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統一地方選・地方議員関連統一スレッド

5003片言丸 ◆MACDJ2.EXE:2007/02/06(火) 19:43:28
「大きな河の流れ」:柿本県政の15年/1 後継者指名 /奈良
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/nara/news/20070206ddlk29010579000c.html

 ◇頑固さが押し切った

 5選への動きが注目されていた柿本善也知事(68)は昨年12月、突如引退表明をした。県政について柿本知事は「施策や事業はさまざまな波を作りながら流れ、本来切れ目はない。大きな河の流れのようなもの」とよく言い、11月の任期満了を前に、後継者に自民党の荒井正吾・参院議員(62)をすかさず指名した。「適切な潮時を見つけ、進退を決めることを考えていた」と語った柿本知事の15年を追った。

 「まじめでおとなしく、目立たないが、よく勉強していた。お父さんは『大学にやって、偉い人にする』、お母さんは『(法相、国土庁長官などを歴任した)奥野誠亮(せいすけ)さんの後を継ぐような人にしたい』と言っていたそうだ」。一つ年上で、幼なじみでもある県柿本善也後援会会長の酒本昌彦さん(69)はこう話す。

 柿本氏は大和高田市出身で、東大進学まで同市で暮らした。生家は小学校前にあった文具店。普通の家庭で、父親は、戦前まで旧制畝傍中学校の数学教師を務めていた。同中の卒業生で、旧自治省事務次官から政界に転じた奥野氏(93)は、「柿本君が東大受験をする時、お父さんから『この学力で通るだろうか』と相談されたことがある」と述懐する。奥野氏が、旧自治庁税務部長だったころの話だ。

 柿本氏は東大卒業後、旧自治省で地方債課長や財政課長、官房審議官などを務めた。90年、自治大学校長から副知事に迎える人事は、「(当時の)上田繁潔知事らが、県出身者の中から柿本君をもらいたいと言ってきた。財政、国政に明るく、自分の考えで県政を引っ張れる人が条件だった」(奥野氏)という。

 上田知事の引退表明で、副知事の柿本氏が知事選に立候補したのは91年。県庁OBらによる上田知事の後援会組織を引き継ぎ、初当選を果たす。95、99年は圧勝したものの、03年の4選目は、前田武志氏(民主参院議員)と共産候補の合計得票数に及ばず、勢いに陰りが見えた。

   ×  ×

 柿本氏は「県政報告会」を各地で開き、最後は10月11日、奈良市の月ケ瀬公民館で開いた。同日夜、大阪市内で開かれた荒井参院議員のパーティーに出席。来賓の柿本氏は、「荒井先生は議員会館にソファーでなく仕事机とイスがあり、いきなり書類を広げて話を始められる。仕事熱心な方です」と持ち上げた。約1000人の参加者のうち、誰が、その後の2人の行方を予想できただろうか。

 「引退するのではないか」。そんなうわさが周囲に伝わるようになったのは、昨年秋ごろ。ただ柿本氏の後援会幹部は「5月ごろ、5選出馬はしないと聞いた」と証言する。一方、毎日新聞の取材に対し、柿本氏は「いや、春ごろは胸の内に秘めていた。人に言ってしゃべられたら困りますしね」と煙(けむ)に巻いた。

 荒井氏へのバトンタッチの相談を受けたという奥野氏は、「荒井君については『自民党は手放さないよ。難しいよ』と言ったのだが。柿本君は頼み込んで、とうとう横取りしたよ。頑固さが押し切った形になった」。そう言って目を細めた。=つづく

毎日新聞 2007年2月6日


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