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PC関連スレ

2050とはずがたり:2017/02/06(月) 19:33:09

業界がAMDのサポートを表明

次第に業界でのサポーターも増えてきた。マイクロソフトはインテルの64ビットCPUにWindows NTを対応していたが、何しろItanium の出荷の遅れと性能の悪さで市場に普及しないのにイライラしていた。業を煮やしたマイクロソフトは、AMDのOpteronの発表直前に(多分2003年の1月か2月だったと思う)、世界のソフト開発パートナーを集めて行う年間行事Developer Conference(通称デべコン)で突然AMD64のサポートを表明して業界を驚かせた。

マーケティング部の私はその発表が行われることは本社から知らされていたが、他言することはもちろんできない。その発表の直後、当時の業界有力誌の記者で懇意にしていたK氏から(K氏は今でも現役で頑張っていらっしゃる!!)私の携帯に電話がかかってきた。"吉川さん、マイクロソフトがデべコンでAMD64へのサポートを表明しましたよ!!これは大変なことですよ!!"、と興奮した声で現地からのリアルタイム報告である。これには非常に元気が出た。UNIX/LINUX陣営は早々にAMD64へのサポートを表明していたがマイクロソフトのサポートは業界全体へのインパクトは非常に大きい。

もう1つ大きな味方が加わった。HPC業界である。HPCはHigh Performance Computingの略語で、所謂スパコン(スーパー・コンピューター)の業界の人たちである。この分野ではもともとコンピューターの知識が圧倒的に豊富な人たちがやっているので、Opteronの優位性を説明する必要など何もない。それまでに発表されていたAMDの技術情報をいち早く入手していて、日本法人のマーケティングである我々よりも理解している人たちばかりだった。

そこで私は非常に重要な人物と運命的な出会いを経験した。東京工業大学の松岡聡教授である。当時CPUの性能が飛躍的に向上したのにつれて、PCを何百台、何千台とクラスター接合するなど、汎用CPUを利用してスパコンを組み立てる考え方が始まっていた。それまではベクター型の専用CPUをわざわざスパコン用に開発して膨大な費用をかけて組み上げるのが主流であったが、費用の問題と開発期間の問題で大きなチャレンジに直面していた。

松岡教授はOpteronの優位性にいち早く注目していた。シングルコアOpteronの発表後しばらくして、松岡教授率いる東工大チームは、2006年にデュアルコアのOpteronをベースにしたスーパークラスター“TSUBAME 1.0"を構築した。Top500の王座に2002年から2004年まで君臨していたNECのベクター型スパコンの雄、地球シミュレーター(地球上のあらゆる事象をこのスパコンで再現できるという意味でこの名前が付いた)を抜き去り、2006年6月のTop500初登場でいきなり7位にランクされた。この快挙に日本の、いや世界のスパコン業界が仰天し、"MATSUOKA・TSUBAME“はその後のスーパークラスター技術の主導権を握った。 この経緯については別のコラムで先生のお許しをいただいて、特別に話を展開したいと思う。私のAMDでの経験でかなり記憶に残る、また大きな誇りをもってお話しできるイベントであった。

前述のOpteronの発表会にはLinux、Suse、マイクロソフトなど企業系アプリケーションベンダー各社の代表がサポート表明のために登壇してプレゼンを行ってくれたが、ハードベンダーからのサポートはIBMだけであった。IBMはE325というHPC用のサーバーをOpteronで開発して、AMDのOpteron発表とともにサーバー製品をリリースしたが、その用途はHPC(PCサーバークラスター:スパコン)に限るという条件を付けて非常に慎重な態度であった。

いくらOpteronがインテルに対して優位性があるといえども、企業ユーザーはコンシューマー市場と違ってみな慎重だ。新しい技術の取り込みには時間がかかる。ただし、HPCのハイエンド・ユーザーはOpteronの優位性をはっきり認めているので実需要があるわけだから製品を出す、という大変に解かりやすい市場原理を適用したということだ。我々AMDのマーケティング戦略が輪郭を帯びてきた一方で、なかなか短期間には市場浸透は難しいという事を実感した。


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