[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
金融機関観察スレッド
3000
:
チバQ
:2017/11/17(金) 16:30:46
■拓銀を知るキーワード
21世紀ビジョン 拓銀が金融自由化を見据え、1990年9月にまとめた経営戦略。若手の行員と経営コンサルタント会社マッキンゼーが共同で策定した。道内でのリーディングバンクとしての基盤を固める一方、首都圏での小口貸し出し強化策、国際部門でのアジア重視などを重要戦略に据えた。
柱の一つとして盛り込まれたのが、有力な道内新興企業の育成を目指す「インキュベーター路線」。10月にその機能を担う総合開発部を設置。戦略に沿って融資拡大に動いた結果、不良債権の増大を招いた。
カブトデコム 拓銀の全面的な支援のもと、ホテル、マンションの建設や転売で急成長を遂げた札幌の建設・不動産業者。公共事業に頼る建設業者が多い中、民間物件の開発提案企業として躍進。談合拒否の姿勢でも注目された。
胆振管内洞爺湖町に、道内最大級の会員制リゾート建設を構想。1990年にホテルエイペックス洞爺(現ザ・ウィンザーホテル洞爺)を着工した。
ホテル開業の93年に業績悪化が表面化。拓銀は同年11月、同社への金融支援停止を表明したが、巨額の融資は不良債権化し、拓銀破綻の一因になった。
ソフィア・グループ 拓銀が、カブトデコムとともに力を入れて支援した札幌の新興企業。本業は美容室。1988年、欧州のクアハウス(温泉保養施設)をヒントに、札幌市北区茨戸地区に健康リゾート施設「札幌テルメ」(現シャトレーゼガトーキングダムサッポロ)を開業した。93年には隣接地にリゾートホテル「テルメインターナショナルホテル札幌」も開業させた。
バブル崩壊もあって経営は悪化したが拓銀は追加融資を続け、不良債権を膨らませた。同グループの元社長は拓銀破綻後、元頭取2人とともに商法の特別背任罪で実刑判決を受けた。
総量規制 大蔵省は1990年4月、金融機関に対し、不動産向け融資の伸び率を総貸し出しの伸び率以下に抑えるよう指導した。高騰していた不動産価格の抑制が目的。
列島改造ブームで土地投機が広がった73年以来の措置。景気の減速感が強まったとして、91年12月に解除された。規制の効果もあり、翌92年3月発表の公示地価は17年ぶりに前年割れとなった。ただその後、長期にわたり不動産価格は反転せず、急激な景気後退をもたらしたと批判されることも多い。公示地価下落は、2005年まで14年続いた。
コール市場 銀行や生命保険会社など金融機関の間で、短期の資金を融通し合う市場のこと。「コール」は英語の「call」で、呼べばすぐ返ってくるほどの短期間の貸し出しをするという意味。日々の資金の過不足を調整する役割を担っており、借りた翌営業日に返済する「無担保コール翌日物」という取引が一般的だ。
信頼度の高い金融機関しか参加できない仕組みだけに、1997年11月3日の三洋証券破綻の翌日に起きた債務不履行は、参加者を疑心暗鬼に陥れた。同市場での資金調達の難航が、拓銀破綻の引き金になった。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板