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統一地方選・地方議員関連統一スレッド

3138小説吉田学校読者:2006/10/12(木) 07:10:28
佐藤前知事疑惑の原点、88年初当選の回顧ルポ

知ろうとせぬ「罪」/(上)クリーン
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000610110005

 映画「ロッキー」のテーマソングが館内に流れた。2時間前から待っていた約600人の目は壇上に注がれた。
 スポットライトを浴びて、当時49歳だった知事候補、佐藤栄佐久氏が姿を現した。
 「知事選は、私にとって三つの挑戦です。知事は県民が選ぶという当たり前の民主主義を守る挑戦、金権がはびこる政治体質を改善しようという挑戦、道路とダムの建設だけでは解決できない県の課題に対する挑戦です……」。88年8月、熱塩加納村(現喜多方市)の村民会館は、支持者の熱気に包まれた。
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 76年、当時の木村守江知事(故人)は公共工事を巡る収賄容疑で逮捕された。その後、「会津の殿様」と言われた、松平勇雄氏(同)が3期12年を務めた。
 松平氏の後継が模索されていた87年、自民党建設族の大物議員らが、建設省(当時)の現職技監で、59歳になる広瀬利雄氏の擁立を強く求めてきた。
 県内の土建業者たちは「広瀬氏支持」一色となった。競売入札妨害(談合)容疑で逮捕・起訴された、「佐藤工業」会長の佐藤勝三被告(67)も当時、福島市で広瀬氏の選挙事務をつかさどっていた。佐藤会長は逮捕前「あの時は県の土木部が部長以下、組織あげて業界の尻をたたいていた」と話していた。
 自民党県連の主流派も広瀬氏支持。当時の社会党や社会民主連合も広瀬氏側についた。資金は潤沢で人手も多く、「圧勝間違いなし」に見えた。
 当時、佐藤氏は参院議員1期目。後日、知人の一人に立候補を決めたきっかけを、こう話している。「この時期、異常なぐらい、『東京』の意向で知事選に出馬して知事になるケースが増えていた。福島では副知事が出るのかなと思っていたら、建設省の技監が乗り出してきたんで、これはおかしいと思ったんです」
 松平氏とその後援会は佐藤氏を支援した。松平後援会幹部だった坪井孚夫・県商工会議所連合会会長(当時)は「建設省の現職を知事にというのは、裏返せば『クリーンな松平じゃだめだ』というメッセージ。汚職で大騒ぎした後なのに、土建業界の代表みたいな人を担ぐのは、もうまっぴらだった」と振り返る。
 日本青年会議所で活躍していた頃から佐藤氏を知る支援者の一人は「きまじめで一本気」「若々しくてクリーン」という佐藤氏のイメージが、土建屋政治の対極にあったと分析する。
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 投開票日の2週間ほど前、世論調査で「佐藤氏優位」が報じられると、業者が佐藤選挙事務所の裏口に並んだ。「手打ち」のためだった。88年9月、佐藤氏は22万票の大差をつけて圧勝した。
 その後、佐藤勝三会長も佐藤氏陣営についた。「それでも知事は広瀬氏側についた我々業者を決して許していなかった」。別の建設会社経営者は「だからこそ、忠誠のあかしとしてカネが必要だった」と分析する。
 佐藤氏は「李下(りか)に冠を正さず」と言い、徹底して土建業者との接触を避けた。年始の団体でのあいさつは別として、知事室や公舎に業者を近寄せなかった。
 だが、自らが業者を遠ざけたことが、かえって競売入札妨害容疑で逮捕された実弟の佐藤祐二容疑者(63)や、辻政雄被告(59)ら、談合の「仕切り役」がはびこる隙(すき)を生んだのではないか、と指摘する声もある。
 元県議の一人は「業者に会わなければクリーンというのは陳腐」と吐き捨てる。「会わないというのは単なるポーズ。むしろ、『仕切り役』とされる人たちに対し、注意すべきだった」
 実弟の関与、政治献金の動き、官製談合――新たな疑惑が指摘されるたびに、佐藤氏は記者会見で「知らなかった」と否定した。
 だが、支援者の一人は首をかしげる。「知事は『知らせるな』と言っていた。だから、私たちも知らせなかった。だが、知ろうとしなかった罪はないのか」
          ◇
 佐藤栄佐久氏(67)は9月27日、実弟逮捕に対する道義的責任をとって知事を辞職した。「若さと清潔さ」をアピールして就任した佐藤氏が、なぜ疑惑にまみれて退場することになったのか。5期18年の陰で何が起きていたのか。崩壊に向かった「王国」の姿を追う。


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