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統一地方選・地方議員関連統一スレッド
4685
:
やおよろず
:2007/01/30(火) 00:03:36
二大政党制の確立を目指して導入された小選挙区制度。「一政党一候補」の仕組みにより、自民公認同士が激しくぶつかる派閥対決はすっかり影を潜めた。
中選挙区時代、津軽地方をエリアとした旧青森2区。県政界をリードした田沢吉郎(故人)、竹内黎一という自民の両雄が並び立ち、保守系の木村守男らが割って入る構図が長らく続いた。
しかし、一九九六年の衆院選で、田沢と竹内はそろって地盤となる青森4区からの出馬を見送り、比例代表に回った結果、落選。一方、4区は新進公認の新人で木村の長男・太郎が「田・竹連合」の推した自民の津島恭一を破って初当選した。
以後、4区は太郎の当選が続いている。衆院議員から県知事に転身、自民と対立関係にあった守男が自民寄りにスタンスを変えたこともあり、一期目の途中には自民への復党を実現した。
ライバル関係にあった津島恭は比例代表に転出し、今では自民を離れた。民主の有力な対抗馬も見当たらない。太郎は過去四回、常に十万票以上を獲得。得票率50―60%と安定した強さを誇る。
木村派の県議・阿部広悦は「二大派閥のすき間を突いて勢力を広げてきたが、今は政党同士の争い」と、胸を張る。
ただ、4区の自民内部には合流前の対立感情が消え去らない。守男の女性問題への対応をめぐって混乱を極めた二〇〇三年の政変では、自民の非木村勢力が主体的に動き、知事辞任を演出した。
自民国会議員は、今年四月の弘前市長選で木村派が全面支援した自民推薦候補の敗北を挙げ「そう簡単に牛耳ることはできない」と指摘する。
田沢の“裏選対”を務めた自民県議はこう予言する。「表向きは静かだが、しかるべき時には、強い相手に立ち向かう人が必ず出てくる」。これに対し、木村派県議は「われわれは自民の中でまとまっているだけ」と、“派中派”を自認する。4区では、派閥は決して過去のものではない。
http://www.daily-tohoku.co.jp/kikaku/kikaku2006/syousnekyo/syousenkyok_03.htm
>>4684
たしかに・・・六ヶ所村関連で政府と丁々発止やってたころは良かったんですが
しかし、太郎氏の圧倒的な勝ちっぷりを見ると、津軽では無敵ではないかと?
自民と関係なく「木村」で戦えそうな感じですね
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