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統一地方選・地方議員関連統一スレッド
3935
:
現実責任二大政党論者@新進党の理想
:2006/12/03(日) 04:27:25
【新進党から学ぶこと】9月の衆院選で歴史的大敗を喫した民主党が、足腰の弱さを指摘されている地方組織のテコ入れに動き出したようだ。同党に近い関係者から聞いた話では、2007年の統一地方選に向け、各地方で非自民勢力を総結集した「地域政党」を結成し、反転攻勢の礎石にしたい考えだという。
中央政界と異なり、地方政界では民主党はまだまだ弱小勢力だ。都道府県議会では自民党系会派が数十人規模なのに対し、民主党系は2,3人という例も珍しくはない。農漁業や建設業が中心の地方社会では、やはり保守の土壌は堅い。
かつて「保守2大政党制」を目指した政党があった。細川連立政権の与党だった8党派から、社会党や新党さきがけなどの左派勢力が離脱した後、結成した「新進党」である。1996年衆院選で自社さ政権に敗れ、一度も政権を取ることなく翌年12月に解党したが、筆者は今でも、この頃の自民党VS新進党の時代こそ、日本政界が「政権交代可能な2大政党制」に最も近づいた時期だったと思っている。
自民VS新進の対立構図は、衆院選への小選挙区制導入が招いた必然だった。一つの選挙区から複数の候補者が当選できる中選挙区制では、同じ選挙区に自民党の候補者が複数立つことができた。このことが自民党内の派閥闘争を激化させたことは、よく知られている。
たとえば旧群馬3区では、福田派の福田赳夫元首相、中曽根派の中曽根康弘元首相、田中派の小渕恵三氏(後の首相)の3人がトップ当選を目指してしのぎを削った。他の選挙区でも多くの場合、出身派閥ごとに擁立された候補者が、同じ自民党候補と骨肉の争いを演じていた。彼らにとって、敵は社会党などの革新勢力ではなく、他派閥に支援された保守系候補だったのだ。
派閥は、政党間の政権交代が体制転換に直結した東西冷戦時代において、保守党内での「擬似政権交代」を担保する党中党の役割を負っていた。「昔の自民党は右から左まで様々な意見があって、活気があった」といわれるのはこのためだ。
http://blog.goo.ne.jp/yamakawa21/e/31a5ae5303d84a24ab54fd45e0c52f02
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