改正が必要で、県や市の意向だけでは実現できない。橋下知事や河村前市長らと連携し、国への働きかけをすることも検討するという。
24日に泉田知事から州構想について電話連絡を受けたという橋下知事は「新潟が入ってくれたので、霞が関にメッセージが届くのかもしれない」と連携に期待感を示した。
==============
■ことば
◇府県市再編構想
「大阪都」構想は橋下徹大阪府知事が提唱し、政令市の大阪、堺両市を解体し、中核市並みの権限を持つ複数の特別区を設置し、府全体を都として再編するもの。行政のトップは都知事となり、政策決定の迅速化と行政運営の効率化を図れる、としている。実現の目標期限は15年春としているが、大阪、堺両市長は構想に反発している。
「中京都」構想は河村たかし前名古屋市長と大村秀章前衆院議員が提唱。愛知県と名古屋市を一体化し、権限強化と行政効率化を目指す。現在、河村氏は同市長選に、大村氏は同県知事選に立候補している。
橋下氏と河村、大村両氏は連携することで一致している。橋下氏は地域政党「大阪維新の会」代表を、河村氏は同「減税日本」代表を務め、今春の統一地方選で勢力拡大を狙う。
4596
:
チバQ
:2011/01/26(水) 22:51:27
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110126/ngt11012602280011-n1.htm
新潟州構想 「唐突」県・市議困惑 地元住民は期待と不安
2011.1.26 02:25
泉田裕彦知事と篠田昭新潟市長が25日、共同会見して発表した県と新潟市を合併する「新潟州」構想。地方自治改革の一環として、大阪府と大阪市による大阪都構想、愛知県と名古屋市による中京都構想が話題を呼ぶ中、新潟にも突然“飛び火”した格好だけに、今春改選期を迎える県議や新潟市議からは戸惑いの声が広がった。一方、住民からは期待の声も出ており、統一地方選に向けて議論を呼びそうだ。
「きょう突然知った。地方分権の時代でこういう話がでたのだろうが、正直戸惑っている」と話すのは、新潟市議会最大会派の新潟クラブのある議員。春の市議選に出馬を予定しているが、影響について「コメントできない」と言葉を濁した。
新潟市内が選挙区の民主にいがたの県議も「唐突。議論もなしに構想が出たことは驚き」と困惑。しかし、「県・市の二重行政を解消し、自治権強化を目指す」という新潟州構想の目的については「中長期的にみれば財源、権限を移譲していくのはいいと思う」と理解を示した。
ある自民党県議は「大阪や名古屋と違って、流通・経済規模や都市機能、人の集積に差がある新潟においては分不相応な気がする」と疑義を呈した。
これに対し、新潟市江南区在住の60代の主婦は「市役所がなくなるかもしれないのは想像できない。中央区のように大きい区はいいかもしれないが、小さい江南区はどういうサービスをしてもらえるのか」。中央区の30代の会社員は「もっとよくなるなら州でも都でもいい。ちゃんと説明をしてもらい、議論をした上で、進めてもらえれば」と話していた。
新潟州構想について、泉田知事は「国の地域主権改革が順調に進まない中、より住民に即した自己決定ができる仕組みを作りたい」と意義を強調。篠田市長は「司令塔を一つにし、より自治度の高い地方自治体を作るべきだ」と実現に意欲を示している。
4597
:
とはずがたり
:2011/02/01(火) 14:40:35
<九州・沖縄>熊本県熊本市
この合併は地図上でうっすらと憶えてる気がする。
どんなこの時の合併にはどんな経緯・気運があったんでしょうかねぇ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%BD%E8%A8%97%E9%83%A1
飽詫は(ほうたく)と読むのか。1896年(明治29年)4月1日 飽田郡と託麻郡が合併して成立した歴史が全くない軽薄な合成郡名(海草郡などと同じ)だから消え去ってもあんま痛くないけど熊本市の区名に飽田と託麻は復活させてもよかったんちゃうけ。
熊本市と旧飽託4町合併20周年 旧2町で式典
2011年02月01日
ttp://kumanichi.com/news/local/main/20110201004.shtml
海を見渡す高台で記念植樹をした後、記念写真に納まる地元住民ら=1日午前、熊本市の河内公民館(小野宏明)
熊本市と旧飽託郡北部、河内、飽田、天明4町が合併して1日、20周年を迎えた。同日は旧北部、河内両町でそれぞれ記念事業実行委員会主催の式典があり、住民らは合併当時を振り返るとともに、今後の地域づくりへ決意をあらたにした。
河内公民館では午前10時から「市民のつどい」を開催。河内、芳野両校区自治協議会など各種団体の関係者約90人が出席した。地元太鼓グループによる演奏の後、実行委の会長で、合併当時の町議会議長だった村上隆義さん(82)があいさつ。「当時は合併を前向きにとらえていたが、末端地域まで行政が行き届くか懸念もあった」と振り返り、「道路網や農道整備などが進んだが、経済不況で生活は良くならない。20年を機に地域、住民あげて頑張らなければならない」と述べた。
合併当時町助役だった中川久幸さん(77)も講話し、合併後、人口減少が続いている現状を挙げ「自分たちのまちは自分たちでつくるという意識が大切だ」と訴えた。記念植樹や記念放水もあった。
同日は北部総合支所でも記念植樹などがあり、旧飽田町でも13日に県内で活躍するタレントの講演などを予定。旧天明町は1月29日にシンポジウムなどを開いた。(川崎浩平)
4598
:
とはずがたり
:2011/02/15(火) 19:13:04
<東北・北海道>福島県
福島広域事務組合 年度内解散の見通し 桑折町議会可決
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/02/20110215t61017.htm
二つの養護老人ホームを運営する福島地方広域行政事務組合(管理者・瀬戸孝則福島市長)の解散をめぐり、これまで2度否決していた桑折町議会は14日、臨時会を開き、組合の解散議案を可決した。議案は構成5市町すべてで可決されたため、組合は当初の計画通り3月末で解散する見通しとなった。
臨時会では、町執行部が、解散後は構成市町で連絡調整組織を設置した上で、養護老人ホームの改築を含めて協議することを提案。解散関連の3議案は、賛成11、反対2の賛成多数で可決された。
議案に反対した町議の一人は「狭い居室は引き継がれ、改築の時期も費用負担も明記していない約束は問題の先送りでしかない」と不満を漏らした。
議案では、組合が運営する養護老人ホーム「川俣光風園」(川俣町)と「桑折緑風園」(桑折町)について、建物を社会福祉法人に無償譲渡した上で民営化するとしている。
組合は昨年3月、事業効率化などを目的に本年度末での解散方針を決定。福島、伊達両市と国見町では可決したが、「改築後に民間移譲しなければ、利用者にしわ寄せがいく」などとして、川俣町では1度、桑折町では2度、否決されていた。
2011年02月15日火曜日
4599
:
チバQ
:2011/02/16(水) 00:32:11
http://mytown.asahi.com/tochigi/news.php?k_id=09000001102150003
県、合併協議に「待った」 佐野と岩舟
2011年02月15日
佐野市と岩舟町の合併協議をめぐり、県が両市町から出された新市基本計画の承認を留保したため、17日に開催予定だった合併協議会が延期されることになった。同町で実施された住民投票の結果、栃木市との合併協議会設置に対する賛成が多数を占めたことを考慮し、佐野・岩舟の合併協議に県がストップをかけた形だ。再開の見通しは立っていない。(斯波祥、佐藤孝則)
佐野・岩舟の合併協議会は、前回1月31日の会合で新市基本計画を確認し、県に提出した。県から承認の回答を待って17日の会合で決定する運びだった。ところが県は、栃木市との合併協議会設置に賛成票が多数を占めた1月23日の同町の住民投票の結果を受け、「中立の立場で動向を見守りたい」(県市町村課)と回答を留保。慎重な姿勢を見せている。
県の回答があれば事実上、佐野・岩舟の合併が決定する。同課は「そうなれば、これから設置されるはずの栃木・岩舟の合併協が形骸化する」と理由を説明している。回答の時期については、「岩舟と栃木の合併協を立ち上げ、協議の中で方向性が見えてきた段階で判断したい」としている。
県の姿勢に対し、岩舟町の茂呂幸司町長は困惑の表情だ。「日程の見直しを余儀なくされたが、佐野市との協議を休止する考えはない。栃木市との合併協議はなるべく早いうちに法に従って進めていく」と話した。
一方、佐野市の岡部正英市長も「いまのところ岩舟町との合併の方針は変わらない」としながらも、「栃木市との合併協で町がどんな判断をするのか、見守るしかない」と話している。
佐野・岩舟両市町は、新市基本計画に対する県の承認を見越し、予定より1カ月ほど早い22日に合併調印式を行うはずだった。住民投票の結果を受けて日程を取り下げた経緯があり、今回の県の回答留保によって、「当初予定していた年度内の調印式も微妙になった」(岡部市長)としている。
4601
:
荷主研究者
:2011/03/14(月) 23:44:19
http://gazone.morrie.biz/
ガゾーン関門都市圏
http://gazone.morrie.biz/siryoo/data.html
関門都市圏の基礎知識
定義
関門都市圏(関門北九州地域)は、宇部小野田、豊関、北九州、宇佐中津、嘉飯山の五つの生活圏に、田川、美祢および宗像地域を加えた広域都市圏である。下関市と北九州市を中心として、周囲に旧産炭地をめぐらせた地域であり、わが国の近代化と工業化を先導した。
下に示した地図の枠組みは、国土交通省の地方拠点都市地域および都市・地域レポートの定義、九州山口経済連合会の定義、金本良嗣・徳岡一幸教授らの都市圏設定基準に加えて、平成の大合併による市町村の再編成を考慮した。上位自治体(県)による枠組みを持たないまま山口、福岡、大分の三県に広がった異色の都市圏で、非県都の中核都市圏としては日本最大の集積を有す。
4602
:
とはずがたり
:2011/03/30(水) 15:17:54
<東北・北海道>
被災市町村の合併促進へ特別立法検討 菅政権
http://www.asahi.com/politics/update/0330/TKY201103300224.html
2011年3月30日15時0分
菅政権は30日、東日本大震災で被災した市町村の合併を促進する特別立法の検討に入った。行政機能が壊滅的な被害を受けた自治体や福島第一原発の事故で市町域の大部分が避難指示区域になった自治体の規模を拡大し、行政機能と財政力を強める狙いだ。
民主党は30日の総務部門会議で提言をまとめ、党復旧・復興検討委員会が近く内閣に提言。総務省も検討を始め、今国会中に関連法案を提出する。市町村合併は「平成の大合併」で区切りがついたが、政権は被災地の再建を急ぐため、新たに特別立法で対応する必要があると判断した。被災地が広範囲に広がっているため、国や県による財政支援や都市計画、インフラ整備を広域で効率的に進める狙いもある。
市町村合併特例法では、合併を検討する市町村が合併協議会を設置し、合意を得たうえで関係自治体と県議会の議決を得て合併が実現する。各自治体間の利害調整に手間取り、合併まで数年間かかるケースもあるが、特別立法では、被災市町村が合併を希望した場合、こうした手続きを簡素化する。
また、合併前の市町村の枠組みを「自治区」として残し、自治区の権限を現行法より強化する。合併しない被災自治体には、都道府県や近隣市町村が自治体事務の一部を代行できる法改正を行う。
被災自治体への地方交付税の算定についても、復旧、復興にかかる経費を「別枠」扱いして増額する法改正を検討。被災自治体が自由に使い道を定められる基金を創設し、被災地区の修復や防災対策、住宅再建などを自治体の判断で行えるようにする。(関根慎一)
4603
:
とはずがたり
:2011/06/09(木) 22:20:35
<近畿>大阪市
大阪の区は小さすぎると思っているので是非実現して欲しい
大阪市の区、ブロック化検討 機能統合で効率化狙う2011年6月8日3時0分
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/1673
大阪市は、24行政区を隣接する複数の区ごとにブロック化し、区役所機能を統合する改革案の検討に入った。将来は「合区」することも視野に、行政の効率化を目指す。
4604
:
アーバン
:2011/06/26(日) 21:54:42
今こそ政令区の統合を
4605
:
アーバン
:2011/08/03(水) 19:08:00
松江市、一日の東出雲町との合併で人口二十万七千人に。
来年四月の特例市移行を目指す方針。
4606
:
昌夫
:2011/08/07(日) 14:42:56
松江市は県庁所在地のある市の人口最下位脱出か
最下位は山口市になるか
4607
:
とはずがたり
:2011/09/24(土) 23:47:05
<北関東>栃木県
市町村合併:岩舟住民投票 「栃木と合併」最多 町長、結果を最終的民意に /栃木
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20110829ddlk09010058000c.html
岩舟町の合併先を選ぶ住民投票が28日行われ、開票の結果、「栃木市と合併」が多数を占めた。合併を巡る同町の住民投票は4度目で、茂呂幸司町長は今回の結果を最終的な民意とし、栃木市との合併を進める見通し。佐野市との合併協議会は廃止する。
町の住民投票条例に基づく。条例では最多得票を民意とすると規定。合併を▽栃木市と▽佐野市と▽しない−−の三者択一で行った結果、「栃木市と」が最多だった。投票資格者は18歳以上の町民で、当日有権者数は1万5509人(男7784人、女7725人)。投票総数は1万1844票で、投票率は76・37%だった。
住民投票の結果を受けて、鈴木俊美・栃木市長は「すみやかに合併協議を再開し、新市誕生に向けて精いっぱい尽力する」、岡部正英・佐野市長は「今後は茂呂町長の考えを聞いた上で対応したい」と、それぞれコメントを発表した。【中村藍】
■視点
◇分裂した町を一つに
岩舟町の住民投票で、「栃木市」が選択された。これまで3度実施されながらいつまでも合併が実施されない状況に有権者からは「うんざり」という声も聞かれる。両派の住民団体には結果を受け止め、混乱に早く終止符を打つよう努めてほしい。
08年夏の住民投票で町民は佐野市を選択した。その後当選した当時の町長が合併協議会を休止したことについて、リコールという形で拒絶した。昨年3月、栃木市が周辺の旧町と合併したことで地理的に一つの行政圏としての結びつきが意識されるようになった。佐野市との合併はもはや現実的ではなくなったとの判断が、今回の投票結果だ。課題は、分裂した町をどうまとめるか。茂呂町長には丁寧な説明を続ける努力が求められる。【中村藍】
==============
◇住民投票、開票結果
=確定票
栃木市と合併 6485
佐野市と合併 5037
合併しない 280
(無効票42)
==============
◇岩舟町の住民投票を巡る経過◇
08年
7月 初の住民投票で佐野市との合併を選択
9月 町長選で針谷育造氏が無投票で初当選
10月 針谷町長が佐野市に合併協議申し入れ
09年
3月 針谷町長が一転、合併協休止を申し入れ
8月 2度目の住民投票で町長リコール成立
9月 出直し町長選で茂呂幸司氏初当選
12月 茂呂町長が佐野市に合併協再開を申し入れ
11年
1月 3度目の住民投票。栃木市との合併協設置を選択
4月 栃木市との合併協設置
7月 茂呂町長が住民投票実施を表明
8月28日 4度目の住民投票
毎日新聞 2011年8月29日 地方版
4608
:
とはずがたり
:2011/09/24(土) 23:47:54
<北関東>栃木県
>>4607-4608
市町村合併:岩舟町合併 栃木市との合併推進団体、町長リコール署名提出 /栃木
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20110831ddlk09010110000c.html?inb=yt
岩舟町の合併問題を巡り、栃木市との合併を推進する住民団体「岩舟町を考える会」が30日、茂呂幸司町長の解職請求(リコール)に賛同する5645人分の署名を町選管に提出した。28日の住民投票では「栃木市と合併」が多数を占めたが、「佐野派」とされる町長の姿勢を見て合併手続きを確実に進めたいとしている。
この日、舩田公平副代表らが町役場を訪れ、本請求に必要な有権者の3分の1(5111人)を超える5645人分の署名を提出。本請求が認められれば町は60日以内にリコールの是非を問う新たな住民投票を行う。舩田副代表は「町長の態度を見極めて本請求するかどうか判断する」と話した。
一方、茂呂町長は30日、岡部正英・佐野市長を訪ね住民投票の結果を報告。岡部市長は合併協議会の廃止を9月議会に提案する意向を示した。【古賀三男】
毎日新聞 2011年8月31日 地方版
市町村合併:佐野市と岩舟町、合併協を廃止へ /栃木
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110922-00000133-mailo-l09
毎日新聞 9月22日(木)13時18分配信
佐野市と岩舟町の法定合併協議会が21日、同市内で開かれた。8月に同町が実施した住民投票の結果で「(合併相手として)栃木市が最多となった」と報告され、同協議会の廃止が確認された。
冒頭、会長の岡部正英・佐野市長が「来年4月の合併を目指し進めてきたが残念」とあいさつ。茂呂幸司・岩舟町長から協議会廃止の申し入れがあったことを報告した。
佐野市側の委員からは「合併寸前までいって残念。逆転本塁打で負けたような後味の悪い心境だが、本市の失うものはないと思う」との不満も。一方、岩舟町側の委員は「最悪の事態になった。佐野市の新庁舎計画に波及し、大きな迷惑をかけ申し訳ない」と陳謝した。最後に茂呂町長が「結果を真摯(しんし)に受け止め、(栃木市との合併協議を再開し)粛々と進めたい」とあいさつした。
協議会事務局によると、今後は両市町の議会で協議会廃止議案の可決を経て県に届け出た後、協議会廃止となる。【古賀三男】
9月22日朝刊
4609
:
とはずがたり
:2011/09/24(土) 23:48:49
<東北・北海道>岩手県
市町村合併:500人が参加し藤沢町閉町式 一関市に編入 /岩手
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20110922ddlk03010011000c.html?inb=yt
26日に一関市へ編入合併する藤沢町の閉町式が21日、同町文化交流センター・縄文ホールで開かれた。参加した町民らは56年の歩みを振り返るとともに、合併後も文化や歴史を継承していくことを誓った。式典には約500人が参加した。畠山博町長は「強力なエンジンを備えた自治体としての新たな挑戦になる。熱いパッション(情熱)と強い信念を持って地域発展に臨もう」とあいさつ。地元の小・中学生4人が「ふるさとへのメッセージ」と題した作文を披露した。藤沢町は1955年に4町村が合併して誕生。人口は約9000人。【湯浅聖一】
毎日新聞 2011年9月22日 地方版
4610
:
とはずがたり
:2011/09/27(火) 16:40:43
<東北・北海道>岩手県
「中東北」の拠点に 一関市、藤沢町を編入合併
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/09/20110927t31003.htm
一関市と岩手県藤沢町が26日、合併した。藤沢町を廃止し一関市に編入する「編入合併」で、同町の旧自治センターに一関市藤沢支所が開所した。
支所で開庁式と旧藤沢町職員らへ辞令交付が行われた後、勝部修市長が記者会見し「藤沢とともに新たな一関づくりを担えることになり喜ばしい。宮城県北から岩手県南にかけての『中東北』地域の拠点として一層の飛躍を図りたい」と述べた。
新「一関市」は、人口がことし9月1日現在で藤沢町(9123人)と一関市(12万198人)を合わせた12万9321人で、県内では盛岡市に次いで2番目。面積は藤沢町(約123平方キロ)と一関市(約1133平方キロ)を合わせた約1256平方キロで、宮古市に次いで2番目となった。
一関市と藤沢町の合併により、岩手県の市町村数は33となった。
2011年09月27日火曜日
4611
:
とはずがたり
:2011/09/27(火) 18:47:02
<東北・北海道>
「広域連合」検討、当面見送り 宮城知事「復興に全力」
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/09/20110927t11018.htm
村井嘉浩宮城県知事は26日、県議会9月定例会本会議で、東北6県と北海道、新潟による「広域連合」設立を視野に入れた検討を当面、見送る方針を明らかにした。長谷川洋一氏(自民党・県民会議)の質問に答えた。
村井知事は広域連合を設立し、東北全体の復興ビジョン策定に取り組む意義は認めつつ、「宮城など被災3県は復旧・復興の途上にある。当面は本県の復興に全力を尽くす」と述べた。
8道県の「広域連合」設立を含む広域行政の検討は昨年11月、村井知事が北海道東北地方知事会議で提起。事務レベル検討会議の設置で合意、ことし1月に初会合を開いたが、震災で中断した。
村井知事は震災後の6月、関西広域連合による被災地支援を評価。東北の広域連合についても「8道県知事と胸襟を開いて議論したい」と検討会議の早期再開に意欲を見せていた。だが、福島第1原発事故の収束に長期間を要することや、山形県などが広域連合の設立に消極的な状況を踏まえ、検討を凍結せざるを得ないと判断したとみられる。
8道県は11月、新潟市で開く知事会議で、今後の検討方針を協議する。
2011年09月27日火曜日
4613
:
とはずがたり
:2011/10/04(火) 23:47:41
<九州・沖縄>熊本県熊本市
熊本市が20番目の政令市に 18日に閣議決定 (共同通信)
http://news.infoseek.co.jp/article/04kyodo2011100401000637
政府は4日、熊本市が求めていた来年4月1日からの政令指定都市への移行を認め、今月18日に関係政令を閣議決定する方針を決めた。昨年4月の相模原市に続き全国20番目の政令市となる。九州では63年の北九州市、72年の福岡市に次ぎ3番目。人口要件は、熊本市までは70万人以上に緩和されたが、今後は従来の100万人以上に戻る。合併で100万人以上の都市をつくる動きはなく、政令市は20市体制が当面続く見通し。
[ 2011年10月4日17時31分 ]
4614
:
とはずがたり
:2011/10/12(水) 16:50:03
<北関東>群馬県桐生地域
「退職債 解決されれば明るい」 合併要望受け みどり市長
http://www.kiryutimes.co.jp/news/2011/1005/1110051.html
2011-10-5
みどり市の石原条市長は4日、桐生、みどり両市の早期合併を要望している業界団体の代表者らに対し、要望に回答する形で自身の見解を述べた。合併の可否については明言を避けつつも、「気持ちは皆さんと近いものがある」と述べ、合併を望む声に理解を示した。その一方で、みどり市民は桐生市の財政難を不安がっており、その象徴が、市職員の退職金を借金で賄う退職手当債の問題だとして、「この問題が解決されれば明るい未来が見えてくる」と発言。まずは財政健全化に向けた桐生市側の努力に期待した。
両市の合併をめぐっては、2008年4月から昨年8月にかけ、桐生市医師会、桐生法人会、桐生労働基準協会など13の業界団体が延べ14回にわたり、早期合併を求める要望書を両市長に提出している。
これを受け、石原市長が団体側に対し、要望への回答を行う場の設定を打診。桐生商工会議所の内部組織「両市合併推進会議」(会長・日野茂商議所会頭)が各団体に呼びかけ、「回答説明会」と称して会合を開いた。関係者ら約30人が出席した。
石原市長は「飛び地がいいとは思っていない」との基本認識を示した上で、桐生市が07?09年度に計約29億円の退職債を発行し、今後その償還の負担が発生することに懸念を示した。
「桐生市は向こう十数年、退職債の償還に毎年2億円かかるのに加え、その間の退職も含め、毎年15億円近くが退職金のためにかかり続ける」と指摘。「合併した場合(償還費用の)桐生市民の負担は減り、みどり市民の負担が増えるのは理解を得られない」と述べた。
また、桐生市の市税収納率が県内12市中最下位の85%と低いのに対し、みどり市は92%だとして、「他市並みに収納率を上げれば財政負担はかなり減り、退職金もカバーできるはず。もっと『頑張ってる感』を出してほしい」と、桐生市のさらなる奮起を促した。
「退職債の問題が解決できれば桐生市を再生できる。そのくらい本気で財政健全化に取り組んでいただければ、明るい未来が見えるし、私もみどり市民に(合併を)説明できる」と石原市長。「私が合併したがらないと言う人もいるが、そんなことはない。気持ちは皆さんに近いものがある」と、合併に前向きともとれる姿勢をのぞかせた。
◇
質疑では、桐生市が先行投資してきた下水道などの資産や、ごみ処理や消防などの旧広域圏事業も踏まえ、大局的に合併を論じるべきといった声や、「桐生市の亀山市長もみどり市に出向いて説明するべきだ」といった声も出た。
日野会長は「桐生市も覚悟を決めて財政問題に取り組まないと、みどり市と一緒になろうとは言えない。(合併への)具体的な障害を指摘してもらったので、これを改善することで前に進めるのでは」と述べた。
4615
:
とはずがたり
:2011/10/14(金) 17:10:33
<首都圏>埼玉県
>今後は「県南4市」といわれてきた蕨市、戸田市との連携を深めつつ、(政令指定都市昇格への)時期などを模索するという。
川口市、指定市へ一歩
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000001110120004
2011年10月12日
◇鳩ケ谷編入、58万人に
鳩ケ谷市が11日、川口市に編入合併され、同市は人口約58万人、面積62平方キロの規模になった。県内では昨年3月に新市として発足した加須市、久喜市以来の自治体合併で、市町村数は1市減の39市23町1村となった。県によると現在、合併協議を続けている市町村はないという。そんな中、川口市は将来の政令指定都市移行を目指す。
岡村幸四郎・川口市長は11日朝、市役所鳩ケ谷支所(旧鳩ケ谷市役所)の開所式に臨んだ。職員らを前に「誰もが『合併して良かった』と思える市政運営に取り組みたい」とあいさつ。地域の歴史や文化を大切にし、一体感を醸成していく考えを強調した。
支所では、鳩ケ谷地区の住民サービスを担う部門が早速、動き出した。岡村市長は、木下達則・前鳩ケ谷市長から事務文書などを引き継ぎ、力強く握手を交わした。
蕨市も含めた3市による対等合併協議の破綻(はたん)から7年。蕨市に次ぐ全国2番目の狭さの市として、税収などに限界を感じた鳩ケ谷市が、改めて「編入」を申し入れたことで今回の合併が実現した。
川口市にとっては、旧鳩ケ谷市を囲んだ「馬蹄(ばてい)形」の地形が解消され、一体的整備に取り組める利点が生まれる。鳩ケ谷地区にとっては、土地区画整理事業の計画的推進や、過密化で緊急性が増している防災対策が中心課題になりそうだ。
木下前市長は「険しい道のりだったが、合併は将来を見据えた大きな投資」と位置づけ、人口70万人程度が目安とされる指定市への移行に期待する。
岡村市長は市議会9月定例会で、市の将来について「市民の期待に応えて地方分権を進めるためには、政令指定都市(移行)が最も有効な方策」と答弁。今後は「県南4市」といわれてきた蕨市、戸田市との連携を深めつつ、時期などを模索するという。
◇市議増員選の日程正式決定 30日告示
川口市選挙管理委員会は11日、旧鳩ケ谷市域に該当する川口市議増員選(定数5)の日程を、30日告示、11月6日投開票と正式に決めた。
新「川口市」が誕生 鳩ケ谷市を編入合併 長い道のり経て、“再婚”
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224160558/3848
2011.10.11 22:10
2011年10月11日14時9分
ミニ市2位、埼玉・鳩ケ谷消える 指定市狙い川口に編入
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224160558/3849
鳩ヶ谷が編入され58万人の川口市誕生
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111012-OYT1T00348.htm
埼玉県川口市が11日、鳩ヶ谷市を編入合併し、市の新たな歴史がスタートした。
人口は約57万9000人で、県内市町村で2番目に多い。
川口市の「鳩ヶ谷支所」となった旧鳩ヶ谷市役所(川口市三ツ和)では同日朝、職員や市議など約200人が参加して開所式が行われ、岡村幸四郎市長ら関係者がテープカット。岡村市長は「合併はゴールではなくスタート。旧鳩ヶ谷市、旧川口市との意識は払拭して一体感を醸成し、市民が住んでいて良かったと思える新しい川口市を作りたい」とあいさつした。
新支所では早速、旧鳩ヶ谷市里地区に住む井上真美さん(34)が夫や息子ら家族4人の住民票の写しの取得に訪れ、岡村市長自ら手渡した。井上さんは「旧鳩ヶ谷市は子育て支援が充実していたので、合併してもっと良くなれば」と期待を込めた。
その後、岡村市長は、木下達則・旧鳩ヶ谷市長から「市長事務引継書」を受け取り、「ようやく成就したという思いだが、責任の重さを実感している」と気を引き締めた。
川口市によると、旧鳩ヶ谷市地域の住民は子育て情報メールの配信、高齢者らを対象とした住み替え家賃助成など、新たに700以上の事業で住民サービスが受けられるようになるという。
◇
川口市選管は11日、鳩ヶ谷市の編入合併に伴う川口市議増員選挙の日程を、30日告示、11月6日投開票と正式決定した。選挙区は旧鳩ヶ谷市地域で、定数5。増員により、川口市議の定数は45となる。任期は2015年5月1日まで。
(2011年10月12日22時37分 読売新聞)
4616
:
とはずがたり
:2011/11/05(土) 19:19:52
悲しい気持ちは十分理解できるが,産業の衰退した山間部の集落の廃村を推奨するとは総研としては全面的に応援したい。
集落が壊滅 本宮町奥番7 件地区
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=217066
和歌山県田辺市本宮町の最深部にある三越奥番7 件地区では4日朝、集落のすぐ下を流れる三越川に山の斜面が幅数百メートルにわたり突然崩れ落ちた。土砂が川をせき止め、水があふれ出して民家がつかり、その後集落が川に崩れ落ちた。
住民によると、ドカーンという大音響とともに近くの山が崩れ、川の水位が上がり、あふれ出した。しばらくすると地盤が崩れてほとんどの民家が川にのみ込まれていったという。
住民10人のうち、1人が山崩れの前に死亡。残る9人は高い所にある民家に避難して全員無事だった。集落に通じる道も寸断されたため、孤立した住民はヘリコプターで救助され避難所の本宮中学校に移った。野下義計さん(84)は「集落自体が壊滅した。もう帰れない。住み慣れた所でみな家族ぐるみのつきあいだった。集落を離れるのは抵抗があるが仕方がない」と肩を落としながらも気丈夫に語った。
(2011年09月06日更新)
台風12号豪雨 消えゆく集落…和歌山県田辺市・奥番地区で解散式
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111105-OYO1T00507.htm?from=top
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/tochi/20111105-211140-1-L.jpg
解散式で久しぶりに再会し、涙する住民たち(5日午前、和歌山県田辺市本宮町で)=吉野拓也撮影
台風12号の豪雨で集落の大半が土砂崩れに流された和歌山県田辺市本宮町三越の奥番地区(7世帯10人)が5日、自治会の解散式を開いた。ほとんどが高齢者で、地形が変わるほどの大きな被害に集落再建を断念、集まった住民は、悔しさをにじませながらも、「ここを心の古里として、それぞれの土地で頑張ろう」と誓った。
世界遺産・熊野本宮大社の北西約5キロの山あいに位置する奥番地区。戦後間もないころは数十世帯が暮らしていたが、若者は街へ出て、お年寄りらが、川沿いの段々畑で細々と野菜を作って暮らしていた。
台風12号に襲われた9月4日朝、地区南側で大規模な土砂崩れが発生し、せき止められた三越川が氾濫。民家や寺、集会所が次々に流された。
土砂崩れの発生直前、住民の一人、中畑峯子さん(86)が道路に倒れて亡くなっているのが見つかった。集落唯一の犠牲者となった。一人暮らしで、転落死とみられ、ほかの住民は遺体を収容するために屋外に出ていて、土砂崩れに巻き込まれなかったという。
野下美喜子さん(75)は、孤立した集落からヘリコプターで救出される際、土砂にえぐられた村を見下ろし、「もうここには住めないだろう」と心の中で別れを告げた。
夫の義計さん(84)が区長を務め、美喜子さんは行事のたびに料理を用意するなどして近所の人々に慕われた。「最高に幸せだった」と美喜子さんは集落での暮らしを振り返る。
4617
:
とはずがたり
:2011/11/05(土) 19:20:15
>>4616-4617
被災後、住民たちはそれぞれの親戚宅などに身を寄せた。野下さん夫婦も、年末には、子供たちの住まいに近い奈良県内のアパートに引っ越す。電話で連絡を取りあい、「最後に祭りして、みんなで別れようや」と、解散を決めた。
地区内の神社で行われた解散式には、台風前に地区を離れた人や、子供らも含め約200人が参加。集まった人たちは古里の景色を目に焼き付けるように、土砂の残る集落を見回した。
区長の森久さん(58)は、「一歩一歩前に進みましょう。再会の機会はきっとある」とあいさつ。野下知代さん(70)は、集落で採れた里芋の芋煮を味わいながら、「きょうは昔のにぎわいが戻ったみたい。でも、これで終わりと思うと寂しくてかなわない」と話した。
(2011年11月5日 読売新聞)
土砂崩れで壊滅の集落で「解散式」 田辺市本宮町
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=220753
台風12号による土砂崩れで集落が壊滅した和歌山県田辺市本宮町三越の奥番7 件地区(8世帯10人)で5日、住民が地元を離れる「解散式」が開かれた。駆け付けた多くの地区出身者らとともに住民が神社で最後の祭りを営み、芋煮を囲んで古里へ別れを告げた。
9月4日、豪雨による山崩れで川がせき止められ、たまった水が方向を変えて集落をまるごと押し流した。民家と寺、集会所が流失、集落の中央に深い谷ができた。町内に移り住んでいる住民らは集落の再建が難しいと判断、地元神社の例祭に合わせ、けじめの機会を設けた。
最後の集まりに、県外からも大勢が駆け付けた。午前9時から神社の例祭を開いた。熊野本宮大社の神職が祝詞を上げ、住民や出身者が参拝した。河原で盛大に餅まきをした。
解散式は、近くの本宮町森林組合小径木加工場に会場を移して開いた。200人ほどが参加した。
森久自治会長が「台風被害を思い出すと、悔しく、悲しい。先人が残してくれた奥番7 件を失ってしまうのは本当に心が痛む」と解散を惜しみあいさつした。出席した真砂充敏市長も昨年地区を訪問した当時を振り返った。
地区内の畑で採れたサトイモで作った芋煮やおでんが振る舞われ、参加者が思い出話に花を咲かせた。
にぎやかな雰囲気の中、古里に思いをはせ涙するお年寄りの姿も目立った。この地で生まれ、結婚するまで過ごした庄田ナオエさん(92)=本宮町桧葉=は「台風後初めて来たので、涙が出てくるばかり。家もみんな流されてしまい、住んでいた人のことを思うと気の毒でならない」と話した。
住民の野下美喜子さん(75)は「こんなにたくさんの人が奥番7 件を思ってくれていると思うと胸がいっぱい。自分は奈良県に移り住むと決めたが、皆さんへの感謝の気持ちと未練が一緒になって込み上げてしまう」と声を詰まらせた。
奥番地区は世界遺産に登録されている熊野本宮大社から北西に約5キロ離れた山中にあり、熊野古道からも近い。背の高い木々に囲まれた小さな集落で、8世帯10人が林業や畑仕事をして暮らしてきた。
(2011年11月05日更新)
4618
:
とはずがたり
:2011/11/29(火) 09:30:23
<広域合併>
いいかも
>一方、横浜、川崎の二大政令市を除いた神奈川県の形について、「実はその方がすっきりする」と強調する。
橋下氏圧勝「都構想」神奈川の場合は 東京との“二重行政”課題
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20111129/CK2011112902000039.html?ref=rank
2011年11月29日
神奈川県と政令市との関係について語る上山教授=横浜市神奈川区で
大阪市長選で前大阪府知事の橋下徹氏が圧勝し、同府知事選でも橋下氏が率いる「大阪維新の会」の幹事長が勝利した二十七日の「大阪ダブル選挙」。橋下氏らが公約に掲げた「大阪都構想」を三政令市を抱える神奈川県に当てはめると、どんな未来図が描けるのか。府特別顧問として、橋下氏を支える慶応大学総合政策学部(湘南藤沢キャンパス)の上山信一教授に「頭の体操」で県と県内政令市の将来像を考えてもらった。 (新開浩)
上山氏の基本的な考えは「一国多制度」。横浜市が目指す県と同等の権限と財源を持つ「特別自治市」を含め、各自治体が独自の都市制度を考えればいいという立場だ。
その上で、上山氏が考える神奈川と大阪の違いは「東京からの自立性」だ。
「大阪は東京からお金が回ってこない。自力で稼ぐため、広域のインフラ投資が必要。しかし、府も市も財政が厳しい。両方の投資を集中させないとできない」と、大阪都の必要性を説明する。
一方、神奈川は「横浜や川崎は東京のベッドタウン。空港などの東京のインフラも使える。大阪ほど自立する必要がない。都市戦略は東京と一緒に描いた方がいい」と違いを指摘した。
それを踏まえ、「東京と横浜が競っても、二重行政になる。横浜、川崎両市を東京都に編入し、二十三区のような特別自治区に分割した方が、きめ細かい福祉サービスができる」と、「拡大東京都構想」を唱える。
また、両市の行政区については「出張所のようなもので、権限は多くない。公選首長も議会もない。競争原理が働かず、透明性が低い」と批判する。
一方、横浜、川崎の二大政令市を除いた神奈川県の形について、「実はその方がすっきりする」と強調する。
「静岡、山梨両県の富士山周辺や静岡県の伊豆地方が合併し、新しい観光県になった方が、イメージが上がる。東京とは違う、今よりも特徴のある行政ができる。そういう面白さが、今の神奈川には見えない」と、独自の未来像を描く。
ただ、こうした神奈川県再編の実現性については「大阪が京都に吸収されるような話だから、簡単には実現しないだろう」と、現実的に受け止める。
それに比べ、大阪都については「大阪府民だけで議論すれば済む話。大阪市はなくなるが、府が都に変わるだけだ」と、実現に自信をみせた。
大阪府 特別顧問
上山慶大教授に聞く
4619
:
とはずがたり
:2011/12/22(木) 15:25:01
<九州・沖縄>熊本市
熊本市議会、区民会議設置案を否決 市長、再提出に意欲
ttp://kumanichi.com/feature/gappei/kiji/20111217001.shtml
熊本市議会は12月定例会最終日の16日、住民の代表が区の課題や振興策を協議する「区民会議」を設置するための条例改正案を否決した。幸山政史市長は、議会の指摘を受けて全体の制度設計を見直し、早期の再提案を目指す考えを示した。
市長提出議案が否決されるのは2006年3月定例会以来。
区民会議は市長の付属機関と位置付け、政令指定都市移行で誕生する五つの行政区の振興ビジョンや課題解決の方法を調査・協議する。市は今議会に付属機関設置条例改正を提案したが、議会側は「時期尚早」などと反発、9日の総務委員会で否決されていた。
この日の本会議では、朽木信哉総務委員長(自民)が「市民としての一体感醸成の途上にある合併町の現状を考えれば、政令市移行と同時設置は時期尚早」「行政や議会との関係、位置付けが明確でない」などと委員会の指摘事項を報告。採決の結果、全会一致で否決された。
幸山政史市長は閉会後、「残念だが、区のまちづくりに住民の意見を聞く場を設けることを否定されたわけではない。早期設置に向けて最大限努力したい」と強調。「(名称や位置付けを含め)全体的に制度設計を見直した上で、あらためて議会の了承を得たい」と述べた。(森紀子)
熊本日日新聞 2011年12月17日
4620
:
とはずがたり
:2011/12/22(木) 15:26:17
<九州・沖縄>熊本市
市、議会「仕切り直し」急務 熊本市
http://kumanichi.com/feature/gappei/kiji/20111217002.shtml
区民会議を設置するための付属機関設置条例改正案を全会一致で否決した熊本市議会本会議=市議会棟
熊本市議会は16日、同市が来年4月の政令指定都市移行と同時に設置しようとした「区民会議案」を全会一致で否決した。議会からは「時期尚早」や「役割が不明確」などさまざまな指摘・注文が上がったが、これらの課題解決に向け踏み込んだ議論に至らなかったのは残念だ。初めて設置される新しい「区」という単位のまちづくりに、市民が参画・協働する仕組みは不可欠。設置に向けた仕切り直しの議論を急ぐべきだろう。
区民会議は市長が委嘱する付属機関で、区の議決機関ではない。校区自治協議会や合併特例区協議会などまちづくりにかかわる既存団体との違いは、新たな「区」という単位で活動するということだ。
市の案によると、区ごとの課題解決に取り組むほか、区の振興ビジョン作成や市が導入予定の「まちづくり予算(仮称)」にも意見し、区長に報告するとなっている。条例に基づく設置かどうかなど設置根拠や名称は異なるが、先行政令市でも同様の制度がある。
区民会議については、その名称などから「区政の決定機関と誤解される」との懸念が相次いだ。「区民会議が決定した」事項は、議会も口を出しづらくなるとの懸念が背景にあり、「会議の暴走」に歯止めを求める声も出た。
その半面、「存在自体を否定するものではない」といった意見や、地方自治法に基づく「区地域協議会」として位置づけるべきだなどの意見も出た。
本来、住民が住民目線で新たな「区」という単位のまちづくりを進める仕組みに異論はないはずだ。新たなまちづくりの「核」となる組織として、住民からはその可能性に期待を寄せる声も聞く。一部市議からは、まちづくりの在り方、手法そのものを一から議論したいとの声もあった。
否決を仕切り直しの機会とし、執行部も議会も設置に向けた歩みを止めるべきではない。幸山政史市長は再提案に意欲を見せており、今後、制度作りに向け、両者が意見交換の場を設けるのも一つの手だろう。
先行政令市でも岡山市議会が区民会議の関連予算を全会一致で否決。執行部が権限を限定して再提案したという経緯がある。否決の理由には「議会不要論」への危機感もあったという。
熊本市議会の今回の判断が「市議の既得権益を守るため」とのそしりを受けないためにも、否決のままで終わらせてはいけない。(田端美華)
熊本日日新聞 2011年12月17日
4621
:
とはずがたり
:2012/02/16(木) 12:15:21
限界集落を集落として維持することが目的になってはいけないと強く思う。速やかに廃集落とすべくまた特別立法などの措置が必要ではないか。
地方都市は脆弱なインフラに泣いているケースも多いし,限界集落に展望なくカネを注ぎ込むのを止めて地域の核となる市街を中心に再構成・再構築・再投資すべきであろう。
勿論生き残りをかけた限界集落の試みは,それが漫然とカネ寄越せ的なものでなければしっかり支援すべきであろうが,これまでと同じ様な新味のない公共投資的な施策は無駄ガネである。
'12/1/13
「限界集落」増 進む過疎化
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201201130009.html
島根県域の8割を超す中山間地域にある3334集落のうち、65歳以上の高齢者の割合が50%を超え、20世帯未満の「限界集落」が453集落に上ることが県の調査で分かった。全体の13・6%を占め、2004年の前回調査より52集落(2・1ポイント)増えた。深刻な過疎化に歯止めがかからない実態が浮き彫りになった。
県が、全19市町村の人口データ(10年4月末)を基に、中山間地域に指定されている農漁村の集落を調査。県土の86・5%(5798平方キロ)、人口の46・1%(約34万2千人)が対象となった。
総数は3334集落で前回調査より169集落減った。高齢者が半数を超える集落は638(19・1%)に上り、113集落の増加。そのうち10世帯未満となる「危機的集落」は72集落(2・2%)で、5集落増えた。
前回から今回調査の間に、市町村合併が進んだ影響で、800余りの集落で構成地区や区域が変更。県地域政策課は「集落数の変動を単純に比較できない面もある」とし、変更のなかった2522集落の調査結果もまとめ、限界集落の増加傾向を確認した。
4622
:
とはずがたり
:2012/03/16(金) 19:36:54
<近畿>奈良県
富貴はこの辺
http://yahoo.jp/UY15hr
地方市町村議会は全市町村1区の大選挙区制が基本じゃなかったでしたっけ?!
高野町議会、選挙区を廃止
2012年03月14日
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/2249
高野町議会が13日、昭和の合併以来半世紀以上にわたって維持してきた選挙区の廃止を決めた。現在は、高野山の寺院などがある旧高野町の第1選挙区(定数9)と、奈良県境に近い旧富貴(ふ・き)村の第2選挙区(定数2)に分かれているが、全町1区(定数10)とする議員提出議案を8対2の賛成多数で可決した。
町と県の選管によると、県内の市町村議会で唯一の選挙区。1958年に合併で今の高野町が誕生したが、林業が盛んだった旧富貴村地域と町中心部が離れていることなどから、選挙区制を維持してきた。
4623
:
とはずがたり
:2012/03/28(水) 20:05:01
熱海は理解できるが三島と長泉の沼津憎し(?)はなんとかならんのかねぇ・・。
東部・伊豆の消防広域化 枠組み縮小、任意協議終了(2012/3/27 08:52)
http://www.at-s.com/news/detail/100110384.html
県東部・伊豆8市8町の管内11消防本部の消防広域化を任意協議している「駿東伊豆地区消防救急広域化研究協議会」(会長・栗原裕康沼津市長)は26日、伊豆の国市内で会合を開いた。広域化を進める次段階の協議会には三島、裾野、長泉、熱海の3市1町は加わらない意向を表明し、このほかの5市7町で新たな組織を設立した。5市7町は法定協議会に向けて細部の検討を詰め、2016年5月の消防救急無線デジタル化移行期限までに消防本部の一元化を図る。
新たな協議会に参加したのは沼津、伊豆の国、伊豆、伊東、下田、清水町、函南、東伊豆、河津、西伊豆、松崎、南伊豆の12市町。会長は栗原沼津市長に決まった。
協議会終了後、栗原沼津市長は「離脱市町が出たのは残念だが、消防広域化によって指令本部を合理的に運営でき、現場の即戦力に人員を振り向けられる利点は大きい」と述べた。県の小林佐登志危機管理監も「これだけ広い地域が1消防本部でまとまることは大きな成果」と話した。
不参加の自治体は理由として、費用負担を示した制度設計の不十分さや、消防救急力の強化に疑問を投げ掛けた。豊岡武士三島市長は「8市8町の広域化は大事と思っているが、現段階の制度設計では市民や議会の理解が得るのが難しい。見直しを求めてきたが、受け入れられなかった」、大橋俊二裾野市長は「8市8町だと広域すぎる。ピンポイントの市町同士の方が普段から地域間、人材間の交流がより濃くなり、災害時の対応もスムーズになる」と述べた。
熱海市の斉藤栄市長は「県の東端に位置して近隣市町と平地でつながっておらず、広域化してもメリットが得にくい」と話した。
4624
:
とはずがたり
:2012/03/28(水) 20:05:49
>>4623-4624
三島など4市町離脱へ 東部・伊豆の消防広域化協議(2012/3/24 07:54)
http://www.at-s.com/news/detail/100109587.html
県東部・伊豆の8市8町で任意協議している管内11消防本部の消防広域化について、三島市、裾野市、長泉町と熱海市の3市1町が離脱する方針を示していることが23日、分かった。「現在進めている制度設計では、消防救急力の強化や費用負担面におけるメリットが示されていない」(三島市、裾野市)などとして、広域化を進めるための次段階の組織には加わらない見込み。
26日に伊豆の国市で開催する「駿東伊豆地区消防救急広域化研究協議会」(会長・栗原裕康沼津市長)で表明する。同協議会はこの日いったん解散し、広域化を進める新たな組織を編成する予定で、各首長が参加意向を明らかにする。
8日時点で各市町が事務局に寄せた回答では、不参加が熱海市、裾野市、長泉町。保留が三島市、清水町。参加が沼津、伊豆の国、伊豆、伊東、下田、函南、東伊豆、河津、西伊豆、松崎、南伊豆の11市町。
23日までの間、各首長間で活発なやりとりが展開された。三島、裾野、長泉は経費の積算の甘さや指令本部をめぐる議論の不十分さを指摘し、現在3市2町(三島、裾野、沼津、長泉、清水町)で共同運行している通信指令の枠組みによる広域化を沼津市に申し入れたが、沼津市は8市8町で進める姿勢を崩していない。
熱海市は独自に、現枠組みによる広域化の利点を疑問視した。
他市町の首長からは「東部伊豆の一体性を図る絶好の機会を逸する」と離脱意向の市町を非難する声も挙がっている。26日の議論によっては16市町の枠組みのままで進む可能性もあるが、現段階で見通しは厳しく、2年近く協議してきた消防広域化は決裂する公算が大きい。
5月には消防救急無線デジタル化に向けた準備期限が迫り、一定の結論を出す時期を迎えている。
4626
:
とはずがたり
:2012/05/30(水) 18:11:13
<東北・北海道>福島県
双葉郡を構成する旧郡の標葉(しねは)郡と楢葉郡から標葉町と楢葉町の二町に再編が良いのではないか?
富岡町長、双葉郡8町村合併を提案「川内、葛尾に拠点」
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120529t61019.htm
福島県富岡町の遠藤勝也町長は28日、福島第1原発事故で避難区域に指定されるなどした双葉郡8町村が合併し、放射線量の低い川内、葛尾の両村に産業、住宅の拠点を置く案を示した。8町村長の中で、町村合併について踏み込んだ考えを示したのは遠藤町長が初めて。
遠藤町長は同日、郡山市の仮設住宅であった町民説明会で提案した。住民の帰還に関し「双葉郡人口は現在の半分以下になるだろうし、税収も見込めない」と指摘。「復興のために町村間で企業誘致合戦をするなら、双葉郡を一つにした方がいい」と町村合併を進める意向を示した。
川内、葛尾両村を拠点にする理由として、低線量のほか、住民の帰村が既に始まったことを挙げた。「両村に企業を誘致したり、住民のコミュニティーをつくったりして、線量の減衰や除染作業の完了を待ちたい」と述べた。
遠藤町長は役場や住宅の拠点を避難先の自治体に整備する「仮の町構想」を打ち出している。今回は町村合併の選択肢があることを示し、一歩踏み込んだ。大熊、双葉、浪江3町も仮の町構想を描いており、合併路線に進む可能性もある。
富岡町は原発の20キロ圏内にあり、警戒区域に指定されている。政府の区域見直しでは、5年以上生活できない帰還困難区域(年間線量50ミリシーベルト超)、一時帰宅は許される居住制限区域(20ミリシーベルト超50ミリシーベルト以下)、早期帰還を目指す避難指示解除準備区域(20ミリシーベルト以下)に3区分される公算が大きい。
遠藤町長は区分けによって住民への賠償額に差が出るとして、区域にかかわらず一律に賠償するよう政府に求めている。
2012年05月29日火曜日
双葉郡合併 首長、賛否分かれる 論議の先行きは不透明
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120530t61018.htm
福島県富岡町の遠藤勝也町長が福島第1原発事故で大半が避難区域となっている双葉郡8町村の合併に前向きな意向を示したことについて、河北新報社は29日、他の7町村長に意見を聞いた。「総論賛成」から「絶対反対」まで分かれ、合併論議の先行きは不透明だ。
遠藤富岡町長は28日の町民説明会で「双葉郡の人口は現在の半分以下になるだろう。郡を一つにした方がいい」と合併に肯定的な考えを示した。
双葉郡は原発事故で住民約7万2000人の99%近くが今も避難している。大半が避難区域で帰還の見通しが立っていない。
現在居住可能なのは放射線量の低い広野町と川内村。役場を避難先から戻し、住民に帰還を呼び掛けたが、戻ったのは広野が5400人中320人、川内が2800人中540人にとどまる。
渡辺利綱大熊町長、馬場有浪江町長、遠藤雄幸川内村長、松本允秀葛尾村長の4人はそうした現状を踏まえ、「将来的には合併は選択肢の一つだ」と富岡町長の発言に一定の理解を示す。
ただ、4人とも「軽々に判断できない」「各町村の足元を固めるのが先」と条件付きの賛成だ。
「とんでもない。町村ごとの課題がぼける」と反対姿勢を明確にするのは井戸川克隆双葉町長。山田基星広野町長も「一切考えていない。首長の一存でできるほど簡単ではない」と否定する。
松本幸英楢葉町長は「楢葉は放射線量が比較的低く戻れる状況にある。帰還が一番の優先課題だ」と話している。
4627
:
とはずがたり
:2012/05/30(水) 18:11:27
>>4626-4627
◎双葉郡7町村長談話
<広野>除染や帰還が先
山田基星広野町長 いろいろな方向性を探る考えは分かるが、合併は今のところ考えていない。住民帰還や除染、学校再開など課題が多く、それどころでない。合併は首長の一存でできるほど簡単でなく、議会と連携しなければならない。
<楢葉>南北二つの形も
松本幸英楢葉町長 楢葉は放射線量が低くて戻れる状況にある。住民の帰還に向け、除染や賠償問題に取り組んでいる。現時点では合併は考えていない。第1原発が双葉郡の中央にあり、合併の形は北と南の二つに分かれるのではないか。
<川内>選択肢の一つに
遠藤雄幸川内村長 合併は近い将来の選択肢の一つ。復興予算を効率的に配分できる。ただ復興に向けて必要な古里への思いが弱まるのが心配。川内は双葉郡復興のための最前線になりたい。「仮の町」の拠点づくりに積極的に協力する。
<大熊>8町村で温度差
渡辺利綱大熊町長 人口減が予想され、将来的に合併は選択肢の一つ。ただ、今は各町村が足元を固める時。放射線量に違いがあり、復興計画もまちまちで双葉郡全体の構想を並行して進めるのは難しい。合併には8町村で温度差もある。
<双葉>首長の責任放棄
井戸川克隆双葉町長 とんでもない。悲惨な避難生活を強いられている問題が解決していないのに首長として責任放棄になる。双葉郡が国に何を求めるか、ようやく協議が始まった段階。合併話を持ち出せば、町民に動揺を与えてしまう。
<浪江>論点整理が必要
馬場有浪江町長 人口の減少や産業構造がどうなるか分からない中、合併は一つの選択肢。だが、合併で自治体が変われば戻らない町民が増える恐れがあり、利点、欠点の論点を整理しないと軽々に判断できない。平時とは状況が違う。
<葛尾>まず賠償解決を
松本允秀葛尾村長 復旧、復興を単独町村で進めるのは難しく、合併は一つの選択肢だ。ただ避難区域再編や賠償問題に見通しがつかないと話し合う段階にならない。葛尾村は起伏に富み、合併自治体の拠点になるのは難しいのでないか。
2012年05月30日水曜日
4628
:
とはずがたり
:2012/07/02(月) 11:16:34
都を導入する前に東京都下で世田谷が大きすぎたりする等都の問題点もなんとかならんのかなぁ??
橋下構想、一歩前進…特別区新法案で5党合意
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1251865116/6330
4629
:
とはずがたり
:2012/07/04(水) 02:40:57
<近畿>
俺も名前が凄く重要だと思う。だから大阪都ではなく大阪府の侭なら中身はどうなっても構わん位だw
橋下は早く大阪市下の区の再編案をみせろ♪全ては其処からである。
橋下市長の訴え通らず…5党「大阪府」変更ダメ
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/politics/20120703-567-OYT1T00612.html
2012年7月3日(火)15:24
橋下徹大阪市長が目指す「大阪都」構想の実現に向けた新法案を巡り、民主、自民、公明、みんな、国民新の5党は3日、国会内で実務者協議を開き、特別区を設置する道府県の名称変更規定を設けない方針を確認した。
このため新法に基づいて「大阪都」構想が実現しても、「大阪府」の名称は変更されないことになる。
名称を巡っては、橋下氏が6月29日、大阪市役所で記者団に「名前がすべて。ものすごい重要だ。都がダメなら、州ぐらいでもいい」として、大阪府の名称を変更できないことに不満を示していた。この日の実務者協議後、民主党の逢坂誠二衆院議員は「これまで名称は議論してきておらず、既定路線の中で淡々と法案化をしたい」と述べた。
橋下氏発言に疑問相次ぐ=自民部会
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-120703X185.html
2012年7月3日(火)16:49
自民党が3日開いた総務部会などの合同会議で、与野党5党が大筋合意した「大阪都」法案に関し、橋下徹大阪市長が「都」に名称を変更できないのは問題だと表明したことを疑問視する声が相次いだ。自民党は橋下氏サイドから事前に「名称にはこだわらない」との説明を受けたとしており、発言の真意を確認する。
会合では、出席者の一人が「一生懸命成案を得たのに、納得できないと言われるのは心外だ」と不満を示した。「『都』は天皇陛下がおられる首都のことだ。自民党としてぶれるわけにはいかない」と、都への名称変更には応じられないとする声も上がった。
[時事通信社]
橋下市長に不快感=自民・茂木政調会長
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-120702X001.html
2012年7月2日(月)17:14
自民党の茂木敏充政調会長は2日の記者会見で、民主、自民など5党が大筋合意した「大阪都」構想実現への新法案をめぐり、橋下徹大阪市長が大阪府の名称を「大阪都」などに変更できないことを問題視していることについて、「もし名前が重要なら、事前に言うべきだった。橋下氏は(自身の)本の中でも名前は重要ではないと話しており、意見がよく変わる方だなと思っている」と不快感を示した。
[時事通信社]
4630
:
とはずがたり
:2012/09/25(火) 03:30:13
<九州・沖縄>熊本県
2012年9月23日19時55分
「平成の大合併」別れたい 熊本・旧泗水町で過半数署名
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1225012585/2855
4631
:
とはずがたり
:2012/10/24(水) 12:30:17
<九州・沖縄>熊本県・その他
>>4630
再び分離・独立も? 平成大合併後に各地で巻き起こった「離婚」騒動
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1225012585/2887
■合併トラブルその1/「埼玉県さいたま市」(※2001年、浦和市、大宮市、与野市が合併)
2007年12月11日のさいたま市議会で吉田一郎市議が「旧大宮市の分離・独立」に関する質問を行った。同市議は質問の冒頭で「現在のさいたま市政に怒りを感じている」という旧大宮市民からの手紙を紹介。
■合併トラブルその2/「青森県青森市」(※2005年、青森市、浪岡町が合併)
合併反対派が多数を占めていた民意を無視し、強引に合併を進めたとして浪岡町(当時)の住民が猛反発。浪岡町長がリコールされるなど大騒動に発展した。現在も分離・独立を目指した運動が続けられている。
■合併トラブル3/「群馬県安中市」(※2006年、安中市、松井田町が合併)
合併の告示が行われた後の松井田町(当時)町長選挙で合併反対派の候補が当選。住民アンケートでも合併反対派が多数を占め、松井田町は群馬県と総務省に合併撤回を要請。合併後も「碓氷郡松井田町の復活を考える会」が立ちあがり、分離・独立に向けた住民運動が起こった。
市議会と県議会の議決があれば分離・独立は可能
これら旧自治体の住民が分離・独立を求める理由はさまざま。市役所が遠くなった、行政サービスが変わって細かなニーズに対応してもらえなくなった、愛着のある地名がなくなった、市域が広大になりすぎて天気予報がアテにならない、そもそも合併に反対だった、などなど多種多様な不満が渦巻いている模様。
もちろん、合併によって財政基盤の強化や行政運営の効率化が図られ、住民サービスが向上した自治体もある。しかし一方で、強引な合併により不遇をかこってしまった住民も少なからず存在しているようだ。
で、結局のところ一度合併した自治体が「別れる」ことはできるのか? 地方自治法の規定によると、市議会と県議会の議決を経て総務大臣から承認されれば分離・独立は可能。じっさい、戦後に限っても全国70市町村で分離が行われている。
4633
:
とはずがたり
:2012/11/15(木) 10:51:41
<近畿>大阪都
朝日新聞デジタル
2012年11月14日15時38分
大阪市再編、区割り4案を公表 15年春の発足目指す関連トピックス橋下徹
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/2662
大阪市の区割り素案
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/gyosei/OSK201211140054.jpg
大阪都 区割り4案発表 キタ・ミナミ合体も
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/2664
橋下市長が掲げる都構想では、24区を8〜9の特別区に再編するとしていたが、将来的な人口減少を見越したうえで、PTは、2035年の1区あたりの人口が中核市並みの30万人規模となる7区案2種類と、45万人規模の5区案2種類の計4案をまとめた。
(2012年11月14日 読売新聞)
公募区長が纏めた区割り素案
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/gyosei/20121114-563833-1-L.jpg
大阪市24区の区割り案、5区と7区に キタ・ミナミ合体も 区長PTが素案
2012.11.14 14:18 sankei
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/2664
一方、各区の税収の均衡を図る財政調整制度で格差が是正されるか懸念する声もある。
生活保護の受給率が高く、税収が低い西成区については、橋下市長が当初、特区扱いで単独区として残すことも容認していたが、4案とも隣接区と合区させる内容になっている。
このうち西成区を中央区など周辺5区と合体する案では、PTは理由を「商業地域(北・中央・浪速)と住居地域(天王寺・西成・阿倍野)のバランスが取れている(ため)」と説明している。
区割り案は今月中に府議や市議などが参加する「大都市制度推進協議会」に提示された後、年内にも設置される都構想の具体的な制度設計を行う法定協議会に諮られる予定。府市は来年7月をメドに1案に絞り込んだ上で、都構想法に基づき住民投票で賛否を問い、平成27年度の大阪都移行を目指す。
<大阪都構想>特別区再編4案を発表 税収格差、最大4倍
毎日新聞 11月14日(水)14時18分配信
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1224522282/2665
5区のC案は、中央・北の両区に加え、天王寺区や阿倍野区も統合して市全体の発展を引っ張り、周囲の東西南北に住宅地を配する。D案は、港区や住之江区など臨海部の6区を統合し、中央・北区は分離する。
ただ、中央・北区を統合する2案は、税収格差が約4倍になる。B案では、両区を統合した区の税収が市全体の3割を超す約2096億円(11年度推計)に上る一方、市東部の鶴見や城東区を統合した区は約507億円にとどまる。人口格差は住宅地と商業地が分離するA案が最も大きく、市南部の阿倍野などを含む区は、中央や天王寺などの区の2.4倍に達する。
4634
:
とはずがたり
:2012/11/15(木) 10:58:26
<近畿>大阪都
>大阪を代表する繁華街・ミナミを抱える中央区や浪速区、
>繁華街のキタがあり、一人あたり税収が中央区に次ぐ2位の北区、
>地価が24区で最も高く、国立・私立の有名校が集まる文教地区の天王寺区などはラブコールの嵐。
>靱(うつぼ)公園や京セラドームに加え、若者で賑わう堀江地区などのおかげで過去5年間で人口が1万人増えた西区
>大阪市中央体育館があり、海遊館など湾岸周辺施設も多い港区
>年間1000万人が訪れるテーマパークUSJのある此花区
この辺を核に区再編するしかないんちゃうか。
大阪都構想の区再編 税収の少ない区と統合で財政悪化と紛糾
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121112-00000000-pseven-soci
NEWS ポストセブン 11月12日(月)7時5分配信
橋下徹・大阪市長が目指す大阪都構想では、大阪市地域24区が大規模に合併・再編される。橋下市長の狙いは、現在の大阪府と大阪市の二重行政を撤廃し、無駄な行政コストを省くことにある。大阪市の24区は約30万人単位の「特別区」に再編され、住民に密着した行政サービスは「特別区」が、道路や災害対策、大規模公共工事などは「大阪都」が管轄する。
そこで、この11月5日に開かれた区長会議では、特別区に再編する区割り案として、5区案を2パターンと7区案を2パターンの計4案が提案され、正式決定するはずだった。
ところが、会議での議論は紛糾し、決定は先送りになった。何が起きたのか。
「24区は経済力も文化・歴史もまったく違う。4案の決定でも二転三転したほど。さらに紛糾するのは間違いない」(市政担当記者)
税収が少なく歳出の多い区と統合されると、財政が悪化する。再編議論が紛糾したのはそのためだ。立命館大学法学部(行政学)の村上弘教授はこういう。
「現在の24区は行政区で自治体ではないので、区によって住民税や保険料に差はありませんが、24区が特別区に再編されて大阪都が実現した後は、特別区によって住民税や保険料が変わる可能性があります。財政が厳しい区が含まれる特別区では、それまでの税金よりも高くなるかもしれません」
一人あたり税収トップの中央区に住む50代の自営業男性は言葉を濁しながらも、「税収の悪い区と合併して健康保険料が上がるのはかなわんな。別の案にしてもらえんか?」と頭を抱えた。また、高級住宅地に自宅がある50代会社員男性は「一緒になった区に引きずられて、地価が下がったりすると困る」という。
逆にいえば、どこの区も税収が多く、地価も高い人気の区と一緒になりたいということになる。
大阪を代表する繁華街・ミナミを抱える中央区や浪速区、同じく繁華街のキタがあり、一人あたり税収が中央区に次ぐ2位の北区、さらに地価が24区で最も高く、国立・私立の有名校が集まる文教地区の天王寺区などはラブコールの嵐。
また、靱(うつぼ)公園や京セラドームに加え、若者で賑わう堀江地区などのおかげで過去5年間で人口が1万人増えた西区や、大阪市中央体育館があり、海遊館など湾岸周辺施設も多い港区、年間1000万人が訪れるテーマパークUSJのある此花区も、合併すれば税収が増えるとして人気だという。
橋下市長が国政に目を向ける間に、銭カネにシビアなお膝元の住民の間には、一触即発の空気が漂いはじめた。
※週刊ポスト2012年11月23日号
4635
:
とはずがたり
:2013/01/07(月) 20:32:53
<東北・北海道>福島県
長野県の県庁は松本,福島県の県庁は郡山が持論の俺です♪特に福島県の福島市は北に寄り過ぎていて不適切,会津・平・福島・白河の結節点の郡山が県庁には相応しく思う。
福島県民の感覚としてはどうなんでしょうかねぇ。
2468 名前:チバQ[] 投稿日:2013/01/06(日) 19:56:53
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130105-OYT1T00273.htm?from=ylist
福島県庁を誘致せよ…郡山市が担当部署設置へ
福島県郡山市の原正夫市長は4日、県庁の同市への移転誘致を目指して、新年度、市役所に「県庁移転推進係」を設置する方針を明らかにした。
県庁の移転誘致を担当する部署の設置は初めてで、誘致を推進する周辺市町村との連携や情報収集などを行うという。
この日記者会見した原市長は「市議会で請願が採択され、他の自治体議会でも意見書が提出されるなど、移転誘致の機運が高まっている」と述べ、「震災以来、県や郡山の状況は大きく変わった。20年、30年先を考えたとき、何を今できるか考えながらしっかり取り組みたい」と意気込みを語った。同市では昨年5月、市民団体主催で県庁などの移転を目指すイベントが行われ、原市長も出席していた。
原市長はこのほか、子供の運動不足を防ぐため屋内プールや屋内運動場を新設する方針も明らかにした。
(2013年1月5日11時53分 読売新聞)
4637
:
アーバン
:2013/04/29(月) 13:46:31
http://sankei.jp.msn.com/region/news/130428/tky13042819450003-n1.htm
悲劇のヒロイン、照姫まつり開催 石神井公園周辺
2013.4.28 19:45
石神井公園で毎春恒例の「照姫まつり」が開かれた=28日、東京都練馬区
東京都練馬区の都立石神井公園や周辺で28日、毎春恒例の照姫まつりが開催。晴天にも恵まれ、約12万5千人の人出でにぎわった。
照姫は、公園内に城跡の残る石神井城を居城としていた室町時代の武将、豊島泰経の娘。宿敵の太田道灌に攻め滅ぼされ、公園内にある三宝寺池に身を投げたと語り継がれている。
まつりの当日は、地元在住で高校3年生の来代(きただい)ひよりさんが務める照姫をはじめ、泰経公、奥方や、よろい姿の武士ら100人による時代行列が公園周辺を練り歩いた。
今年も参加してきました。すごい人出でした。もう26回目。小学校3年生の時に第1回に行ったのを思い出す。
4638
:
アーバン
:2013/05/01(水) 00:48:15
http://nerima.keizai.biz/headline/344/
石神井公園で「照姫まつり」−劇の見どころにアクション加わる
2013年04月30日
照姫(来代ひよりさん)
都立石神井公園とその周辺で4月28日、「照姫まつり」が開催された。園内を「けやきひろば」「野外ステージひろば」「芝生ひろば」「くつろぎひろば」の4つに区分した会場に80以上の団体が出展した。
出陣式で鬨(とき)の声を上げる参加者
快晴に恵まれた当日、園内のほか公園周辺は午前中から多くの人でにぎわった。今回、主役三役と呼ばれる照姫、豊島泰経(としまやすつね)、奥方役は来代ひよりさん(照姫)、清澤洋一さん(豊島泰経)、吉田恒子さん(奥方)が演じた。
最大の見どころは、美しい室町時代の装束を身に着けた華やかな時代行列。出演者は子どもから大人まで総勢100人が参加。先頭からの長さは約120メートルに及んだ。
午前の行列が同園に到着すると、続いて野外ステージで出演者による舞や歌、「照姫伝説」に基づいた劇を披露。今回は新たに男性陣によるアクションも加わった。演技指導を行ったのは都内で活動をする「演技者集団I&T」の岩井潤一さん。「実行委員が知り合いだったことから依頼を受けた」と岩井さん。この日、劇を見ていた人からは「今年の劇は迫力があった」などの感想を聞くことができた。
劇終了後の出陣式では、清澤さん演じる豊島泰経が鬨(とき)の声を上げ、午後の行列に出発した。
「照姫伝説」とは、照姫は室町時代中期に石神井城を居城とした武将、豊島泰経(としまやすつね)の次女とされており、泰経が太田道灌(おおたどうかん)に敗れ公園内の三宝寺池に身を投げると、照姫もその後を追ったと言い伝えられている。
4641
:
とはずがたり
:2013/05/22(水) 17:40:26
<近畿>大阪府
大阪都構想の住民投票、堺市長が断念表明
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/politics/20130522-567-OYT1T00823.html
2013年5月22日(水)15:33
堺市の竹山修身市長は22日の定例記者会見で、大阪都構想の是非を巡って、9月29日投開票の市長選と同日実施する意向を示していた住民投票を断念することを表明した。
竹山市長は会見で、公職選挙法の適用を受ける市長選の選挙活動と、同法の適用外の住民投票運動の区別が難しいことから、「選挙は公正に行われなければならない。住民投票運動が公選法上の選挙運動に及ぶ事態を避けたいと考えた」と断念の理由を説明した。
さらに、大阪維新の会堺市議団などが20日、市内7区の再編を盛り込んだ政策を公表したことにも触れ、「市長選の大きな争点が明らかになった。都構想に参加して堺市の廃止、分割を主張する(維新の)候補者としっかりした対立軸で議論したい」と語った。
市長選には、竹山市長が「都構想への堺市の参加反対」を掲げて出馬を表明。大阪維新の会(代表・橋下徹大阪市長)が都構想推進の候補を擁立する方針で、事実上の一騎打ちとなる可能性が高い。
4643
:
とはずがたり
:2013/07/03(水) 17:39:25
秋田市
http://common.pref.akita.lg.jp/koholib/search/html/038/038_002.html
待望の新産業都市に内定
◆東北西部開発の拠点めざす
百三十万県民の願いをこめた「秋田湾臨海工業地帯」の新産業都市追加指定が内定した。
昭利三十六年、秋田県では、本県の経済的後進性と所得水準における地域格差の解消をはかるため、高度生長産業を導入して県内産業全般の体質改善をしてゆく必要上、まず工業化の促進にあたって中核となる拠点の建設を急務とし、"秋田湾臨海工業地帯"をこの拠点として積極的に育成し、東北西部における一大工業地帯、大規模開発拠点に発展させる――という秋田県総合開発計画を策定し、この基本構想にそって具体的な建設作業を進めてきた。
そして三十七年五月に「新産業都市建設促進法」が国会で成立するにおよび、新産都市建設が本格的にクローズアップされてきたのである。
この新産都市の指定をめざし県内各界の一致結束した熱意と努力が指定獲得に向って強力な働きかけとなって始まったのだが、各地の指定獲得争いは激しく、関係者の努力にもかかわらず三十八年七月、東北では仙台湾、八戸地区など全国で十三地区が新産都市に指定されたものの、秋田地区は指定からもれたのである。この指定もれは"条件が整わず、工業熟度が低い"ということであったが、これが整備されれば追加指定ということであった――。
しかし、県は追加指定獲得のため、県総合開発計画にそった産業基盤の整備と企業の誘致をはかりながらも、新産都市建設の柱となる県北地方の鉱床開発の促進や八郎潟干拓事業の進展などを見守りつつ"新産指定"の受入れ態勢を固めてきたのであった。
ちょうど一年程前、池田前首相が閣議で「出かせぎ対策とからめて秋田の新産都市追加を検討するように」と発言あったのも、地元側のたゆまない熱意の現われだったといえよう。
県は、この間にあって知事を中心として関係各界とともに熱心な陳情を続けてきたが、これが功を奏してついに追加指定されることが内定したのである。
新産都市をつくるということは都市化を進めることである。東北西部の拠点として広域的な大都市をつくること、そしてその要素として工業化をはかり都市の近代的整備を進めるというのが新産業都市の目標であるが、同時にその周辺、背後の農林水産業地帯の振興を、そして全体が調和のとれた都市をつくっていこうとするものである。
内定が決まり、秋までには正式指定の運びとなるが、一昨年、県の策定した基本計画では、秋田湾臨海工業地帯の工業化は、北鹿に豊富に埋蔵されている銅鉱、硫化鉱それに石油、天然ガスを活用した化鉱コンビナート、さらに木材資源を生かした木材コンビナートを二本の支柱としている。
4644
:
とはずがたり
:2013/07/03(水) 17:40:31
函館市史
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/soumu/hensan/hakodateshishi/tsuusetsu_04/shishi_06-02/shishi_06-02-02-01-01.htm
昭和30年・40年代のビジョン P337−P339
昭和37(1962)年5月に函館市・上磯町・大野町・七飯町・亀田町・銭亀沢村による「函館地方総合開発計画」が作成された。この計画は、「北洋漁業の衰微は、本地方経済界をして大改革を余儀なくせしめた」ことから、「工業生産都市へと体質の改善」を意図しており、国の政策の新産業都市構想を意識したものであった。新産業都市構想は、戦後の日本経済の地域的不均衡発展を是正し、全国各地に開発拠点地域を設定して、産業の均衡発展をはかる政策であった。つまり、「函館地方総合開発計画」は、新産業都市構想の地域指定をめざして作成された構想であり、その達成により函館地方の発展はもとより、道南地方の開発が大いに促進されることを期待するものであった。
この計画の具体的な事業としては、函館市港町より上磯町七重浜に至る海浜部埋立造成地を基盤にした工業地帯を構想していた。しかしながら、函館市は新産業都市の指定を受けることができなかった。このような現状に対して、昭和39年第4回定例函館市議会で田村茂三郎議員は、函館市が人口面で旭川市に追いぬかれ、本道第3位の都市に転落したことに関連して、函館市政衰退の責任を市長に追及した。これに対し吉谷一次市長は、新産業都市の指定にもれたが、工業都市化の方策をとっており、地場産業を市発展の根幹と考え、育成に力を入れていることを表明した(『昭和三十九年第四回函館市議会定例会会議録』、昭和39年9月30日付け「道新」)。
4645
:
とはずがたり
:2013/07/03(水) 17:42:44
連鎖の崩壊
新瀬戸内海論
千載一遇 番の州(中) 工業立県へ期待担う
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/rensa/2/3/
「対岸の水島コンビナートの活況を見せつけられて金子さんは歯ぎしりしてましたね。このままでは香川は取り残される。なんとかせい、とよくカミナリを落とされました」
昭和30年代後半、金子正則知事の下で開発行政を担当した元県幹部は当時を思い起こして苦笑する。
「なんとかしたくても、塩田で手足を縛られて動けない。しかられるこちらももどかしかった」
塩田の制約
埋め立て後発県といわれる香川。それは高度成長期に全国生産量の3割に上る広大な塩田を抱えていたことと密接なかかわりがある。
製塩業の合理化を促す第3次塩業整備(34年)は予想外に廃止圧力が小さく、香川には29カ所、約970ヘクタールもの塩田が残った。当時、全国の四割を占めたこれらの塩田が47年の第4次整備で姿を消すまで、香川の沿岸域を“占有”することになる。
「結果的に海面埋め立てと工場立地が遅れ、公害の多発を免れた。他府県に比べ傷口を広げずに済んだ」。西川栄一神戸商船大教授は「環境保全の面からいえば香川には幸いしたはず」と指摘するが、それは今だから言えること。
「狭い県土を可能な限り広げて企業誘致を図る」(元県幹部)が県是だった当時、塩田は埋め立てを阻む厄介な存在でしかなかった。
産業運河
昭和30年代、瀬戸内海の産業地図は大きく、急速に塗り替えられる。その先駆けとなったのが石油精製、石油化学工場の立地だ。「コンビナートこそが規模の経済と効率性を極限まで追求した最も合理的な生産方式と考えられた」と戸田常一広島大経済学部教授。
市場への近接、広大な用地、大型タンカーの接岸…。コンビナートの立地条件を満たす場所は東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の3海域だけ。しかも「瀬戸内海は埋め立てに適した浅瀬が多く、自然災害も少ない。『産業運河』化を進めるには絶好の場所」(戸田教授)だった。
瀬戸内沿岸には既に20年代後半からコンビナートが出現していたが、「多極分散」を目指す国の政策誘導が工業適地の争奪に拍車をかけた。
しかし、香川は望みをかけた新産業都市指定を外され、その落ち穂拾いといわれた工業整備特別地域からも漏れる。指定に漏れた自治体は瀬戸内沿岸で香川ただ1県。愛媛、徳島にも先を越され、「四国の玄関にふさわしい経済基盤を持たなければ」(県企画部)と焦りは募った。
地域振興と工業化がイコールで語られた時代。「バスに乗り遅れるな」を合言葉に、最後の切り札として登場したのが番の州の造成計画だった。
順調な一歩
番の州を「切り札」にしたのは、皮肉にも金子が強く意識していた対岸の隆盛だ。水島工業地帯の発展で大型タンカーの往来が激しくなった南北備讃航路のしゅんせつが必要になり、約5000万立方メートルの土砂の捨て場として番の州にスポットが当たった。
まさに「渡りに船」。巻き返しを図る千載一遇の好機と、県は単独事業で番の州開発に乗り出す。金子は後に「しゅんせつ土砂がなければ工費が高くつき、県の財政事情が許さなかっただろう。助かった」と述懐している。
<巨大な浅瀬である番の州を埋め立て利用することは、市民の長い間の夢であった>−「坂出市政概要」はこう記述しているが、それは県民の夢でもあった。生物生産に重要な浅海域を狙い撃ちすることに疑問をさしはさむ余地はなかった。
総事業費140億円。日本一安上がりの埋め立てといわれた番の州は、地耐力にも優れ、企業の食指をそそる。進出一番手の川崎重工が操業を始めたのは42年10月。石油化学、電力など4社が後を追うように立地した。
農業県から工業県へ。塩の浜からコンビナートの街へ。香川の期待を担った「番の州」は順調な一歩を踏み出した。
4646
:
とはずがたり
:2013/07/03(水) 17:44:48
酒田市
充実期
昭和21年〜昭和50年
http://www.sakata-cci.or.jp/100th/100th4.html
北港開発と住軽アルミの誘致で新日本海時代の起爆剤に
過疎ということが、政府の公式文書(「経済審議会地域部会中間報告」)で問題になったのは、前田巖が第12代酒田商工会議所会議所会頭となった昭和41年(1966)である。同年、日本経済は戦後最悪といわれた「40年不況」から一転して、戦後最長の景気となった「いざなぎ景気」に突入した。公式文書は、日本の地域問題として、過疎問題のほか、地域格差問題、過密問題の三つを指摘していた。
もっとも、政府がこれらの問題を放置してきたわけではない。「全国総合開発計画」(昭和37年)は、昭和30年代の高度経済成長の中で、太平洋ベルト地帯の過密化が進み、また一方で、地方の過疎問題が深化することへの対応策を用意した。具体的な手法として、「新産業都市」及び「工業整備地域」の建設構想である。自治体は、新産業都市建設の指定を受けようと、史上空前といわれる誘致合戦を展開した。酒田市も「庄内地域新産業都市建設構想」を打ち出し、新産業都市に名乗りを上げたが、指定にもれた。
しかし幸いにも、41年の国の港湾整備計画の中に、「北港開発(酒田臨海地域開発)計画」が盛り込まれた。その骨子は、酒田本港北方の宮海付近に港湾規模5万トンの北港を造る。背域工業用地1,100へクタールに住友軽金属の子会社・住軽アルミの工場を誘致する、というものである。
46年10月、山形県と住友軽金属工業との間で立地協定が締結されるに至った。48年には設立が決定。49年11月には工場建設が着手された。そのような中で酒田北港に第1船が入港、開港記念式典がおこなわれた。こうして北港開発により、県内唯一の臨海工業地帯として、また新日本海時代の拠点産業都市として大きく飛躍することが期待された。
4647
:
とはずがたり
:2013/07/03(水) 20:38:40
指定漏れ地域
>高松坂出丸亀,千葉木更津,長崎佐世保
>千葉木更津,広島,大和,岐阜大垣
>前橋高崎,金沢小松,北伊勢,宇都宮
新産・工特地区における行政投資とその効果について
http://ir.lib.muroran-it.ac.jp/dspace/bitstream/10258/1566/1/cpijac12_115_1977.pdf
新産グループと指定もれグループが重なる部分に八戸,仙台湾,新潟,徳島,中海の 新産5地区と,高松坂出丸亀,千葉木更津,長崎佐世保の指定もれ 3地区が位置し,初期条件でみるとこれらの. 地区の指定が微妙であったと考えられる。
次に 「新産業都市の区域の指定基準」から検討した。指定基準では将来人口について 20万人程度増加する可能性があるととを要件としている。図ー2で15年間に20万人以上増加したのは新産・工特 21地区では道央,仙台湾.岡山県南,東駿河湾,播磨の 5地区にすぎなく,指定もれ 20地区では千葉木更津,広島,大和,岐阜大垣の 4地区である。 10万人以上20万人未満の地区も前者では大分,束三河,備後の 3地区,後者では前橋高崎,金沢小松,北伊勢,宇都宮の 4地区にすぎない。
4648
:
とはずがたり
:2013/07/28(日) 10:22:50
<九州・沖縄>
「まずは焼酎!!」「人生はトライアスロン」…九州で風変わり条例続々
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20130728504.html
産経新聞2013年7月28日(日)08:10
「焼酎の乾杯推進条例」「人生トライアスロン条例」−。地方自治体が独自に定める条例には、その地域の特性が色濃く出る。九州7県にも風変わりな条例が数多く存在し、自治体のご当地事情が透けて見える。条例になじむか疑問符がつくケースもあるが、産業振興や街おこしのアピールに風変わり条例が果たす役割は大きい。(津田大資)
■「まずは焼酎で乾杯!」
鹿児島県いちき串木野市の市議会で6月、日本初となる「本格焼酎による乾杯を推進する条例」が可決、成立した。同市は焼酎生産が盛んな鹿児島県の中でも、霧島市に次ぐ蔵元8カ所がある。人口3万人の市にとって、焼酎は主要な地場産業だといえる。
焼酎乾杯条例の背景には、焼酎ブームが下火になったことがある。
鹿児島県酒造組合によると、同県の焼酎出荷量は18年の15万6千キロリットルをピークに、24年は13万6千キロリットルと1割以上も減った。地場産業のピンチに、まずは足もとから消費を増やそうと、地元商工会議所が制定を田畑誠一市長に要請した。
いちき串木野市でも、飲み会は「とりあえずビール…」で始まることが多い。もちろん、焼酎で乾杯しなくても罰則はない。同市食のまち推進課の担当者は「ビールを敵視するつもりはありません。焼酎への愛着を根付かせるのが目的です」と語った。
市は条例制定を契機に、乾杯用にアルコール度数の低い焼酎開発を蔵元に依頼。観光客が蔵を巡る「焼酎ツーリズム」の企画にも取り組むという。
名称や条文そのものが突飛な条例もある。
城下町の風情が残り、九州の「小京都」と呼ばれる熊本県人吉市に平成20年、こんな条例が誕生した。
その名も「子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例」。市企画財政課の担当者によると、おそらく日本一長い条例名だという。
しかも前文は「線路の遙か向こうに憧れを追いかけていたあの頃、小さな幸せが子どもたちのポケットからこぼれ落ちそうで…」と、法例には似つかわしくない文学的な文章がつづられる。
これだけでは何を定めた条例かさっぱり分からないが、自治体に寄付をすると同額の税控除が受けられる「ふるさと納税」に合わせ、寄付金を財源にまちづくりを進める条例だという。
■なぜ、こんな長い条例名にしたのか。
「たくさんの言葉を入れれば、インターネット検索でヒットしやすくなり、寄付が増えると思いました」と担当者。ところが、あまりに文学性を追求したため、寄付に関する言葉がなく、市の思惑とは逆にネット検索ではヒットしない。制定以降5年間で集まった寄付金は853万円と少額で、まだ活用方法は決まっていない。
変わった名称では、福岡県大牟田市が平成4年に制定した「人生トライアスロン金メダル基金条例」もある。
スポーツとは関係なく、百歳を迎えた高齢者に金メダルと賞状を授与する条例だ。長い人生を、水泳、自転車、マラソンの3種目で競う過酷な鉄人レース(トライアスロン)にたとえ、激動の時代を乗り越えた高齢者は、まさに鉄人といえることから、この名称を付けた。
制定直後は5、6人だった金メダリストは高齢化が進んだこともあり、昨年度は49人に増えた。
名物の振興や名称に工夫を凝らしたほほえましい条例の一方、治安悪化という深刻なご当地事情を背景にした条例も存在する。
福岡県は6月、県迷惑防止条例7条「粗暴行為の禁止」に「模造爆発物等を置く行為の禁止」の条項を追加した。模造爆発物、つまり偽手榴(しゅりゅう)弾などを意図的に公共の場に置く行為を禁じる条例で、全国でも類を見ない。
福岡県では、23年3月に九州電力や西部ガスの経営者宅に手榴弾が置かれるなど企業テロが相次いだ。手榴弾に関する事件が平成21年以降11件も発生し、手榴弾9個が押収されている。
この非常事態を背景に、今年4月15日、北九州市のJR小倉駅近くで模造手榴弾騒動が発生した。手榴弾とみられるものを市民が発見し、現場はパニックに。半径50メートルが3時間にわたって封鎖され、県警の爆発物処理班も出動した。
爆発物は真贋の判別が困難で、北九州の騒動では長時間都市機能が停止した。さらに「愉快犯が出れば、治安悪化のイメージが全国に広がり、企業誘致にも影響しかねない」(県警生活保安課担当者)と、騒動から2カ月でのスピード改正となった。
ご当地事情を反映したとはいえ、全国に誇れないこの条例ばかりは、早くなくなってもらいたい。
4649
:
自民党・森喜朗・CIAは、昔から結託している!!
:2013/07/28(日) 20:10:15
自民党・森喜朗・CIAは、昔から結託している!!
東京地検特捜部は、日本国内操縦売国エージェント!!
国民は騙されるな!!
工作員による、撹乱文・撹乱サイトに注意!!
4650
:
とはずがたり
:2013/07/29(月) 19:10:26
<中国・四国>山口県
現場は「限界集落」14人
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130723/crm13072310240004-n1.htm
2013.7.23 10:23
集落で暮らす14人のうち5人が遺体で見つかった。もともとは「家族のよう」といわれる山里だった。
数十年前は商店が並び、小学校もあったという周南市金峰の郷地区は、市中心部から車で約45分、くねくねした狭い山道を進んだところにある。人口は流出し「限界集落」に。市によると、6月時点で8世帯の25〜90歳の男女14人が約600メートルの道路沿いで生活し、65歳以上が10人を占める。
廃校となった小学校の跡地に交流館が建てられたのは平成18年ごろ。当初は花見や祭りなどの活動拠点となった。近くに住む男性は「この辺は家族のようなもの。みんな顔を知っていて、グラウンドゴルフをしたり、花を植えたりしていた」と振り返る。
しかし、最近は交流館の手入れはされなくなった。市関係者は「全く活動している様子がなくなった。関係が希薄になっていたのかもしれない」と話す。
山口県周南市・連続殺人事件まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2137482275117465201
4651
:
とはずがたり
:2013/08/23(金) 14:54:59
<東北・北海道>岩手県
最も人口が多い村、町を飛び越し一気に「市」へ
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20130822-567-OYT1T00933.html
読売新聞2013年8月23日(金)07:17
全国の町村で最も人口が多い岩手県滝沢村が来年1月1日、滝沢市となることが総務省の23日付官報の告示で正式決定する。
総務省市町村課によると、村から町制を飛び越しての市制施行は、2002年4月の沖縄県 豊見城 とみぐすく市以来。
滝沢村の人口は7月末現在で5万4953人。隣接する盛岡市のベッドタウンとして人口増加が続いている。全国町村会の集計によると、滝沢村に次いで人口が多い町村は、広島県府中町(8月1日現在、5万1632人)で、村では沖縄県 読谷 よみたん村(7月末現在、4万540人)になる。
4652
:
アーバン
:2013/08/23(金) 15:35:39
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20130822/1117233
栃木市、合併で県内第3の都市に
(8月23日 朝刊)
【PR】
総務省は23日付の官報で、栃木市と岩舟町が合併し来年4月5日に誕生する栃木市を告示する。新市の人口は約16万4千人で足利市を抜いて宇都宮市、小山市に次いで県内3番目となる。合併により県内は25市町(14市11町)となる。
4653
:
とはずがたり
:2013/08/23(金) 15:40:35
<北関東>栃木県
>>4652
ここ,まだやってたんですねぇ・・。
合併の経緯↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E8%88%9F%E7%94%BA
#.E5.B9.B3.E6.88.90.E3.81.AE.E5.A4.A7.E5.90.88.E4.BD.B5.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.8B.95.E5.90.91
4654
:
とはずがたり
:2013/09/03(火) 17:06:26
<近畿>大阪都
>>2316
の東大阪,
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1178710048/181
の大東,
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1178710048/180
の八尾で大阪府からの権限の収奪と半独立を果たせる政令指定都市構想は有効である筈である(と個人的には信じて居る)。
北摂市(吹田+豊中+池田+箕面+摂津辺り)・東大阪市(東大阪+八尾+大東+四条畷+柏原辺り)・堺市(堺+高石とか大阪狭山とか和泉など入らんかねぇ?)を除いた大阪府と大阪市は合併してもかまわんと云う事で維新とも手打ちが出来ないかね?
大阪都構想は本質的には大阪市の失敗を府下他市と共有し(=押しつけ)ようとする本質的な欠点が解消できていない・・。
次の堺市長選ではその辺が露呈するであろう。これで堺市長選で維新が勝てちゃったりすると俺も負けを認めて大阪府市民の本気を信じざるを得ないけど。
4655
:
とはずがたり
:2013/09/13(金) 16:26:50
<東海>愛知県設楽郡
崩れる集落、過疎の奥三河を歩く
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1279062373/2637
●「花祭り」さえ存続の危機
20年前に5千人余りいた町の人口は4千人を切った。高齢化率は5割に迫る。小学校は統合を重ね、3年前に1校になった。
今も花祭りを伝える東栄町の中在家(なかざいけ)地区。住民は8世帯しかなく、半数はお年寄りの一人暮らしだ。
夕方から翌朝まで舞が続くのが、本来の祭り。2006年からは朝始めて夜までに終える。
存続の危機は昔もあった。舞を担う世代が減り、1965年以降、夕方までに終えるなど簡略化した。近隣地区の子どもや若者を加え、87年から一度は夜通し開催を復活していた。
「今度は違う。お年寄りさえ少ない」。人の流出は止まらず、残った人も年を重ねた。
できれば本来の形で祭りを伝えたい。「でも、緩くなりましたよ」。祭りを仕切る「花大夫(たゆう)」は絶対で、世襲だった。そんな風習はもうない。
●「定住政策示して」
05年に豊根村に合併された旧富山(とみやま)村は、離島を除けば日本で最も人口が少ない「ミニ村」として注目されていた。
合併で役場は支所になり、各種の組合は解散。勤め先の減少で過疎は加速した。216人いた人口は今、127人。
正月にある御(み)神楽(かぐら)祭り。民俗芸能学会評議員でもある旧富山村在住の山崎一司さん(73)は「祭りをどうするか、真剣に考えないと」と話す。正月でも、帰省する若者が減ったと感じるという。
東栄町の東薗目(ひがし・その・め)地区は94年、「よそもの」の花祭り参加を認めた。愛知県小牧市から地区の廃校跡に移り住んだ和太鼓の演奏集団「志多(しだ)ら」だ。
世帯数はその後、30軒余りに半減。それでも、志多らにはここで結婚した人もおり、子どもも舞い手に育った。「祭りは郷里に戻ろうと思う大きな理由になるはず」と言う西谷まゆみ代表(46)の一家もそうだ。
(山田史比古、関謙次)
《花祭り》愛知県東栄町や豊根村など奥三河地方に伝わり、歴史は700年ともいう。国の重要無形民俗文化財で、現在は11月から翌年3月に15の集落で開く。子ども、若者、鬼などの舞が夜通し続く。途絶えた集落もあり、この数年でも豊根村の2地区が休止。旧富山村の御神楽祭りも起源は同じとみられている。
4657
:
とはずがたり
:2013/10/29(火) 08:07:24
そこで登場したのが「住居表示法」だ。住所を地番から切り離し、小さい町は広域の町に統合。1丁目1番、2丁目2番などと振り分けていった。その過程で、多くの町名が消えていったのだ。
例えば文京区の本郷では、小説に登場する町名が次々となくなった。菊坂町、森川町は夏目漱石や池波正太郎の小説に登場するが、小説を読んで地図で探しても、場所を確認することはできない。本郷4丁目、6丁目などに変わったからだ。
乱暴とも思える住居表示法がなぜ成立したのか。今尾さんは「当時の日本社会には戦前や江戸時代を封建的だとして否定するムードが強かった」と指摘する。五輪はそこから抜け出す絶好の機会ととらえられた。
■新宿駅は新宿ではなかった もともとは角筈
住居表示法に伴い町が広域化したことで、本来の場所が分からなくなったケースもある。
例えば新宿。もともと新宿とは江戸の外れにあった宿場町のことで、内藤新宿と呼ばれていた。新宿御苑の大木戸門から新宿3丁目にかけてのエリアだ。
一方、現在新宿駅がある場所は「角筈(つのはず)」という町名だった。
1885年(明治18年)、この角筈に新宿駅が置かれ、日本一のターミナルへと成長していく。新宿といえば駅周辺というイメージが次第に浸透し、ダメを押したのが住居表示法だった。
1970年(昭和45年)、「角筈」は再編され、駅周辺の町名も「新宿」となった。新宿駅は名実ともに「新宿」となったのだ。ちなみにこのとき「淀橋」もなくなった。ヨドバシカメラの社名の由来でもある地名だ。
新宿駅周辺を歩くと、わずかにバス停や通路名などに「角筈」の名前が残っていた。新宿駅の東西を結ぶ通路が「角筈ガード」。新宿中央公園のそばには「角筈区民センター」があった。
■大塚の北に南大塚? 各地で珍現象
住居表示法は各地で奇妙な現象を生んだ。例えば豊島区南大塚は、文京区大塚の北にある。「大塚」は本来、文京区の歴史的な地名。豊島区の北大塚・南大塚は西巣鴨に属していた。
しかし1903年(明治36年)、現在の場所に駅ができた。町名では西巣鴨だったが、駅名は大塚駅となった。
なぜか。大塚駅は当初、現在の文京区大塚にできる予定だった。しかし反対運動などの影響でルートを変更。場所を変えたものの、隣に巣鴨駅があることから駅名はそのまま大塚駅となったという。
1969年(昭和44年)に住居表示法に基づき町を再編する際、豊島区では駅の北側を北大塚、南側を南大塚とした。一方、文京区では大塚がそのまま残った。こうして町名がねじれた状態となってしまったのだ。
ちなみに大塚駅前には巣鴨警察署があり、ここがかつて巣鴨に含まれていたことを今に伝えている。文京区大塚には地下鉄丸ノ内線の新大塚駅があるが、大塚としての歴史はこちらの方が古い。古いのに新大塚、とは奇妙な響きだ。
■有楽町はあわや有楽1丁目に
文京区の西片も町名再編のあおりを受けた町だ。
もとの町名は西片町で、西にある「片町」という意味だった。今尾さんによると片町とは通りの片側だけに家があるような町のことで、全国各地にある地名だ。
しかし住居表示法の実施基準では「町」を省くことが定められている。このため西片町は機械的に西片1丁目と西片2丁目に分けられてしまった。「町の由来が全く分からなくなった」と今尾さんは憤る。
ちなみに、有楽町も同じ目に遭いかけた。有楽○丁目にせよ、といわれたのだ。しかし有楽町は既にブランド地名となっており、反対運動が勃発。特例として町を残すことが認められた。
1985年(昭和60年)、住居表示法はようやく改正され、由緒ある町名を残すことがうたわれた。
4658
:
とはずがたり
:2013/10/29(火) 08:08:10
>>4656-4658
■町名への「神田」復活巡り町が二分
強引な町名変更が残した傷は深い。
神田では住居表示法に伴い町名から「神田」が消えることになった。しかし多くの町はこの方針に反発。神田神保町などでは今も古い地番を町名として使っている。
こうした動きを受けて、猿楽町や三崎町など住居表示を実施した地域でも町名に「神田」を復活させようとの声が高まった。署名活動の広がりを受け、千代田区は2007年、神田名の復活方針を打ち出した。
すると今度は企業などが町名変更への反対を求める署名を提出。千代田区の担当者によると、理由は町名変更に伴うコスト増と、神田が町名に付くことによるマイナスイメージだという。猿楽町や三崎町はお茶の水に近い。下町イメージが不動産業者に敬遠されたとか。一度変えた町名を戻すのはなかなか難しいようだ。
■東京は「水の都」だった 五輪で道路に変貌
五輪は街のあり方も変えた。川の街から道路の街へ、強引に改造したのだ。
五輪前、東京都心部には数多くの川が流れていた。京橋川、桜川、築地川、紅葉川、三十間堀川……。これらはすべて、首都高や幹線道路の用地となった。日本橋川のように川の上を高架道路が覆ったケースもあった。
東京の川の大半は運河で、江戸時代に水運のために開削された人工的なもの。「水運が廃れ、鉄道や車など陸運へと変わっていく中で、必然的に消えていった」(中央区立京橋図書館地域資料室)側面は確かにある。
しかし渋谷川や宇田川のようにもともとあった川も五輪を機に暗渠(あんきょ)となった。童謡「春の小川」のモデルともいわれる川だ。関東大震災、終戦後に続く3回目の大規模な都市改造によって、「水の都・東京」は完全に姿を消した。
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/city_planning/DSXBZO5985729018092013000001-PN1-38.jpg
■道路拡幅で都電も消えた
ttp://tohazugatali.web.fc2.com/city_planning/DSXBZO5981865017092013000001-PN1-38.jpg
道路整備で消えたのは川だけではない。都電も一部が撤去された。
皇居堀端にある三宅坂から渋谷まで走る青山通り。現在、国道246号の一部となっている道路にはかつて、路面電車が走っていた。都電青山線だ。青山一丁目、同三丁目、四丁目、五丁目などの停留所があった。
五輪開催を前に、青山通りはメーン会場である神宮と駒沢をつなぐ大動脈と期待された。道路は拡幅されることとなり、「工事を急ぐため電車は撤去すべきだ」との声が高まったという。1963年(昭和38年)9月、青山線は正式に廃止となった。
都電はその後、同年中に杉並線、1966年に志村線が廃止された。いずれも地下鉄開通の影響だった。特に1967年から1972年にかけて集中的に撤去され、現在は荒川線だけが残っている。
地名、川、都電。前回の東京五輪は多くのインフラを生み出し、繁栄の礎を築いた一方で、歴史の痕跡を消し去った。2020年の東京五輪は何を変え、何を残すのだろうか。(河尻定)
4659
:
とはずがたり
:2013/11/03(日) 19:12:20
名古屋出身の後輩は子供の頃バイオリンを習わされたそうで,どんだけ金持ちやねんと軽く引きました。勿論名門公立旭丘出身であります。
尤も本人は少林寺に目覚めて不良高校生ぼこぼこにしながら暮らしてたみたいだけどw
手堅い愛知県民 なぜ「手に職」にこだわるのか?
2013.11.3 12:02
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/131103/ecd1311031202001-n1.htm
苦手なあの人との距離を縮めたいと考えるなら、ぜひ、この法則を試してほしい。「出身地のDNA」を読み解けば、コミュニケーション上手になること間違いなし。これで、仕事も出世も恋愛も思いのままだ!
食いっぱぐれのない手堅い人生設計
浅田真央選手をはじめ、フィギュアスケートの名選手を多く輩出してきた愛知。名コーチの存在も理由のひとつだが、もっと重要なのが「親の姿勢」。東京人の親なら、子どもをコーチに預けておしまいだが、愛知県民は時間と労力、費用をかけて親子2人3脚で練習を重ね、子どもの才能を開花させる。
手に職をつけて、食いっぱぐれないような手堅い人生設計を持つのが愛知県民の特徴。そのため、子どもには早い時期から習い事に通わせる傾向がある。
しかし、習い事に通うにはお金がかかる。ケチな名古屋市民を有する愛知では公立校に対する信用度がとても高く、高い授業料を払って私立校へ行かせる必要はないと考える親が多い。授業料が安い分、習い事にお金を回せるというわけだ。(ライター 江藤誌惠=文)(PRESIDENT Online)
4660
:
とはずがたり
:2013/11/03(日) 19:16:45
この板でも富山県出身者には活躍してきただきました♪
なぜ、富山は官僚・社長輩出率がともに高いのか?
http://president.jp/articles/-/10741
出身地のDNA鑑定[出世と職場]
PRESIDENT 2012年3月5日号
苦手なあの人との距離を縮めたいと考えるなら、ぜひ、この法則を試してほしい。「出身地のDNA」を読み解けば、コミュニケーション上手になること間違いなし。これで、仕事も出世も恋愛も思いのままだ!
仕事が趣味の真面目すぎる性格
以前、携帯サイトで「結婚相手に求めるモノは?」という質問で、最も多かった答えは「経済力」65%、「見た目」26%、「勤務先」6%。「学歴」はわずか3%だったが、「学歴」と答えた人が全国一多かったのは富山・呉東出身者の23.5%で、2位の愛媛・中予を大きく上回った(2006年調べ)。学歴志向が強く計画的で、上昇志向が強い富山の県民性が輩出数の多さに大いに関係している。
“富山の薬売り”でも証明される積極的な行動力と、水害が多い土地ゆえの粘り強さを持ち合わせたコツコツ努力する長距離ランナー型だが、冠婚葬祭にお金をかける見栄っ張りなところも原因だろう。
社長輩出率(全国3位)は昔から高いし、特に官僚(全国3位)は、まじめな富山県民向きである。
4661
:
とはずがたり
:2013/11/03(日) 19:18:05
なぜ、秋田は学力テスト1位なのに、進学率が低いのか?
出身地のDNA鑑定[出世と職場]
http://president.jp/articles/-/10813
PRESIDENT 2012年3月5日号
ライター 江藤誌惠=文
苦手なあの人との距離を縮めたいと考えるなら、ぜひ、この法則を試してほしい。「出身地のDNA」を読み解けば、コミュニケーション上手になること間違いなし。これで、仕事も出世も恋愛も思いのままだ!
競争よりも横並びが大切な秋田県民気質
秋田の子どもたちは学年が上がるのにつれて、学力が伸びなくなるといわれる。小中学校の学力テストでは、周りがおだててのせればいい成績をとれるが、高校からはそうもいかない。秋田は高校受験には熱心だが、大学進学に関してはそれほどでもない。これは、親の世代に大卒者が少ないことも原因らしい。ゆえに、親も子どもの大学進学を望んでいないし、地元の会社求人も大卒者にこだわらないので、子どもは大学進学の意義が見いだせないのだ。
また、周囲に大学に行かない友人が多くいるとなれば、進学率が低くなるのは当たり前なのである。
また、秋田県人は、真面目でのんびりしている人が多く、他人と競争することが苦手。「NO!」といえないことも進学率が低い原因だろう。
4662
:
とはずがたり
:2013/11/17(日) 11:38:03
1兆円も減らせる(た)のかー。
役所の支所数に応じ交付税加算 合併市町村支援、来年度導入へ
共同通信 2013年11月17日 02時00分 (2013年11月17日 02時03分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20131117/Kyodo_BR_MN2013111601002073.html
総務省は16日、平成の大合併で誕生した自治体を支援するため、2014年度から役所の支所数に応じて地方交付税を加算する方針を固めた。合併前の旧市町村ごとに支所を置いているとみなし、必要な交付税額を算出する。
平成の合併で生まれた自治体は、交付税増額の特例措置(最長10年)が14年度以降、相次いで期限切れを迎える。
特例が完全に終了すると、合併自治体に配分する年間の交付税額が13年度比で約1兆円少なくなる見通しだったが、今回の加算で、減少額がかなり圧縮される。総務省は年末までに詳細を詰める方針だ。
4663
:
とはずがたり
:2013/12/21(土) 21:09:10
やっと合併の果実を日本国民が享受できるようになったというこっちゃ♪
合併自治体半数近く 交付税20%以上減
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131221/t10014023641000.html
12月21日 19時30分
合併自治体半数近く 交付税20%以上減
いわゆる「平成の大合併」で合併した自治体に対する地方交付税の優遇措置が終了した場合、今年度に比べて交付税が20%以上減る見込みの自治体が全体の4割余りに上ることがNHKの調べで分かりました。
来年度以降、優遇措置の期限切れを迎える自治体が相次ぎ、専門家は、財政状況の悪化に備えて早急な対策をとる必要性があると指摘しています。
平成11年度から始まった「平成の大合併」で、国は合併した自治体に対し、10年を期限に地方交付税を上積みする優遇措置をとっていて、来年度以降、期限切れを迎える自治体が相次ぎます。
NHKでは、合併したおよそ590の自治体を対象に、優遇措置が終了した場合、地方交付税と臨時財政対策債を合わせた実質的な地方交付税が今年度と比べてどれだけ減るか調べました。
その結果、地方交付税が減る割合が、▽20%以上30%未満が200の自治体、▽30%以上40%未満が40の自治体、▽40%以上が14の自治体と、全体の4割余りに当たる254の自治体で20%以上減る見込みであることが分かりました。
都道府県別に見ると、▽減る額が最も大きいのは新潟県で500億円余り、次いで▽広島県の401億円余り、▽長崎県の371億円余り、▽鹿児島県の350億円余りなどとなっています。
都道府県の担当者によりますと、優遇措置が終了するのに備えて、自治体では職員や議員の定数の削減などを進めていますが、公共施設の統廃合が進まず維持管理費の負担が増えるなど、財政状況が厳しいところもあるということです。
行財政の効率化は思うように進まず
「平成の大合併」で合併した自治体は、地方交付税の優遇措置が終了するのに備えて行財政の効率化を進めていますが、住民から行政サービスの低下を懸念する声が出ているところもあります。
平成16年に9つの市町村が合併して誕生した鹿児島県の薩摩川内市は、再来年度に地方交付税の優遇措置が期限切れとなり、上積みがなくなると、交付税は今年度と比べて25%、40億円以上減る見込みです。
市では、優遇措置が終了するのに備え、これまで職員や議員を減らすなど経費の削減を図ってきましたが、行財政の効率化が思うように進まず、去年、新たに支所を再編する方針を打ち出しました。
方針では、段階的に再編を進め、7年後には11ある市の出先機関を、離島の一部を除いてすべて廃止し、1億円余りに上る施設の管理費の削減を目指しましたが、住民の理解が得られず方針は凍結されています。
このうち、市の東部にある祁答院町では、市役所に行くには車で40分かかるほか、バスも1日3本しかなく不便なことに加え、合併後の人口減少率が市の平均を上回る16%に上るなか、支所がなくなるとさらに過疎化が進むおそれがあるとして、支所の廃止に反対する声が出ています。
また、離島の上甑島(かみこしきじま)にある里地区は消防や警察の派出所がなく、支所の職員が防災で頼りにされています。
里地区は、九州電力川内原子力発電所から30キロ圏内に入り、万一の際、自力での避難が難しい人は、支所の職員が誘導することになっていますが、支所が廃止、または規模が縮小された場合、住民を速やかに避難させることができるのか不安の声が出ています。
里地区の自治会長を務める梶原勝英さんは、「支所がなくなると、災害の際に指揮を執る人がいなくなってしまう。自分たちで身を守るのは限界があり、行政機関の手助けが必要だ」と話し、支所の存続を求めています。
優先順位つけた財政運営を
地方自治に詳しい千葉大学の新藤宗幸名誉教授は、「自治体は、合併によって財政の効率化を目指したが、何らかの事業に重点投資するのではなく、地域間の均衡を図るためのばらまき的な投資を続けてきた結果、逆に財政を悪化させていて、行政サービスを切るなどかなりの行財政改革を迫られるところが増えるおそれがある」と指摘しています。
そのうえで、新藤名誉教授は「合併の特例措置の延長を求めても、国には、平成の大合併がスタートしたときのように地方に潤沢に資金を投入する余力がない。自治体には改めて、高齢者対策や教育など、必要な事業の優先順位をつけて財政運営することが求められている」と話しています。
4664
:
アーバン
:2013/12/27(金) 20:31:49
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20131227_1
市への衣替え大詰め 滝沢村、看板やシステム変更
来月1日に市制施行する滝沢村は26日、村から市への「衣替え」作業に追われた。学校の看板、役場の各部課の封筒、ゴム印など目に見えて市を迎える態勢が整い始めた。データシステムの確認作業は年末年始も行われ、円滑な移行に職員も気を引き締めている。
村長室や公用車約80台、村立小中学校の表示の付け替え作業が続く。滝沢南中でも正面玄関の校名が「滝沢市立」へ変わり、吹奏楽部の南舘あかり部長(2年)は「格好良く新鮮。部活動の発表会で呼ばれ方も変わり、わくわくする」と期待する。
役場では「滝沢市役所」と記された封筒や「滝沢市企画総務課」などのゴム印も配備された。住所データなどのシステム更新は昨年度から実施し、住民基本台帳だけで約1万5700戸籍に上る。県から権限移譲される生活保護システム業務の確認なども進めてきた。
27日は午後5時半から閉村式を行い、柳村典秀村長が村職員に訓示。31日午後11時からカウントダウンイベントを開き、「村民歌」を歌い納め、花火などで市誕生を祝う。
【写真=「滝沢市立」に付け替えられた滝沢南中の校名表示】
(2013/12/27)
4665
:
アーバン
:2013/12/28(土) 16:24:29
http://mainichi.jp/select/news/20131228k0000e010211000c.html
合併:土浦・つくば、事務レベルで検討 両市長合意 茨城
毎日新聞 2013年12月28日 15時58分
茨城県土浦、つくば両市長が事務レベルで合併を検討することに合意していたことが27日、土浦市などへの取材で分かった。つくば市の市原健一市長が26日、土浦市役所を訪問し、中川清市長と懇談。中核市を目指し、合併を検討するよう提案した。中川市長も将来的な合併の必要性を認めた上で、事務レベルの検討を容認する姿勢を示したという。【福沢光一】
土浦市などによると、市原市長は「両市が合併すれば、JRとつくばエクスプレス(TX)の鉄道路線を有し、財政規模も1200億円以上に増加する」などと指摘した上で、「県内の核的存在となり、他県の自治体との地域間競争でも優位になる」などと必要性を強調した。これに対し、中川市長は両市の合併が将来的な課題であるという認識を示したという。
両市の合併を巡っては、市原市長が2月の定例記者会見で、「地域間競争に勝ち抜くために必要」と述べ、合併して中核市を目指す構想を明らかにした。一方、中川市長は3月の定例記者会見で、「市原市長の真意をうかがう機会を持ちたい」と慎重な姿勢を示していた。
両市の合併が実現すれば、人口は約36万人(土浦約14万人、つくば約22万人)となり、水戸市(約27万人)を抜いて県内最大都市になる。人口30万人以上を指定要件とする中核市は全国で42市あり、北関東では宇都宮市、前橋市、高崎市(群馬県)に次ぎ4都市目となる。
4666
:
とはずがたり
:2014/01/04(土) 17:42:34
定住自立圏の支援拡充へ=「中心市」重点に増額−総務省
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2014010200081
総務省は2日、「定住自立圏」の推進に取り組む市町村への財政支援を拡充する方針を固めた。医療福祉、公共交通、産業振興などの分野で圏域内の市町村の連携を促進するのが狙いで、2014年度からの実施を目指す。
定住自立圏は、地方で進む高齢化と都市部への人口流出に歯止めをかけるため、人口4万人以上の「中心市」と近隣の市町村が協定を結び、医療や交通、産業などの分野で相互連携する構想。13年9月末時点で75圏域が形成され、延べ339市町村が参加している。同省は年間で、中心市に1市当たり4000万円、近隣市町村に1市町村当たり1000万円を特別交付税で財政支援している。
同省の有識者検討会がこのほどまとめた中間報告案は、各圏域が休日夜間診療所の運営など医療福祉分野や、複数市町村にまたがるバス運行など公共交通分野を中心に成果を挙げていると評価。また多くの圏域が今後、地域の特産品を生かした起業など産業振興策に取り組む意向を示しているという。(2014/01/02-15:55)
4667
:
とはずがたり
:2014/01/04(土) 17:44:17
市町村支援で新交付金=地域活性化を後押し−内閣府
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013120600286&g=eco&relid2=1_1
内閣府は6日、市町村が行う地域活性化に向けた公共事業の経費負担を軽くするため、2013年度補正予算で「がんばる地域交付金」を創設すると発表した。交付金の配分は、自治体の財政力を示す財政力指数が低い市町村に重点化。負担軽減率など具体的な制度設計は今後詰める。
12年度補正予算で、全自治体を対象にした同様の交付金約1兆4000億円を計上したが、今回は財政力の弱い市町村支援に特化した交付金とする。規模は12年度補正より小さくなる方向だ。(2013/12/06-10:52)
4668
:
とはずがたり
:2014/01/21(火) 01:30:19
百済貨物駅の由来は古い郡名に遡るのかな?
摂津国欠郡
せっつのくにかけのこおり
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/index.php?key=%E6%91%82%E6%B4%A5%E5%9B%BD%E6%AC%A0%E9%83%A1
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
室町時代、摂津国の神崎川以南の地域を指す呼称。律令制〔りつりょうせい〕では神崎川以南の摂津は西成・東生・住吉・百済の4郡よりなるが、百済郡は早くにすたれ、応仁の乱前ごろには住吉・東生郡を欠郡(闕郡とも)と呼ぶようになった。記録での初見は1460年(長禄4)で、興福寺門主の日記にみえる。ところが戦国時代になると西成郡(中島地域を含む)も欠郡の名で呼ばれるようになり、広く神崎川以南の3郡の総称として用いられた。文禄・慶長検地ごろまで欠郡の称が見えるが、近世初期には律令制の3郡(百済は住吉に合併)に戻っている。呼称の語源は、1383年(永徳3)摂津守護に復帰した細川頼元がこの3郡を分郡として畠山氏ら隣国守護に奪われ(欠郡)ためというのが有力である。
東成郡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%88%90%E9%83%A1
古代以来
「日本書紀」に、大阪湾の中央に南北に突き出した上町台地の東部(河内湖沿い)を「難波大郡」(なにわのおおごおり)、西部(大阪湾沿い)を「難波小郡」(なにわのこごおり)と称したことが記載されている。大郡・小郡とは大化の改新の制度で、五十戸を「里」とし三里で「小郡」、四里〜三十里で「中郡」、四十里以上で「大郡」となる。つまり東側のほうが住居が多くはるかに巨大だった。
和銅6年(713年)、郡郷の名称が公式に定められ、東部の難波大郡を東生郡、西部の難波小郡を西生郡(後に西成郡)と称するようになった。東生の「生」は「生る」に由来し、「上町台地の東に新たに生まれた集落」という意味であった。
古代の百済の言葉との関係を指摘する説もある。「ナリ」は古代百済語で渡船場を意味すると見られ、たとえば一時百済の首都だった熊津(現・公州)を「日本書紀」の雄略紀二十一年で「久麻那利」(くまなり)と読んでいるので、「津」を当時「ナリ」と読んでいたことが推定される。つまり、上町台地の「東側の津(ひがしなり)」「西側の津(にしなり)」である。上町台地東側の水運に関して、「日本書紀」の仁徳紀十四年には「猪甘津(いかいのつ)に橋為す。即ち其の所を号けて、小橋(おばせ)と曰ふ。」とあり、おそらく古墳時代ごろには現在の鶴橋駅近くの東小橋周辺に、後に平野川となった川が注ぐ猪甘津という入り江の港があり、その川に物資運搬や通行用の橋が架けられたと思われる。もっともこういった港が「東生郡」の名がつく奈良時代まで土砂に埋まらず残っていたかは不明である。
室町時代、摂津のうち神崎川以南の西生・東生・住吉の3郡は「欠郡」(かけのこおり)と総称され、分郡守護が置かれた。
中世以降「東生」と「東成」の表記が混在するようになり、江戸時代中期以降はほとんど「東成」と表記されている。
4669
:
とはずがたり
:2014/01/21(火) 01:31:19
>>4668-4669
百済郡
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E9%83%A1
西生郡・東生郡・住吉郡と並んで「江南四郊」のひとつに数えられたが、平安時代末期までに隣接の東生郡と住吉郡に併合されて消滅した。郷数3の小郡であった。
背景
百済郡の建郡には、舒明天皇3年(631年)に百済の王子・豊璋と善光が来日したことが大きく関わっている。国賓兼人質としての来日で、何もなければそのうちに故郷へ戻れるはずであった。
しかし第31代の王として即位した父親の義慈王は、朝鮮半島の覇権を狙って自国と高句麗・新羅がせめぎ合う中、手痛い失策を繰り返して国を疲弊させ、660年には唐・新羅連合軍に攻められて百済を滅ぼしてしまった。見かねた豊璋が天智天皇元年(662年)、朝廷から兵をつけてもらって帰国したものの、現地で内部分裂を起こした上、翌年の白村江の戦いで大敗を喫してしまう。これにより豊璋は高句麗へ逃亡、軍も完全崩壊し、百済復興の夢は潰えてしまう。
建郡
日本に残っていた善光は故郷をなくしてしまい、やむなく日本に渡来人として定住せざるを得なくなった。
善光は天智天皇3年(664年)に許しを得て居を摂津国の難波に定め、これ以降一族ともども中央貴族として朝廷に仕え、「百済王氏」という姓を下賜されることになる。一族繁栄は著しいもので、持統天皇5年(691年)には食封100戸を追加されて計200戸となったことが『日本書紀』に見られる。さらに「百済寺」と呼ばれる大寺を建立しており(大阪市天王寺区の堂ヶ芝廃寺)、その権勢がうかがえる。
百済郡の建郡は、このような百済王氏一族および多数の難民の存在が大きく関わっているとみられている。
また当時の日本は百済からの難民や渡来人を、その理由にかかわらず積極的に受け入れ、なるべく一ヶ所に集めて居住させ、人数が多い為に建郡も行われた。他には武蔵国において高麗郡や新羅郡(後に「新座郡」と改称)が立てられた例もあるが、当時の首都近隣に創られた百済郡とは異なり開発の遅れていた東国への殖民としてである。特にこの時の百済は国が滅亡した上、白村江の戦いの影響で大量の難民を出すことになったため、多数の亡命者が来日した。その受け皿として同胞である百済王氏の本拠地域が利用され、国名を冠した「百済郡」の建郡に至ったとみられる。[2]建郡の時期は、善光が浪速に居住する654年(天智3年)あるいは、斉明朝の「難波百済寺」の存在から評の成立した649年(大化5年)まで遡るとも言われている。
消滅
このように渡来人である百済王氏の存在を支えとして成立した百済郡であるが、唐突に消滅への道をたどることになる。
その原因は、百済王氏が本拠を摂津国から河内国に移したことが大きい。『続日本紀』によれば、当時陸奥国で金を発見して異例の大出世をした百済王敬福は、天平勝宝2年(750年)に河内守を命じられたという。これを契機として、一族の本拠を河内国へと移したと考えられている。
百済王氏が移住した百済郡は、やがて消滅するに至ったのである。後に、江南四郊の代名詞として用いられるようになった「欠郡」(かけのこおり)の名称は、百済郡の消滅に由来して生じた名称であると考えられている。
特異点
百済郡は律令制の郡としては極めて特異な構造の郡であった。通常郡はそれぞれ独自の条里区画を持っているが、同郡にはそれがなく、隣接の東生郡や住吉郡の条里を流用して済ませていた。また、郷名も『和名類聚抄』の記すところによれば「東部」「西部」「南部」と自然地名とは思えない人工的な名称であった。ただし、これには田部郷(現在は田辺と表記)を東・西・南に三分したことに由来するという説がある。読みも元が「たなべ」であるため「ひがしべ」「にしべ」「みなべ」などの可能性が十分にある。
このような特異な郡であるため、郡域の特定が難しく、現在もその区域については定説を見ていない。「百済野」の広域地名が残る上町台地東麓にあたる大阪市天王寺区南東部と生野区西部、「北百済村」「南百済村」の旧自治体を含み、百済駅(JR貨物)と東部市場前駅(事実上百済駅を継承)が位置する東住吉区北中部などが有力な比定地であるが詳細は不明である。一説によれば、現在の長居公園周辺までを含んでいたのではないかと考える人もいる。
4670
:
とはずがたり
:2014/01/31(金) 22:01:13
<近畿>大阪府・大阪市
勿論維新の政治構造上しないとだめなような構想になってる感はあるけど,一気に都と焦るから巧く行かないのであって水道・大学・その他事業なんかの府市統合,交通機関の民営化等,一歩一歩進めていけば良いのに・・。
【ご破算】大阪都構想 区割り案に反対多数
http://news.goo.ne.jp/article/abc/region/abc-20140131005.html
ABC NEWS 関西ニュース2014年1月31日(金)19:26
大阪都構想が重大局面を迎えました。31日の協議会で、松井知事・橋下市長が目指す区割り案の絞り込みは、反対多数で失敗しました。知事・市長は、議会による都構想つぶしだとして出直し選挙も検討する構えです。
大阪都構想の特別区の区割り案は、現在4案ありますが、松井知事・橋下市長は1つへの絞込みを提案していました。しかし、31日の協議会で維新以外の全会派が反対したため絞り込みは実現しませんでした。これを受けて知事・市長は4案のままでは議論は進められないとして、協議会はいったん中止となりました。橋下市長は、「4案並行でいったら最低でも5年、延ばされれば10年、平気でかかる」。松井知事は、「これは時間切れ、廃案ですよ。我々の任期中に住民投票の案を示すことはできない」と話しました。維新の会として知事と市長の出直し選挙を含むあらゆる可能性を検討し、来週月曜日に知事と市長が緊急記者会見を開いて発表するとしています。
4671
:
とはずがたり
:2014/01/31(金) 22:05:41
政令指定都市:道府県との二重行政解消へ「調整会議」新設
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/20140128k0000m040118000c.html
毎日新聞2014年1月27日(月)22:12
◇総務省が今国会に提出の地方自治法改正案に
総務省は今国会に提出する地方自治法改正案に、道府県と政令指定都市の間の二重行政を解消するため、事業一本化を協議する「調整会議」の新設を盛り込む方針を固めた。政令市の行政区を「総合区」に格上げし、権限を強化できる制度もつくる。3月に国会提出を目指しており、橋下徹大阪市長(大阪維新の会代表)が掲げる大阪都構想の議論に影響を与えそうだ。
首相の諮問機関「地方制度調査会」(地制調)が、昨年6月にまとめた答申を受けた。調整会議は首長や議員らで構成し、意見が一致しない場合は、知事か市長の申し出を受けて総務相が勧告し決着する。現在も、総務相が任命した識者による自治紛争処理委員の調停があるが、当事者同士の合意が必要だ。
区長は現行では行政職だが、総合区長は副市長並みの特別職に格上げできる。議会の同意を得て市長が任命、市が人事権や予算提案権を与えることができる。区長公選制は見送った。
改正案は、二重行政の解消や大都市内での分権など、方向性は都構想と同じだ。大阪市を特別区に再編する大きな制度変更を伴わないため、維新以外の各党からは「都構想との妥協案になる」との声が上がる。
しかし、松井一郎知事(維新幹事長)は、調整会議が総務相の勧告で決着する制度になっている点に、「中央の権限が強まり、地方分権と逆行する」と批判する。橋下氏も総合区長が「公選でなく不十分」と指摘、「(改正案と都構想の)どっちがいいか、住民投票で決めたらいい」と、今年秋の住民投票による決着を目指す考えを強調している。【林由紀子、村上尊一】
4672
:
とはずがたり
:2014/01/31(金) 22:07:45
<近畿>大阪府・大阪市
地味だけど本質的な進歩であると思う。
【大阪】府・市の消防学校を統合へ
ABC NEWS 関西ニュース2014年1月29日(水)19:13
http://news.goo.ne.jp/article/abc/region/abc-20140129005.html
橋下大阪市長が掲げる大阪消防庁構想の第一歩となるのでしょうか。大阪市は、府と市の消防学校の統合を決めました。
「大阪市消防局の力を大阪市内にとどめることなく、大阪府域全体に広めるということで、大阪にとって良い案だと思っている」と話す橋下市長。大阪市は、幹部会議で大阪府と市が別々に1校ずつ運営する消防学校を今年4月に統合することを決めました。新人教育部門は、現在の大阪府立消防学校に一本化し、大阪市消防学校は、より高度で専門的な教育を行います。都道府県と政令指定市の消防学校の統合は初めてです。
4673
:
とはずがたり
:2014/01/31(金) 22:14:39
<近畿>大阪府・大阪市
こんなもんがあるのか。。
大阪市立高校:府に移管方針…「イチリツ」残るのか
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/20140129k0000m040108000c.html
毎日新聞2014年1月29日(水)01:35
大阪市教委は28日、大阪府枚方市にある「大阪市立(しりつ)高校」を府に移管する方針を正式発表した。「イチリツ」の愛称で親しまれる1941(昭和16)年開校の伝統校が「府立」になり、校名を巡る議論が起きそうだ。橋下徹大阪市長は同日、選択肢の一つとして「大阪府立大阪市立高校」を示した。都構想実現後は「都立」になり、校名はさらに変わる可能性がある。
◇校名巡り議論
同校は市内初の旧制中学として同市此花区で開校。しかし、以前から誘致活動を続けていた旧枚方町(現枚方市)に求められ、43年に移転した。市立高校では唯一、市外にあり、48年の学制改革後、枚方市で「大阪市立高校」の名前を守ってきた。大阪市民の生徒数は近年減少し、今年度は全校生徒約950人のうち約15%。
橋下市長は28日、「名前に思い入れがある人が多いなら、府立大阪市立高校にしてもらうと、保護者やOBの理解を得られやすい」と述べ、松井一郎大阪府知事も賛同した。
市教委は「市長の提案は校名がややこしいが、イチリツの名が残ると、ありがたい」と評価。一方、同校関係者は「まだ移管の話も聞いておらず、コメントできない」と困惑気味だ。【山下貴史】
4674
:
とはずがたり
:2014/02/08(土) 16:41:37
<首都圏>東京都
世田谷は分割しても良いような気がする。
大阪都構想の欠陥 東京23区の現実
http://www.asahi.com/and_w/life/TKY201402050010.html
文 保坂展人
2014年2月5日
東京都知事選挙も後半にさしかかった、2月3日。日本維新の会の橋下徹・大阪市長は市長を辞職して、出直し市長選挙に立候補することを突然、表明しました。橋下市長が掲げる「大阪都構想」が市議会で維新の会以外の賛同を得られずに進まないため民意を問いたいのだと伝えられています。
大阪都構想については、昨年9月の堺市長選で、「大阪都構想反対」を示した竹山修身市長が、維新の新人候補を退けたことで、住民はNOの意思表示をしています。政令指定都市(以下、政令市)としての自治権限をすでに有する堺市を廃止し、大阪都の特別区になる道は選ばない、という選択をしたのです。橋下市長率いる維新の会が総力で取り組んだ選挙だったにもかかわらず、結果は敗北でした。
さて、東京都は、1943年(昭和18年)に東京市と東京府を廃止して生まれました。大阪都構想がベースにしているのは東京都の特別区(23区)のあり方です。大阪府と政令指定都市である大阪市と堺市を廃止して大阪都とし、特別区を設置するとしていました。この議論を聞くたびに思うのは、東京の特別区の抱える現実と矛盾に対しての理解の薄さです。
世田谷区は七つの県を上回る88万人という人口を抱えています。そこから感じるのは、東京の都区制度は必ずしもうまくいっていないということです。戦時中につくられた「特別区制度」は、人口規模も自治体実務をめぐる役割分担でも制度疲労が目立っているというのが今の実感です。
世田谷区のような特別区は、地方分権改革によって国や都道府県から基礎自治体へと移管される事務が多いため仕事量が増大し、事業と責任の範囲はふくらんでいます。
一方で、法人住民税、固定資産税(個人・法人)などは都税として徴収することになっており、その55%が各区に再配分されるにすぎません(都区財政調整制度)。また、地方分権の流れで基礎自治体に移行した「都市計画決定権」は、なんと「特別区」のみ除外されており、まちづくりの戦略指針さえ自由につくることができません。学校教育に責任を持つ立場でありながら、教員の人事権は都であって、区にありません。
つまり、一般の市町村以上に、特別区は財源と権限が制約されているのです。
4675
:
とはずがたり
:2014/02/08(土) 16:42:07
>>4674-4675
大阪市(人口268万人)と堺市(人口84万人)は、現在は政令市という通常の市町村よりかなり権限をもった自治体ですが、大阪都構想とは、これを廃止して人口30万人程度のいくつかの特別区に再編し、広域行政を大阪都が担う代わりに、住民に身近な生活基盤に関する行政を特別区と市町村が担うというものでした。そうなれば特別区に転じ、政令市として付与されている権限を失うだけでなく、周辺の市町村と比べても権限や財源が制約された基礎的自治体となってしまうのです。
ところで、東京の特別区は長い間、自治権拡充のたたかいを続けてきました。
戦後、行われていた区長公選は、「区は都の内部団体」とする都の意向を受けて、1952年(昭和27年)の自治法改正によって廃止されました。その後、72年(昭和47年)に品川区議会が区長準公選条例を制定して住民投票を実施したことで、再び、区長公選への道が開かれました。
現在、区長は区議会議員と同様に選挙で選ばれていますが、実現したのは、75年(昭和50年)からなのです。区長を選挙で選べるようになってから40年たらず、というのは意外という人もいるのではないでしょうか。それまで、区の管理職ポストは「都の人事の受け皿」とされた時代が長く続き、区長には幹部を動かす人事権もありませんでした。
初の公選区長として選ばれた世田谷区の大場啓二・元区長(2011年没)は「世田谷独立宣言」というポスターを制作し、更なる自治権拡充を訴えました。そして、特別区が「基礎的な自治体」として位置づけられるようになったのは2000年(平成12年)のことでした。
いま、東京都知事選であがっている論点の中で、「子育て支援」「若者支援」「高齢者福祉」「障害者福祉」の最前線はいずれも区が抱えている現場です。押し寄せる大きな行政需要の波に日々さらされているのも区です。だからこそ、財源と権限が必要です。特別区のような制約された自治体の姿でいては、求められるニーズに対応できないと考えています。 警察・消防・上下水道等の広域行政を除けば、住民サービスの多くが区の仕事として行なわれています。東京の分権・自治改革が必要です。
東京では、制約された基礎的自治体である特別区から「世田谷市」「新宿市」のようになることもたびたび話題にのぼってきました。それほど問題を抱えたシステムなのです。それだけに、大阪のように「政令市を廃止して特別区へ」という議論には肯きがたいものがあります。
4676
:
とはずがたり
:2014/02/16(日) 18:43:56
過疎地にも困ったものである。。
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E138.42.52.941N36.9.18.971&ZM=7
秩父─R254─)-湯の沢T.-(─r45→南牧村←r45─R299─下仁田
長野県にも南牧村があるが直接の関係は無さそうだ。
<大雪>除雪車たどり着かず、依然孤立 群馬・南牧村
毎日新聞社 2014年2月16日 16時26分 (2014年2月16日 16時50分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20140216/Mainichi_20140216k0000e040153000c.html
大雪により孤立状態となっている群馬県南牧村=2014年2月16日午後0時36分、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
65歳以上の人口割合(高齢化率)が全国で最も高い群馬県南牧(なんもく)村は除雪が進まず、約1130世帯のほとんどが停電するなど孤立状態が続いている。村は、隣の下仁田町へ通じる県道の除雪を業者に要請しているが、人手が集まらず、開通の見通しは立っていないという。
村は群馬県南西部にあり長野県との境に位置している。村によると、村役場も含めほぼ全世帯が停電。村の職員も移動ができず、近くに住む職員6、7人が役場に来て周辺の除雪に当たっている。けが人の報告はないが、電話もつながりにくい状況だという。役場周辺で積雪は80センチから1メートルほどあるという。
東京電力によると、停電は15日午前7時ごろから始まり、徐々に広がっていったらしい。県災害警戒本部は16日、自衛隊に災害派遣を要請し、東京電力の作業員を自衛隊のヘリコプターに同乗させ、倒木など停電の原因場所の特定などを急いでいる。
除雪作業も難航しており、同村北部にある下仁田町と南牧村を結ぶ県道45号は、同町を東西に走る国道254号から枝分かれし、村役場前までは約10キロある。南牧村や富岡土木事務所は、除雪業者に早期除雪を要請しているが、同村によると、午後2時現在、除雪車は村内までたどり着いていないという。
南牧村は昨年12月末現在の人口は2303人で、2011年の高齢化率は57・5%と全国で一番高かった。【平井桂月、尾崎修二】
4677
:
とはずがたり
:2014/02/17(月) 18:34:24
本日付夕刊の朝日新聞によると早川町も高齢化率県下トップ
>>4676
だそうな。
>65歳以上の人が人口に占める「高齢化率」は約5割と県内で最も高い。
大雪:山梨・早川町 町の全665世帯1200人孤立
http://mainichi.jp/select/news/20140217k0000e040150000c.html
毎日新聞 2014年02月17日 12時18分(最終更新 02月17日 13時40分)
関東・甲信越地方を14日から襲った大雪の影響が、週が明けても続いている。孤立状態の自治体では、停電や電話の不通も加わり「安否確認すらできない」と職員が焦りを募らせる。国道18号(碓氷バイパス)では立ち往生した車内での寝泊まりが続く。主要道路の通行止めに伴い物流はまひ状態。食料品の一部は店頭から消え、生活への影響が広がっている。
山梨県南部の早川町は、町への県道が除雪できず町の全665世帯約1200人が14日夜から孤立している。
町によると、このうち79世帯(約150人)が住む集落では停電も起き、携帯電話も通じない。水道も電気ポンプでくみ上げており、貯水分が尽きると使えないという。非常食などは公民館に備蓄があるが、各戸への町道も通行できず配布できていない。16日朝には糖尿病の町民から「インスリンが切れる」と相談があり、病院から職員が届けたという。
16日夕まで約30時間にわたって孤立状態になった群馬県南牧(なんもく)村。奥の集落に続く道路の除雪が終わらず、なお約200戸が取り残されている。停電はほぼ解消し、村は1人暮らしの
県道開通目途立たず1200人の孤立続く 山梨県早川町
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140217/dst14021712510002-n1.htm
2014.2.17 12:47
隣町の山梨県見延町とを結ぶ県道が雪で埋まり、全域約1200人の孤立が続く山梨県早川町。除雪を進めているが、17日昼の時点で開通は見通しが立っていない。
町の診療所は身延町からの医師の派遣を受けているが、急病人は発生していないという。町内に住む透析患者らは降雪で移動困難になることを予想して、事前に町外の病院に入院するなどしたという。
町の担当者は「もう本当に除雪だけ。それさえ終わってくれれば安心だ」と話した。
4678
:
とはずがたり
:2014/02/19(水) 13:19:57
急病になっても誰も助けられない 孤立集落 住民の声
http://news.goo.ne.jp/article/tokyo/region/tokyo-CK2014021902000147.html
東京新聞2014年2月19日(水)08:10
大雪の影響で孤立している県内の集落が、十八日午後三時現在、秩父地域を中心に八市町村の二十五地区に上ることが県のまとめで分かった。十四日から九百人以上が自宅などに閉じ込められた状態になっているとみられ、食料や医薬品、燃料が枯渇する懸念も高まっている。一方、県の災害派遣要請を受けた陸上自衛隊は十八日、ヘリコプターで孤立集落に食料などを輸送する救援活動を始めた。
●長瀞
孤立状態が続く長瀞町の風布(ふうぷ)地区。住人の無職大野弘子さん(67)は「十五日昼から停電が続いている。外には一歩も出られず、固定電話が生命線。早く除雪をしてほしい」と悲鳴を上げた。
大野さんは夫(70)と二人暮らし。屋根から断続的に落雪があり、家周辺の除雪もままならないという。「同じ集落では停電が続いており、お年寄りの一人暮らし世帯が心配。急病になっても誰も助けられない」
●小鹿野
山間部の小鹿野町両神(りょうかみ)地区に住む町議の山中豊彦さん(62)は「今も家の周りは一五〇センチくらい雪が積もっている。電気は十七日にようやく復旧したが、近くの取水口が凍った影響で十四日夜から水道が使えない。外のきれいな雪を溶かして風呂や飲料水にしている」と現状を明かす。
両神地区では民家一軒一軒が数百メートルから数キロ離れて点在している。山中さんは住民の安否確認のため、電話で連絡を取り合うように呼び掛けたりしているという。「住民は精神的にぎりぎりだと思う。あと三、四日は状況は変わらないだろうが、何とか耐えてほしい」と話した。
●秩父
秩父市の三峰地区にある三峯神社も大雪で道を閉ざされ、十八日正午現在、働いている十六人が十四日から帰宅できず、神社の宿泊施設での寝泊まりを余儀なくされている。
市内から車で一時間かけて通勤している黒沢誠さん(38)もその一人で「雪が一メートルも積もっている場所がまだある。私たちは食料があるのでなんとかつないでいるが、近くの集落の人たちが心配」と気にかけていた。
秩父市中津川の民宿では、宿泊客の熊谷市の男性(69)が帰宅できないでいる。
民宿を経営する山中三千恵(みちえ)さん(64)は「住民が協力して除雪し、一人が歩けるくらいの道をつくって、燃料を分け合ったり、安否確認をしたりしている。まだ雪は一メートルほど残っており、山間部はもっとひどい。除雪が遅く、行政は状況の深刻さを把握しきれていないのでは」と怒りをにじませた。 (増田紗苗、池田友次郎)
◇
県によると、十八日午後三時現在の孤立集落と住民数は、秩父市の四地区(四百六十人)、小鹿野町の九地区(二百五人)、横瀬町の二地区(百二人)、皆野町の二地区(八十人)、長瀞町の二地区(四十二人)、飯能市の四地区(不明)、東秩父村の一地区(十八人)、越生町の一地区(二人)。
4679
:
アーバン
:2014/03/29(土) 01:17:28
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20140326/1545669
52年の歴史に幕 岩舟町で閉町式
3月26日 朝刊
【岩舟】4月5日に栃木市と合併する町の閉町式が25日、町文化会館で開かれ、町の52年の歴史を振り返るとともに新市での飛躍を誓った。
式典には福田富一知事や栃木市の鈴木俊美市長ら県内市町の首長と議長、高橋克法参院議員、町民など約500人が出席。市村隆町長は「合併して良かったと思える日が必ず来る。町の大切な文化や財産は、個性あふれる地域資源として市の礎となる。新市のまちづくりに前進しよう」と呼び掛けた。
町を迎え入れる立場の鈴木市長は「町の資源を今まで以上に磨き、地域の独自性を生かした協働のまちづくりを進める。期待に応えるべく、活気ある住みよい栃木市を作る」と述べた。その後、出席者が町民の歌を合唱する中で市村町長と町民代表の親子5組が町旗を降納し、町の歴史に幕を下ろした。
町は1956年に旧岩舟、静和、小野寺の3村が合併し岩舟村として誕生。62年に町制を施行した。
4680
:
アーバン
:2014/03/29(土) 15:24:32
http://www.asahi.com/articles/ASG3X4HZYG3XULFA01B.html
日本の6割、無人地域に 2050年、国交省試算
2014年3月29日13時24分
国土交通省は28日、2050年になると、人口減少で日本の国土の約6割が無人になるという試算を発表した。いまよりも無人地域が2割近く広がる。こうした試算をするのは初めてで、国交省は今夏をめどに人口減少に備えた国土整備の基本方針をまとめる。
日本の面積は約38万平方キロメートルある。国交省はこれを1平方キロメートルごとに約38万ブロックに分け、それぞれの人口推移を計算した。その結果、今は約18万平方キロメートルに人が住んでいるが、50年にはその2割で人がいなくなり、6割で人口が半分に減るという。無人の地域は全体の約53%から約62%に広がる計算だ。
国交省は試算に基づき、今後の国土整備の基本方針を示す「国土のグランドデザイン」の骨子をつくった。地方などでは拠点となる地域に生活に必要な機能と住民を集めてコンパクトな町を作ることや、東京、大阪、名古屋をリニア新幹線でつないで国際競争力を高めることなどが柱だ。
4681
:
アーバン
:2014/04/05(土) 19:40:52
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/politics/news/20140405/1555312
新・栃木市きょう誕生 岩舟町を編入、県内25市町に 「平成の大合併」最後の新市
4月5日 朝刊
栃木市と岩舟町が合併し5日、新「栃木市」が発足する。岩舟町は合併先をめぐり住民投票を4度行うなど曲折を経ての編入合併となる。県内自治体数は14市11町となり、10年前の49市町村からほぼ半減。県内の「平成の大合併」は一区切りを迎える。
新市は人口約16万人。人口規模は足利市を抜き、宇都宮市、小山市に次いで県内第3位となる。面積は331キロ平方メートルに拡大するが、順位は旧市と変わらない8位。
岩舟町役場は「岩舟総合支所」に移行し7日午前8時半に開所式を行う。岩舟町の首長、特別職、議員は4日で失職。新市の市議選は、20日投開票の市長選と同時に栃木選挙区30、岩舟選挙区4の定数で行われる。
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アーバン
:2014/04/05(土) 19:44:54
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20140405ddlk09010132000c.html
市町村合併:きょう、新栃木市誕生 岩舟町編入合併、16万4024人に /栃木
毎日新聞 2014年04月05日 地方版
栃木市が5日付で岩舟町を編入合併し、新しい栃木市が誕生する。現在の岩舟町役場は岩舟総合支所となり、7日に開所式がある。新市の人口(2010年国勢調査)は16万4024人で足利市を抜いて県内3位となる。面積は約331平方キロで8位。県内の市町数は25になる。
岩舟町では合併を巡り、08年夏の住民投票で佐野市との合併が選択されたが、町長のリコールの是非を問う住民投票などに発展。さらに11年の2度の住民投票を経てようやく栃木市との合併で決着した経緯がある。
編入合併のため新市発足に伴う市長選・市議選はないが、ともに任期満了を迎えるため13日告示、20日投開票で両選挙が行われる。市議選(定数34)については、合併後の特例として今回だけは栃木選挙区(定数30)と岩舟選挙区(定数4)に分けて行われる。【長田舞子】
4683
:
とはずがたり
:2014/04/10(木) 13:41:07
標高わずか3m、あの天保山より低い山あった
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140409-OYT1T50137.html
2014年04月09日 20時03分
仙台市宮城野区の日和山ひよりやまが、18年ぶりに「日本一低い山」の座に返り咲いた。
かつて標高6メートルの国内2番目に低いとされた日和山は、東日本大震災の津波で削られ、消滅したとみられていた。しかし国土地理院が改めて被災地沿岸の地形を測量し、3メートルの「山」と確認。これまで「日本一」だった大阪市港区の天保山てんぽうざん(4・5メートル)を下回った。
日和山は、野鳥が羽を休める「蒲生がもう干潟」や仙台湾を望む仙台市民の憩いの場で、子供たちの遊び場でもあった。しかし震災で荒れ地状態に。いまはやや盛り上がった土地の上に、市民が積んだ石と「日和山」の看板が立っている。
最新の地図(電子版)には他の山と同様、斜体字で表記された。国土地理院は「計測の際、1メートル以下の小数点は四捨五入しており、実際はもう少し高い可能性もある」としている。
2014年04月09日 20時03分
4684
:
アーバン
:2014/04/12(土) 22:44:00
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140413/trd14041318000002-n1.htm
那須の異変「平成の大合併」今もくすぶる合併論議…新庁舎建設を前に大田原市長が突然の構想披露
4月12日(土)19時59分配信
那須の異変「平成の大合併」今もくすぶる合併論議…新庁舎建設を前に大田原市長が突然の構想披露
東日本大震災で損壊し、取り壊された栃木県大田原市の旧市庁舎跡地(写真:産経新聞)
栃木県岩舟町が5日、栃木市に編入合併した。栃木県内は10年前の49市町村(12市35町2村)が25市町(14市11町)となって平成の大合併は一段落した。だが、ここに来て、那須地域での合併話が持ち上がるなど合併をめぐる動きに注目が集まりそうだ。
那須地域では3月、大田原市の津久井富雄市長から突然、合併に向けた発言が飛び出した。同市と那須塩原、那須、那珂川の2市2町で「(市町長の)懇談会を設置したい」と、意欲を示したのだ。
市長選翌日の記者会見で東日本大震災で損壊し、取り壊した市庁舎の再建について質問を受けた津久井市長は突然、合併の話に発展させた。「庁舎建設の基本構想は策定し、基金積み立ても進めているが、那須塩原市も庁舎建設計画を進めている。効率化を図る上で合併を視野に庁舎建設が議題に上る可能性もある」。さらに厳しい市の財政状況を挙げ、「大胆な改革が必要で、一番の手法は合併だろう」と続けた。
市幹部らによれば、発言の背景には新庁舎建設がある。津久井市長の考えでは5〜7年後に旧庁舎跡地で建設に着手、事業費は約48億円を見込む。平成27年度で交付税特例措置が終了する中、大きな財政負担となるのは間違いない。基金積み立ても十分でない上、資材の高騰や消費税増税、建設会社の人手不足もあり、事業費が拡大することも予想される。「合併の中で庁舎問題を議題にしたかったのではないか」との見方もある。また、広域消防組合の統合、定住自立圏構想の調印などを実現し、周辺市町との良好な関係を築いていることから、別の市幹部は「このタイミングで合併への道筋を敷いておきたかったのだと思う」と推測する。
一方、3市町の首長は戸惑いと驚きを隠さない。
那須塩原市の阿久津憲二市長は「今の段階では全く筋書きもないので何とも判断できない」と話す。那須町の高久勝町長は「今はそれぞれ町づくりを必死にやっているところ。唐突に合併の話題を出されても困惑するだけ。私的な発言だと思う」と突き放した。那珂川町の福島泰夫町長も「これまで雑談の中でも一度も出なかった。八溝山周辺地域定住自立圏構想では連携するが、町としてはできる限り自立を目指したい」。
津久井市長と3市町長との温度差は大きいようだ。(伊沢利幸)
4685
:
アーバン
:2014/04/28(月) 19:14:42
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140426/lcl14042607000001-n1.htm
【羽成哲郎のぴーなっつ通信】
「平成の大合併」後8年で見えた「見えない壁」
2014.4.26 07:00
地方自治体の首長、議員の任期は4年で、今年は平成の大合併で誕生した多くの市で市長選や議員選が行われている。千葉県の房総半島の最南端に位置する南房総市は18年に7町村が合併してできた。
13日に石井裕市長の3選、20日に新市議20人が決まった。石井市長はハマコーこと浜田幸一元衆院議員の秘書や県議という政治経歴を生かして合理化の推進などを通じて7町村の統合に尽力してきた。
18年の選挙で新市を二分する争いを制して初当選した後は、22年と今回の市長選でともに対立候補が立たなかった。県関係者や他の市長からも「石井さんには注目している」と政敵を作らない政治手腕を評価する声があがる。
ただ、これは7町村がまとまってきたということと必ずしも同じではないように見える。如実に物語っているのが市議選立候補者の旧町村別の内訳だ。
前回より3減った定数20に立候補したのは富浦2▽富山2▽和田4▽白浜4▽千倉6▽丸山4▽三芳1の23人だった。立候補した現職18人はすべて当選し、新人の当選は2人にとどまる。
内房といえる富浦、富山と房総半島の先端から太平洋に面する白浜、千倉、和田では風土も微妙に違って「同じ南房総市と言われてもピンと来ない」というのが地元の声だ。市長は石井さんしかいないが、市議は地区の代表なので別−。そんな心理がうかがえる。旧町村の見えない壁は簡単にはなくならない。
南房総市では石井市長の出身地でもあり人口が多い旧千倉町が中心だが、他の合併した市でも同じような構図がみえる。
20日投開票の山武市長選では旧成東(なるとう)町長を務めた現職の椎名千収氏が旧蓮沼村議でもあった小川一馬元市議に561票差まで迫られた。医療問題の対応のほかに旧町村間の対抗意識もあったのではないか。
27日に市長選が投開票される香取市も18年に佐原市、小見川町、山田町、栗源(くりもと)町が合併して誕生した。政争が激しい土地柄で、今回も現職と新人の2人が激戦を続ける。千葉県の北と南で対照的な市長選となった。
(千葉総局長 羽成哲郎)
4686
:
アーバン
:2014/04/29(火) 00:31:37
http://s.mxtv.jp/mxnews/kiji.php?date=201404277
豪華絢爛な時代絵巻 照姫まつりが開催 (地域・まち - 2014年4月27日)
室町時代の石神井城主の娘・照姫をしのんで行われる「照姫まつり」が練馬区で開催され、多くの人でにぎわいました。
照姫まつりは室町時代の石神井城主である豊島泰経の娘・照姫をしのんで行われるもので、ことしで27回目です。祭り一番の見どころは時代衣装を身にまとった照姫や武者などの時代行列で、一行は「えい、えい、おー」の勇ましいときの声を挙げながら石神井公園周辺を練り歩きました。ことしの照姫役には練馬区在住の高校2年生・佐藤有里恵さんが選ばれ、行列に花を添えました。
ことしは天候にも恵まれ、およそ12万8000人が訪れたということです。
4687
:
アーバン
:2014/05/10(土) 22:37:03
http://nerima.keizai.biz/headline/589/
石神井公園で「照姫まつり」−家族連れでにぎわう
2014年04月30日
笑顔で応える照姫
都立石神井公園とその周辺で4月27日、「照姫まつり」が開催された
晴天に恵まれた当日、会場は家族連れなど多くの人出でにぎわった。さまざまな模擬店が並んだほか、伝統芸能や区内で活動する団体のダンス・音楽演奏なども披露され、石神井公園周辺はお祭りムードに包まれた。
「照姫まつり」は、室町時代中期に石神井城を居城としていた豊島泰経(やすつね)の娘・照姫にちなんだ祭りで、練馬の春の祭典として人気を集める。今年の照姫役は佐藤有里恵さん(高校3年)、泰経役は久間木尚之さん(会社員)、奥方役は村上伊希子さん(会社員)がそれぞれ演じた。
正午ごろ、照姫、豊島泰経、奥方の三役をはじめ、姫や武者らが園内の野外ステージに登場。豊島氏の繁栄から滅亡の様子を描いた舞「石神井城物語」が披露されると会場は大きな拍手で包まれた。泰経の「エイ、エイ」の掛け声に続いて、家臣たちの「オ−」という勇ましい鬨(とき)の声で、総勢約100人の行列が野外ステージを出発。三役を輿(こし)に乗せ、名物の時代行列がスタート。
三宝寺池に眠るとされる龍神を先頭に、行列の長さは約100メートル。沿道には大勢の観客が待ち構え、照姫たちが近づくと大きな歓声や拍手を送り、三役は手を振りながら笑顔で応えていた。
4688
:
アーバン
:2014/05/10(土) 22:40:30
http://nerima.keizai.biz/headline/594/
大泉でアニメイベント−松本零士さん、ちばてつやさんトークショーなど
2014年05月09日
大泉学園駅北口周辺で5月18日、「アニメプロジェクトin大泉2014」が開催される。
練馬区公式アニメキャラクター「ねり丸」切手シート
同イベントは、区内に90社を超えるアニメ制作関連会社が所在する「アニメのまち 練馬区」を広く周知するとともに、アニメによる地域の活性化を促進するため、東映アニメーションなど多くのアニメ関連企業が立地する同駅周辺で毎年開催している。今回で11回目の開催で、例年1万人以上が来場する人気のイベントだ。
会場は大泉小学校(東大泉4)、妙延寺(東大泉3)、大泉風致地区公園(大泉学園町7)、東映アニメーションギャラリー(東大泉2)の4カ所。
メーン会場となる大泉小学校では、漫画家・松本零士さんとちばてつやさんのトークショーのほか、大泉学園のご当地アニメ「ロボットガールズZ」のミニライブ&トークショー、アニメ「ハピネスチャージ!プリキュア」のキャラクターショーやダンス教室、プロが教えるセル画彩色体験教室、アニソンライブなどを繰り広げる。妙延寺ではアニソン演奏や屋台など各会場でさまざまな趣向を凝らす。
当日、練馬区公式アニメキャラクター「ねり丸」切手シート(82円郵便切手、1シート10枚組)の完成を記念して大泉小学校会場内で先行販売を行う。価格は1,230円。同切手シートは19日から練馬区内を中心に計98局で限定販売する。
開催時間は10時〜16時30分。入場無料。観覧には整理券が必要なプログラムもある。
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