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繊維スレッド

294荷主研究者:2011/08/28(日) 14:34:40

http://www.sankeibiz.jp/business/news/110811/bsd1108112014008-n1.htm
2011.8.11 20:13 Fuji Sankei Business i.
「繊維街・船場」からまた一つ消える…伊藤忠、大阪本社移転控え“恩返し清掃”

 伊藤忠商事は11日、岡藤正広社長や若手社員160人が、大阪市中央区の船場地区でランドマークとして親しまれた現大阪本社周辺の清掃活動を行った。同本社が15日付で、JR大阪駅北側の新駅ビル(大阪市北区)に移転するためのセレモニー。船場地区は同社をはじめ丸紅などの総合商社、紡績メーカーが集う「繊維街」として発展してきたが、近年は本社の移転が増え、その面影は年々薄れている。

 岡藤社長は「長年お世話になった感謝の気持ち。若いころは自転車に乗って船場地区を営業したもんですが、今は多くの繊維会社が船場から離れました」と、寂しそうな表情でつぶやいた。

 伊藤忠の現大阪本社がある「伊藤忠ビル」は、大阪市中心部を南北に貫く御堂筋と東西の中央大通が交わる一等地に昭和44年、建設された。地上13階地下4階のビルは、近接する大阪丸紅ビル(丸紅大阪支社)とともに、長く船場地区の象徴として親しまれ、大手紡績メーカーも両社の近くに本社を構えた。

 同地区に本社を置く紡績会社員は「昔は、毎朝出勤すると本社の玄関前で商社マンに待ち構えられ、『商品を売ってくれ』とせがまれるほど活気に満ちていた」と懐かしむ。

 だが、丸紅は平成15年に本社を東京に移転。伊藤忠商事は東京と大阪の2本社体制だが、すでに中枢機能の大半を東京へ移した。昭和50年に約2200人だった大阪本社の正社員は現在、10分の1近くまで減っている。

 伊藤忠ビルは平成10年に売却され、現在は賃料を払って入居している。だが、設備の老朽化が進み、梅田の新ビルに移転することになった。

 大阪府不動産鑑定士協会の松永明副会長は「昔は大阪市中心部といえば本町を指したが、ここ1、2年で梅田に移った感がある。伊藤忠商事の流出は船場衰退の象徴だ」と指摘する。

 残る丸紅も現在の大阪支社が入るビルの賃借契約が24年9月末に切れるため、梅田地区への移転も取り沙汰された。同社は「このまま残って契約更改するか、移転するか何も決まっていない」と説明する。

 船場地区に本社を置く紡績会社幹部は「同じ市内でビジネス上の支障はないが、一抹の寂しさは感じる」と惜しんだ。


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