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統一地方選・地方議員関連統一スレッド

6285とはずがたり:2007/04/29(日) 23:33:10

南12区・北2区
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000230704040001
2007年04月04日

◇南12区 合併で失職 元市長再参入

当18,665佐藤 征治郎67社民元3(元)岩槻市長
当14,528小島 信昭41自民現3自動車会社会長=反上田
□12,805大沢 立承60自民現 党県議団長=親上田
3,006大石 豊47共産新 党地区委員

 選挙戦中盤の3日、小島氏は三輪バイクで商店街や住宅地を回り、支持を訴えた。バイクには若さや機動力をアピールする狙いもある。
 「この選挙は父の代からの因縁の戦いでもあります。どうか決着を付けさせていただきたい」
 先月30日の告示日にあった出陣式。数百人の支援者を前に小島氏は右手拳を掲げてそう訴えた。
 小島氏の亡父重一郎氏と大沢氏、佐藤氏の3人は90年代前半、県議の二つのいすを激しく争った。91年には大沢氏が、95年には重一郎氏が落選している。
 汚職事件で当時の岩槻市長が辞職したのを受け、98年に佐藤氏が市長に転じた後は、小島父子と大沢氏が県議の座を守ってきた。それが今回、05年のさいたま市との合併で市長を失職した佐藤氏が立候補し、12年ぶりに3陣営が県議選で相まみえることになった。

 佐藤氏は「市長をやったからこそ、行政のチェック機能を果たすべき議員の本当の役割がわかった」と語る。社民唯一の県議候補で労組の後押しを受けるが、最大の強みは、市長を7年務めた知名度。選対幹部は「投票率が上がれば有利」とみる。

 対する現職2人は佐藤氏だけでなく互いの動きも警戒する。3万票弱と言われる保守票を大沢氏が地盤の南部から、小島氏が北部から奪い合う。

 2人は同じ自民でも、党内では上田清司知事に近い「主流派」と「反主流派」に分かれる。2月末に「市民会館いわつき」であった大沢氏の集会には上田知事が出席した。一方、同じ場所で1週間後にあった小島氏の集会に知事の姿はなく、駆けつけたのは土屋義彦・前知事だった。

 その3人に割って入ろうとするのが共産の大石氏。「さいたま市との合併への住民の不満の受け皿になれれば」と話す。

◇北2区 路線巡り「旧友」対決

当12,937岩崎 宏61無所属新1農事組合代表←自立派
□12,320小菅 健夫64自民現 室内装飾業会長←合併派に転向

 同じ小鹿野町から立った保守系2人の戦いは、05年10月の旧小鹿野町と旧両神村の合併を引きずる。合併の是非ではない。同じ合併を目指した同士の、いわば「昨日の友は今日の敵」のような構図だ。

 旧小鹿野町は合併前、「広域合併」か「小さな合併」かをめぐり大揺れした。秩父郡市の9市町村による「広域」を唱える当時の町長側と、両神村、吉田町(現・秩父市)の西秩父3町村による「小さな」を求める住民側との対立だ。

 西秩父商工会長だった小菅氏は、「小さな」の側で3町村長に建議書を出し、「実現する会」の副会長に就任した。同商工会副会長(当時)で両神村在住の岩崎氏は、同村で同じ趣旨で発足した「合併を考える会」の会長だった。

 「実現する会」は、有権者の半数以上の会員を集め、自主投票や住民投票を経て、吉田町を除く両神村との「小さな」を実現させた。住民投票の結果は、「小さな」が3689票(53・9%)、「広域」が2998票(43・8%)だった。

 岩崎陣営によると、03年の県議補選で無投票当選した小菅氏は、その後「小さな」から「広域」に転じた。岩崎氏は昨年12月、小菅氏を「心変わり」と批判し、立候補の動機の一つに挙げた。

 小菅陣営も応戦する。今年3月、自身が執筆した後援会報で「地域間格差をなくすため」と「『秩父はひとつ』を目指します」と宣言した。小菅陣営の幹部は「批判に対抗するため、あえて対立軸を出した。広域は時代の流れだ」と言う。

 05年10月の合併直後の町長選では、「小さな」を訴えた元職が、「広域」を唱えた現職を破った。その差は5票だった。
 「広域合併」か「小さな合併」か――。小鹿野町の有権者は、何回目かの選択を迫られている。


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