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統一地方選・地方議員関連統一スレッド
3936
:
現実責任二大政党論者@新進党の理想
:2006/12/03(日) 04:29:21
【新進党から学ぶこと】しかし、89年から92年にかけて国際社会で冷戦構造が緩やかに崩壊していくのと同時に、日本国内でも本格的な政党間の政権交代が期待されるようになった。自民党幹事長だった小沢一郎氏が93年に党を割り、非自民政権を樹立して小選挙区制度導入を柱とする政治改革関連法を成立させたのは、そうした国際情勢の変化から、日本の進むべき道をいち早く読み取っていたからだった。
中選挙区制と異なり、小選挙制では1つの選挙区で当選できるのは1人だけだ。だから有権者は「与党か、野党か」の二者択一を迫られる。これにより、解散総選挙は「政権選択選挙」の色彩を帯びた。
小選挙区制の導入は、小沢氏が主導した政界再編とセットで行われることにより、自民党内の派閥間闘争を、政権を賭けた本格的な政党間競争に移行させるはずだった。そのために小沢氏らが用意した舞台装置が「新進党」だった。中選挙区時代に同じ選挙区で議席を争った自民党議員のうち、片方が地元後援会ごと新進党に移籍するケースが全国で相次いだ。新進党は、派閥闘争を政党間のオープンな競争に移行させる役割を負っていたのだ。
新進党解党後、同党に代わって政権交代を目指す野党第一党となったのは、社会党右派と新党さきがけ、日本新党などの議員が中心になって結成した「民主党」だった。環境や福祉を重視し、欧州の「緑の党」に近いスタンスでスタートした同党は、民間労組の支援を受ける民社党など、新進党の残党を受け入れることで勢力を拡大。03年には小沢氏の自由党とも合流し、公明党を除く旧新進党のほぼ全勢力を回収することとなった。
一方、小選挙区制の定着は、自民党の現職がいる選挙区では、保守系の新人は出ることができないという弊害をもたらした。その結果、(松下政経塾出身者に代表される)ポスト冷戦時代の新しい保守主義者たちは、現役の公認候補が少なかった民主党に「受け皿」としての活路を求めた。
http://blog.goo.ne.jp/yamakawa21/e/31a5ae5303d84a24ab54fd45e0c52f02
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