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日本の城郭
162
:
荷主研究者
:2011/04/03(日) 14:17:04
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20110317/CK2011031702000104.html
2011年3月17日 中日新聞
江戸中期の上野城下町絵図発見 伊賀市内の旧家、来春公開
正徳5(1715)年の上野城下町絵図と福井さん。指さすのは上野城の位置=伊賀上野城大天守閣で
江戸中期の上野城と、その城下町を描いた絵図(縦152センチ、横219センチ)など約100点の資料が、伊賀市内の旧家から見つかった。藤堂藩からの拝領屋敷や町屋などが色別に分類され、当時の町の詳細が分かる貴重な資料となりそうだ。購入した財団法人・伊賀文化産業協会は「文化財級の資料」とみている。
協会によると、絵図は藤堂藩の絵師・上西宗牧の作で、正徳5(1715)年当時の上野城一帯の町が描かれている。藤堂藩の拝領屋敷はだいだい色、町屋と農人の家は黄色、侍屋敷は水色などと塗り分けられている。さらに戸別に四方の寸法も記され、建物の大きさが分かる。
測量目的で作られたとみられ、現在と同じ位置に菅原神社や愛宕神社、今はない東西大手門や外堀なども描かれている。上野城研究の第一人者で同協会専務理事の福井健二さん(74)は「同時期の絵図はこれまでに見つかっておらず資料的価値は高い。ほかの時代の絵図と見比べれば、さらに町の変遷が解明できそうだ」と話す。
このほか元禄年間(1688〜1704年)に描かれた伊賀国一帯の絵図をはじめ、享保4(1719)年ごろの上野城下町絵図、屋敷の庭の絵図なども見つかった。今後、協会が上野城の研究に活用し、来年春には大天守閣で一般公開する。
(河北彬光)
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