したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

近世日本史スレ

81とはずがたり:2006/07/01(土) 23:10:54
<東海>三重県

高校の古文の試験で芭蕉の旧仮名遣いを問われて解らなかった。。正答>ばせを(今調べたら「ばせう」でも可のようである)

「伊賀市」と表記統一 2説ある芭蕉生誕地
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060628-00000006-cnc-l24

[三重県] 伊賀市内に2カ所の説がある俳聖松尾芭蕉の生誕地について、両説に基づく2つの芭蕉顕彰団体の調整会議が27日あり、今後、顕彰や観光面では「生誕地は伊賀市」として記述し、細部には触れないことを決めた。両説を併記する案もあったが、強硬な反対意見が出て大まかな表現にとどまった。 

 芭蕉の生誕地には旧上野市の上野赤坂町と旧伊賀町の柘植町の2説があるが、100パーセント決め手となる史料はなく、それぞれ財団法人芭蕉翁顕彰会と、いがまち芭蕉翁顕彰会が独自に顕彰活動を展開してきた。

 しかし両旧市町を含む市町村合併で伊賀市が発足したのを機に、両団体が一本化することになり、それぞれ5人ずつの代表者でつくる「芭蕉翁顕彰事業調整会議」で協議。生誕地の表記についても統一するべきだとして議題に上った。

 調整会議は市内の市芭蕉翁記念館であり、両団体に配慮して両説を併記する案が出たが「学術的な研究では“上野赤坂町説”が通説となっており、両説併記には賛成できない」などと反対する意見が財団法人側の委員から出て、まとまらなかった。

 一方で「細部にこだわる必要はなく、観光客らに説明するには『伊賀市』で十分ではないか」という声もあり、現時点では踏み込んだ表現は避けることで決着した。

 このため、今後、必要があれば、専門家の意見を聞くなどして学術面から、記述方法を再検討することも申し合わせた。(森本智之)
(中日新聞) - 6月28日14時21分更新


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板