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応用栄養学特論

1822とはずがたり:2017/05/29(月) 12:44:51
>>1821-1822
 上野とんかつ御三家のうちヒレカツ専門店として知られる「蓬莱屋」は大正3年(1914年)、上野松坂屋の脇で屋台として創業、昭和3年に先述の場所にほど近い現在の場所に店舗を構えることになった。まさに上に記したとおり、屋台で創業、震災後に店舗を構えるという流れの典型だ。

 ヒレカツの創始者であるとされるこの店は、ガリッとした少し固めの衣から、ヒレの柔らかさと旨味が感じられるものだ。白木のカウンターで食べるのもよいけれど、二階の昔ながらの座敷も雰囲気がすばらしい。

 そして敗戦、高度経済成長がやってくる。第二次とんかつブームが巻き起こったのもここだ。最初に挙げた池袋の「寿々屋」の創業は昭和31年(1956年)、ちょうどこの時期に当たる。とんかつが全国に広まりきったのもまさにこの時期で、大衆文化の中にもとんかつが登場するのをよく見る。

街のとんかつ屋さんはこれからも残っていくか

 さて、たとえば1960年にとんかつ屋を出したとしよう。これから伸びてゆく外食産業、馴染みはあるけれど専門色のつよいとんかつという料理に賭けようという店主は、意欲に溢れた20代半ばの若者だ。そんな彼がさまざまな苦難を乗り越えながらも街のとんかつ屋をやってきて45年、年齢も70に近く体力的にも限界が来ている。息子・娘もとうに独り立ちし、店を継ぐものもない。そろそろ店を閉めるときかな、という年がまさに2005年ごろということになる。

 つまり高度経済成長およびその直後くらいの外食産業の黎明期〜成長期、および商店街という文化の最盛期に開店した街のとんかつ屋さんが、加齢に伴う体力的な事情により店を閉めざるをえなくなるのが2000年から2020年くらいの間ではないか、というのが筆者の予想だ。

 最初に挙げたここ数年に閉店した店の中には、もちろんその時期に開店した店もあれば、そうでない店もある。浅草の「?多八」も創業は大正時代なのだから関係ない話ではある。しかし今の時代が小さな町の食堂、とんかつ屋さんが消えていく時代であるのは間違いなく、それは時の流れだ、というほかないのだろう。

 しかしそれと入れ替わる形で出てきたとんかつ界のニューウェーブたち、彼らの出現はとんかつの未来でもある。寿司にも回転寿司や伝統的でない新しい寿司屋があるように、さまざまなとんかつ屋があってこそ、とんかつのこれからが開けるのだ。


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