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雑談スレ

4752小説吉田学校読者(相撲LOVE):2006/07/30(日) 08:53:18
これ、噂には私聞いていましたが、画像で見たのは私も初めて。地方巡業でもこういう光景があるそうだ。それで良し。「砂」は記念になるけど、「俵」はねえ。

(続き)
 名古屋人を土俵の奪い合いに駆り立てるその気質とは何か。地元出身の識者に読み解いてもらうと−。
 「要は花ドロボウと同じことでしょう」
 『名古屋学』というタイトルの著書がある出版プロデューサーの岩中祥史氏は開口一番こう言った。
 商店の開店祝いで店先に飾られる花は、名古屋ではオープンと同時に近所の人たちが寄ってたかって引き抜いていく。午前十時に開店したとすれば、昼には残骸(ざんがい)だけになる。
 「おめでたいものの一部をもらうことで、自分も幸運にあずかろうということ。そのままにしておいても枯れてしまうだけなら、ほしい人がもらっていきゃいいがね、と名古屋人なら自然に思いますね」
 土俵に群がるのも、これと同じ発想からくる。
 「土俵は神事にかかわるのでありがたみもある。しかも千秋楽の後はもう使わない。どうせ捨てるなら、とりあえずもらっとこうということですよ」
 ついでながら花ドロボウは葬儀でも見られる。この場合、争奪戦は出棺後だ。
 ここまで読んできた読者は、名古屋人をひどくケチと思われるかもしれない。しかし「いえ、決してケチなんかではありません」と力説するのは名古屋を中心に活躍するタレントのつボイノリオ氏だ。
 「本当のケチは最後まで金を出さんでしょう。名古屋の人は、金をかけんでもいいところには徹底して金を出さず、かけるべきところにはドバッと出す。嫁入り道具に大枚をはたくのもその表れ。緩急とメリハリこそが名古屋人の金銭感覚の真骨頂ですわ。そのおかげで、名古屋経済はバブルに踊らされることもなかったと自負しとります」
 最近はパロマやトヨタの不祥事で名古屋経済も旗色が悪くなってはいるが…。
 さて会場の愛知県体育館を出て、最寄りの地下鉄駅まで歩いていく途中、道端に円柱形の不審な物体を見つけた。よく見ると、ついさっきまで争奪戦のお宝だったはずの俵ではないか!
 主を失った哀れな俵を持ち上げてみた瞬間、捨てられた理由が分かった。
 俵の中身は砂で、見た目以上に重い。本場所中は水をたっぷり吸い込む。しかも蒸し暑いので、もうカビが生える寸前なのだ。観客は掘り出したものの、いざ持ち帰ろうとしたら実用性のなさに興ざめしたのだろう。前出の本社事業局の担当者によると、「俵は毎年必ず一、二本は会場近くに捨てられている」という。
 「そこらへんも名古屋人らしいねぇ」と笑うのは、『蕎麦(そば)ときしめん』など名古屋を題材にした作品も多い小説家の清水義範氏だ。
 「タダで持っていっていいという情報そのものに飛びついてしまう。どうせもらうなら、重いもんの方が価値があると信じているのに、肝心の中身は確かめない。そういう人こそ、娘の結婚式の引き出物はかさ張って重いもんじゃなきゃあかんと考えとる人だわね」
<デスクメモ>
 古来、日本人はモノにも神が宿ると信じてきた。木にも、山にも、また、かまどにも神はいた。神事の場の土俵にも、たとえば、朝青龍と白鵬の迫真の一番などをみると、力士の「魂」が宿るだろう。もっとも、「土俵の中には金が埋まっている」との名言もあったから、そっちの御利益も期待できる? (透)


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