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応用栄養学特論

1868とはずがたり:2017/08/23(水) 18:03:13

土肥: 売れたのですか?

シウマイ娘の登場で、爆発的に売れる

金田: 創業者は「絶対に売れる!」と自信があったそうなのですが、苦戦しまして。あまりに売れなかったので、社内からは「シウマイを売るよりも、違う弁当を売ったほうがいいよ」といった声がありました。でも初代社長はあきらめずに、あの手この手を打ちました。「一度でも食べてもらったらシウマイのおいしさを分かってもらえるはず」と考え、無料引換券を配りました。あと、シウマイの存在を知ってもらうために、飛行機からビラをまいたんですよね。

土肥: …そんな広告手法があったのですか? ワタシが子どものころ(1970年代)、セスナ機が音声テープを流しながら飛んでいたのは、記憶に残っていますが……。

金田: いまでは考えられませんが、当時は行っていたそうです。そうした手を打つことで、売り上げは少しずつ増えていったのですが、それでも「ヒット商品」といえるほどではありませんでした。そんな中で、爆発的に売れるきっかけがあったんですよ。1950年(昭和25年)に「シウマイ娘」が登場するんですよね。

土肥: シウマイ娘? 何ですかそれ?

金田: ある日、初代社長が銀座に足を運んだときに、タバコのPeace(ピース)を配っている女性たちを目にしたんですよ。その光景を見て、「女性が横浜駅でシウマイを販売すれば、世の中を明るくすることができるのではないか」と考え、「シウマイ娘」と書かれたたすきをかけて、女性たちがシウマイを売ることに。

 当時、駅のホームで弁当や雑貨を売っていたのは男性ばかり。なぜかというと、たくさんの弁当を持ち歩くって重労働なんですよね。しかも、大声を出さなければいけない。さらに、列車の窓から受け渡しをしなければいけなかったので、背の低い女性には向いていない。そうした状況の中で、158センチ以上の女性に販売してもらうことに(時期により前後あり)。赤い制服を着用していたこともあって、とにかく目立ちました。しばらくすると「シウマイを買うなら、シウマイ娘から」といった感じで、話題になりました。

 1952年(昭和27年)には、毎日新聞で連載された小説『やっさもっさ』にシウマイ娘が登場したんですよ。また、翌年に映画化されたこともって、「シウマイ」の認知度が一気に広がっていきました。このころになって、ようやく課題が解決しました。「横浜駅は駅弁を売るのに不利な場所ではなくなった」んですよね。



金田: 次に「シウマイ弁当」を発売することに。1954年(昭和29年)のことですね。

土肥: 「シウマイ」を発売したときにはあまり売れませんでしたが、「シウマイ弁当」はどうだったのですか?

金田: 「シウマイ」の認知度が広がったこともあって、発売当初から弁当の売り上げは好調でした。その後も順調に売れていく中で、1967年(昭和42年)に発売した「真空パックシウマイ」が好評でした。横浜名物として「シウマイ」は売れていましたが、日持ちのいい商品ではありません。お客さんからは「遠くに住んでいる人にお土産として持って行きたいけれど、日持ちのいいモノはないの?」といった声がたくさんありました。

 常温で長期保存ができる商品はできないか。当時、真空の技術は普及していませんでしたが、メーカーさんと一緒に共同で開発することに。完成後、どういう商品名にするか2代目社長が検討したところ、「真空」という日本語と、「パック」という英語と、「シウマイ」という中国語を使ってみてはどうだろうかということで、「真空パックシウマイ」が誕生しました。

土肥: えっ、ちょっと待ってください。真空とパックをかけあわせて、「真空パック」という言葉をつくったということですか?

金田: はい。「真空パック」という言葉……いまでは広く使われていますが、実は崎陽軒が最初に使いました。

土肥: な、なんと。ちなみに、商標登録は?

金田: していません。 …ただ、常温で長期保存ができるようになって、シウマイを遠くの人に知ってもらうきっかけになりました。


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