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日本の城郭

241荷主研究者:2012/12/09(日) 12:49:07

http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20121106101.htm
2012年11月6日01時57分 北國新聞
金沢城二の丸御殿、内装詳細に 県調査研が立面図確認

江戸後期とみられる金沢城二の丸御殿の立面図=金沢市の石川県金沢城調査研究所

 石川県金沢城調査研究所は5日までに、江戸後期のものとみられる金沢城二の丸御殿の 立面図2巻を確認した。研究所によると、内装部材の詳細な寸法を記した二の丸御殿の立 面図は希少。御殿内の書院の内部構造が正確に分かる貴重な資料で、研究所は将来的な復 元の参考資料になるとして、年代の特定などさらに調査分析を進める。

 確認されたのは、「奥書院・御居間(おいま)書院の御棚・付書院立面図等」(幅24 .7センチ、長さ7.68メートル)と「竹之間・小書院の付書院・納戸構(なんどがま え)立面図等」(幅29センチ、長さ3.55メートル)の2巻。九つの部屋で棚や付書 院など立面図19点が10分の1、20分の1縮尺で明記されている。

 巻物には、礼儀の場「表向(おもてむき)」で年寄衆八家(はっか)や家老役が藩主に あいさつする「奥書院」、藩主が執務する「御居間書院」、藩主の側室や子女が居住した 「御広式(おひろしき)」の居間や対面所、広間などの立面図が列記されている。さらに 、御殿で最も広い竹之間の付書院や棚のほか、「表向」の一つで八家や家老役が元日に藩 主にあいさつする「小書院」で納戸構の襖(ふすま)につけられた金具なども記されてい る。

 立面図は、加賀市教委の田嶋正和文化課長が金沢市内の古道具店で入手し、約3年前に 研究所へ調査を依頼。1904(明治37)年に原本を書写したものと判明した。

 研究所は「牡丹(ぼたん)之御前」と小書院の間に納戸構を配置してある構造や、奥の 空間を「御広式」とし記すなど、部屋の呼称が全て金沢城二の丸御殿と一致することから 、金沢城二の丸御殿の立面図と断定した。

 研究所によると、二の丸御殿の図面は約80点あるが、ほとんどが平面図で、藩主が着 座する周囲の内装が分かる立面図は極めて珍しい。これまで見つかった図面はいずれも年 代が不明で、時代によって同じ場所でも寸法に差異があることから、時代の特定が課題に なる。

 二の丸御殿の復元をめぐっては、膨大な絵図や文献資料の解読に長期間の調査が必要で 、費用や活用策について、さらなる検討が必要とされている。

 県金沢城調査研究所は「時代背景が分かっていけば、復元の参考資料になる」(木越隆 三副所長)とし、今後も金沢城二の丸御殿の図面が集まることに期待を寄せている。

 田嶋氏は立面図を県に寄贈する意向で「将来の復元資料に生かしてもらえるとありがた い」と話した。


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