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Tohazugatali Economic Review

549とはずがたり(2/3):2004/06/01(火) 22:30
A君:まあ、できるなら「経済力向上心」よりは、「知的向上心」あるいは「社会貢献向上心」ですが。そろそろ、このイースタリー氏の本で上げられている失敗例を若干説明しましょうか。

B君:その前に、いくつか確認した方が良くないか。まず、このイースタリー氏の言い分は、もともと根も葉もない不老不死の薬に類似した「経済学的処方箋」を経済学者が書きすぎたということが原因だというもののように思える、ということ。

C先生:加えて、我々の言う「開発」は、人間開発が目的であって、「経済開発」だけが目標ではない。しかし、確かに、経済開発が人間開発にとって必要条件であることは事実である。この本は、貧困の克服という、最低限必要な経済開発について述べたものであることを確認したい。
 それに、この本は、環境について何も述べていない。プロローグで著者自身が指摘しているように、「有害な汚染をもたらす主体がそれを除去すり費用を負担するといった適切な環境政策を取ることによって環境に対する経済成長の悪影響を緩和することができる」、と考えているようだ。本HPでは、この有害な汚染という点は、実は余り心配していないのだが、「資源の過剰利用による発展の阻害」は大変に心配。この本は、地球資源の限界がそれぞれの国の経済的な発展を阻害する可能性についても、なんら考察をしていないことを確認しておく必要がある。

B君:すなわち、「持続的」というキーワードは必ずしも視野に入っていないということ。本当に初期段階での経済発展に関する記述だということ。

A君:そんな限界を認識した上で、失敗例をひとつ紹介しましょう。

ガーナの例
 1957年に黄金海岸がガーナとして独立。当時、世界のカカオの2/3を供給していた。アフリカで最良の学校もあった。教育が経済成長をもたらすもっとも重要な要因の一つだと考えた。ガーナへは投資もあり、投資も同じように大切だと考えられていた。

 1950年代、ンクルマの自治政府とイギリスは、道路を作り、病院を作り、学校を作った。アメリカ、イギリス、ドイツの企業がこの新しい国に投資の関心を示した。当時、ガーナ人は、「経済王国をめざそう」と書き残している。

 ンクルマは、世界のエコノミストの協力を得た。ダッドリー・シアーズは、1952年、「タルクワからタコラディまでの道路建設に援助すれば、そのリターンは極めて高いはずだ」と述べた。

 ンクルマは、ヴォルタ川流域に大きな水力発電ダムを計画しはじめており、その発電能力は、アルミ精錬所建設に十分なものだった。ンクルマは、アルミ精錬が開始されれば、下流部門を含めたアルミ工業が発展すると期待していた。

 鉄道と苛性ソーダ工場が建設されると、この壮大な工業地帯が完成することになっていた。外国人顧問団のレポートによれば、ガーナの北部・何部を結ぶ水上交通もできると熱心に主張している。このヴォルタ湖に新しい漁業も生まれることになっていた。ダム建設によって、3500平方マイルの農地が水の下に沈むが、ダム湖の水を利用した大規模かんがい農業がその損失を補って余りある、とされた。


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