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雑談スレ

4491小説吉田学校読者(眠い):2006/02/13(月) 18:41:30
でも右傾化している私ですから、日本的浪花節も好きなのであります。この写真いいなあ。
でも、チームアイコの一員でもあるお母さん。チームの一員として、これを作ったということは「メダル取れないかもしれない」と思っていたのでしょう。
やはり、故障が響いたか。そして、それを一番心配するのは親なのかもしれません。
記事は読売のがいいなあ。

家族ら手作り“金メダル”胸に、愛子こぼれる涙
http://www.yomiuri.co.jp/torino/news/20060213i103.htm

【サウゼドルクス=小島剛】追い続けてきた夢は、またもかなわなかった。
 トリノ五輪2日目の11日(現地時間)に行われたフリースタイル・モーグル女子で5位に終わった上村愛子選手(26)。高校生で出場し、いきなり7位入賞を果たした長野五輪から8年。3度目のメダル挑戦もあと一歩及ばなかった。
 だが、胸には家族や仲間から贈られた手作りの「金メダル」が輝いていた。精神的な支えだった母親の圭子さん(54)は「結果はともかく、よく頑張った」とまな娘を気遣った。
 2度目のエア(ジャンプ)で難易度の高い大技を見事に決め、うれしさの余り両手を高く上げながらゴールに滑り込んだ。その先でかたずをのんで見守っていた圭子さんら「team―aiko」のメンバーから歓声が上がった。しかし、後続選手にポイントで抜かれ、メダルの可能性が消えると、ため息に変わった。
 支援企業がスポンサーとなり、上村選手を支えるチームには、専属トレーナーや栄養士のほか、“メンタルトレーナー”として圭子さんも名を連ねる。トリノ入り後は、地元・長野県白馬村のスキー仲間も加わり、選手村近くにアパートを借りて食事の世話や相談に乗った。「お母さんの手作り料理を食べられるのはとても心強い」。上村選手はそう話していた。
 兵庫県から白馬村へ転居後、圭子さんは女手一つで上村選手を育ててきた。「お母さんのお赤飯を食べたい」「お母さんにこの景色を見せてあげたい」。海外の合宿先などから書き込んだ上村選手のブログには、母親思いの言葉が並ぶ。
 モーグル会場を後にする上村選手が、客席の圭子さんに近づいていった。「なかなかメダルが取れない……」と上村選手。圭子さんは「よくがんばった」と、柵越しに手作りの金メダルを掛けようとしたが届かず、隣にいた別のメンバーが手を伸ばした。
 「愛ちゃんありがとう。おかあさん幸せや」。裏側に圭子さんらがびっしりと寄せ書きした大きな金メダルは、数日前、チームのメンバーが金紙で紙皿を覆って作った。それを首から下げた上村選手はフラッシュを浴びると、こらえていた涙がこぼれた。
 ケガや不調で苦しんだ時も、温かい言葉を掛けてきた圭子さん。「また続けたいと思うなら、頑張ってほしい」。まるで娘に呼びかけるようにそう語った。
(2006年2月13日12時51分 読売新聞)


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