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Tohazugatali Economic Review
1877
:
とはずがたり
:2017/12/13(水) 09:04:18
熱統計力学の応用とか行けると思うんだけどねえ。俺にその能力がない。
一般均衡の幻想 現実経済を分析できず
https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/arata-yoshiyuki/01.html
荒田 禎之 研究員
「マクロ経済学には大きく新古典派経済学とケインズ経済学の2つがあり......」
大学の学部生向けの教科書ではこのような教え方をすることが多い。そして、財政・金融政策に話題が移ると、多くのページを割くのはケインズ経済学についてである。しかし、これがマクロ経済学の基本と思って大学院に進んだならば、その学生はひどく戸惑うことになるだろう。多くの大学院でまず勉強する内容は、ケインズ経済学の延長線上にあるものではなく、完全な別物と言っても過言ではないからだ。
この状況は1970年代にマクロ経済学に起きた激変を反映したものである。キーワードは「ミクロ的基礎付け」だ。
例として、インフレ率と失業率が逆相関するという「フィリップス曲線」を取り上げよう。今、マクロデータを検証してフィリップス曲線が観察されたとする(図・P1)。しかし、だからといって、政策当局がその曲線上の点を都合よく選ぶことができると考えてはならない。
仮に政策当局が失業率を下げようとインフレ率を上げる政策に踏み切ったとしても、企業や家計がこの政策変化から将来のインフレ率を完全に予測できるならば、価格をそのインフレ率に合わせて変更しさえすれば、企業や家計にとって実質的な変化はなく、失業率も変化しないからだ。インフレ率が上がるだけである(図・P2)。
これは、企業や家計の形成する期待によっては、政策変化がフィリップス曲線そのもの、つまりはマクロ変数の関係を変化させてしまうことを意味している。マクロ変数だけを見ていてもどうしようもないのだ。そこで、企業や家計というミクロの経済主体の行動、特に合理的な個人の最適な行動にまでさかのぼってモデル化し、それをベースにマクロ変数の関係についての議論をするべきだ、ということになる。これが「ミクロ的基礎付け」と呼ばれるものである。
ルーカスの勝利宣言
このミクロ的基礎付けという考えは、70年代以降、中央銀行の政策論議の範囲を飛び越え、マクロ経済学のありとあらゆる分野を席巻することになった。そして、このミクロ的基礎付けを持っていないとして、それまで経済学の主流を占めていたケインズ経済学は厳しい批判にさらされ、葬り去られることになる。
例えば、87年のルーカスの講義録にはその考えがよく表れている。ルーカスは「近年の最も興味深いマクロ経済学の進展は、インフレや景気循環のようなマクロの問題が、ミクロ経済理論の一般的なフレームワークの中で扱われるようになったことであり、この進展が進めば、マクロという言葉自体も使われなくなるだろう」と述べている。そして、ケインズ経済学について「理論にそぐわない、理解し難い現象が現れた時に、それは何か全く別の経済理論の証左だと言いたくなる誘惑に屈服したものである」と切り捨てている。
この見方から言えば、ミクロ経済学とマクロ経済学を隔てるものは存在しない。現在広く受け入れられている動学的確率的一般均衡論(DSGE)もこの見方を踏襲し、個人の最適行動から議論がスタートするという点では同じである。そのため、論文の中心を占めるのは、家計や企業など経済主体の最適な行動をいかに解くかであり、大学院のマクロ経済学で扱う内容もここに焦点が置かれることになる。
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