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応用栄養学特論
1427
:
とはずがたり
:2015/04/19(日) 21:21:42
米本社は藤田がカリスマ過ぎて嫌ってたからなぁ。。
2015.03.20「よくわかる外食戦争」
マック崩壊を招いた、組織破壊と優秀な人材の放逐 FCから反発噴出で集団離反の恐れも
文=中村芳平/外食ジャーナリスト
http://biz-journal.jp/2015/03/post_9304.html
日本マクドナルドホールディングス(以下、日本マクドナルド)が、昨年7月に発覚した中国食品会社の使用期限切れ鶏肉使用問題に端を発し、その後、立て続けに起こった異物混入問題で客離れを起こし、1971年7月に銀座三越(東京)に第1号店を開業して以来の未曾有の経営危機に直面している。
日本マクドナルドの2014年12月期決算は売上高約2223億円(前期比14.6%減)、営業損益は約67億円の赤字、最終損益は当初予想の170億円を48億円も上回り約218億円の大赤字となった。最終損益が赤字になるのは03年12月期以来、11年ぶりのことだ。ちなみにFC(フランチャイズチェーン)を加えた全店売上高は約4463億円(同11.5%減)。また店舗数は直営が1009店、FCが2084店の合計3093店であった。
創業以来の悲惨な決算に拍車をかけたのが、今年1月の既存店売上高が前年対比38.6%減と、4割近くも落ち込んだことだ。客数も28.5%減と大幅に落ち込んだ。「マクドナルド離れ」は深刻な状況にある。この異常ともいえる落ち込みに、日本マクドナルドでは「今期の業績予想や配当は未定」として発表しなかった。
一連の品質問題と業績悪化の原因をつくりだしたのは、現会長で前社長兼CEOである原田泳幸氏時代の経営だという指摘が数多くなされている。
原田氏は04年4月21日に日本マクドナルド創業者の藤田田氏が死去した直後に同社社長に就任した。藤田氏は米マクドナルド創業者のレイ・クロック氏が日本マクドナルドの合弁企業相手に選んだ人物で、日本マクドナルドを大成功させた大立者である。米本社は何よりも先に、藤田氏の社葬を開催するか、それが無理なら会社主宰の偲ぶ会を開催すべきであった。ところが、米本社には藤田氏を丁重に葬送するという発想がなかったどころか、これをチャンスと見て「藤田経営の破壊」を仕掛けるのだ。
米本社の考えを経営に反映できる代理人として、アップルコンピュータ社長だった原田氏をスカウトし、04年5月に日本マクドナルドの社長に就けるのだ。原田氏がアメリカ本社から叩き込まれたミッションは、「藤田経営潰し」であり、「藤田派幹部の一掃」であった。原田氏が日本マクドナルドのトップとして乗り込んで最初の取締役会で英語のスピーチを行い、「バスに乗る者はバスに乗れ! そうでない者は辞めろ」という方針を明確に示した。こうして藤田派の経営幹部の切り捨てが始まったのである。
「藤田=悪の権化」を切り捨て
原田氏はアメリカナイズされた合理主義者である。日本式の礼儀や義理人情は一切通用しない。ひたすら米本社に忠誠を誓い、自らの保身に汲々とした。藤田氏の偉大さや功績、その起業家精神をも自らの意思で評価しようとしなかった。米本社も藤田氏へのリスペクトもなく、「藤田=悪の権化」として切り捨てることで日本マクドナルドが再構築できると思っていた。原田CEO時代、日本マクドナルドのホームページからは藤田氏の痕跡が消された。
原田氏は米本社から与えられたミッション、すなわち藤田氏の功績の抹殺、藤田派の幹部の切り捨て、経営システムの破壊などを進めた。原田氏の経営についてはすでに数多く報じられているのでここでは詳しくは触れないが、2つだけポイントを取り上げよう。
一つが、日本マクドナルドの根幹にある「品質管理システム」をコスト削減の名目で外部に委託したことだ。このため一連の異物混入問題が発生した時、その実務を担える人材が流出していたために対応できなかった。原田氏が行き過ぎた組織破壊を進めて人材を流出させたことが、このような問題を引き起こした。
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