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PC関連スレ
2041
:
とはずがたり
:2017/02/06(月) 17:27:51
誤解のないように記しておくが、これらのことをIntelが密かに決めていたと言う事実は筆者が憶測で言っているのではない。AMDはいくら待っても、Intelが80386の二次供給ライセンスの話に乗ってこないので、1982年のライセンス契約に基づいてIntelに対し調停訴訟を提起した。それを見たIntelは、すぐさまAMDに80386のライセンスをしないと宣言した。調停訴訟というのは、ハイテクノロジーの業界ではよく出てくる話で、長期にわたり、しかも金がかかる法廷闘争の代わりに、両社の合意のもとに選出された調停人(ほとんどの場合引退した裁判官、判事など法律のプロが選ばれる)に依頼してスピーディーに解決を図る略式訴訟のようなものである。
しかし、実際にはこの調停はもめにもめて、結果的にはAMDの主張がおおかた認められる形で終了することになる。先に述べたIntelがAMDとの関係において秘密裏に決定していた3つの重要な事項は何万ページにわたる双方の内部文書を精査して、多分5年近くはかかったであろうこの調停訴訟の結論として、調停人元判事のバートン・フェルプス氏がまとめた調停文書で発表したものにはっきり述べられている事実認定である。
その後も、AMDとIntelはいくつかの大掛かりな訴訟合戦を繰り返すが、これについては別の機会を得て記述したいと思う。
PCがITのプラットフォームとして爆発的に成長する中、Intelはそれまでの16ビットの80286プロセッサの次期製品、32ビットの80386の開発を終え、1985年10月に16MHz版の最初の製品を正式にリリースした。
一方のAMDはそのころ80286の16MHz版を市場投入していた。当時のアプリケーションには32ビットのビット幅に対応するものは少なく、性能が高く安価なAMDの80286-16MHzは市場でかなり健闘した。その当時の私が手掛けた広告が残っているので掲載しておく。
http://tohazugatali.web.fc2.com/PC/001l.jpg
80286-16MHzの広告
前述の通り、当初はIntelとAMDはx86アーキテクチャの普及で協業したわけだが、80286の普及によりx86アーキテクチャが業界標準となった時点で、IntelにはもはやAMDは邪魔者でしかなかった。そこでIntelは有名な"286X キャンペーン"を大々的に開始する。新製品80386をライセンスしないことでAMDを32ビット製品から締め出すことに加えて、自らが生んだ既存製品80286を否定することによって、AMDを一緒に葬り去ろうという強烈なものであった。286と書いた上に大きく赤のXを付けて、"これからは32ビットの80386の時代です"と書いてある。後にIntel Insideというキャンペーンに発展したものである。
AMDにあって、Intelとの市場での競争に明け暮れた私にとって、Intelは常に大きな脅威であったが、このキャンペーンを初めて目にしたときには本当に驚いた。自らの市場での優位性を維持するために自らが生んだアーキテクチャを殺しにかかる、まるでギリシャ神話にでも出てくるようなテーマに、Intelという会社の徹底ぶりにショックを受けたのを覚えている。
当時のIntelのCEOであったAndy Groveは後にリーダーシップに関する本を書いたが、そのタイトルは"Only the Paranoid Survive(偏執狂だけが生き残る)"であったことを考えるとうなずける点もある。
独自開発に着手 ? コードネームは「Longhorn」
Intelからの80386のライセンスを断念せざるを得なかったAMDは独自開発の80386互換のプロセッサの開発に着手する。テキサスの開発チームに因んで開発コードネームは"Longhorn"と決まった。リーダーは当時まだ30代のBen Oliver、Oliverを支えるのはAMDプロセッサ設計部隊から選ばれた血気盛んな精鋭チームであった。ただし、いくら能力があっても一つだけユニークな条件が付いていた、"Intel社に勤務する親類縁者がいないこと"。
AMDは80386の互換製品独自開発について"リバースエンジニアリング (Reverse Engineering)"の手法を用いた。クリーンルーム版と別名されるこの手法を辞書で調べると、"Reverse engineeringとは、機械を分解したり、製品の動作を観察したり、ソフトウェアの動作を解析するなどして、製品の構造を分析し、そこから製造方法や動作原理、設計図、ソースコードなどを調査する事である"とある。クリーンルーム版と言う意味は、設計エンジニアたちは設計室に入る時と退出する時に身体検査をされ、何も持ち込まない、何も持ち出さないということを徹底することである。
つまり、普通のものづくりの方法は、まず設計図があり、それに基づいて製品を作っていくのであるが、この場合はまず製品(30386)があり、それがどういう設計で作られたのかの情報なしに、公開された情報だけをもとにその当該製品と同じものを作ることである。AMDが与えられた公開された情報で一番有力なものは2つである。
1. 80386のデータシート、ユーザーマニュアルなどの資料
2. 80386そのもの
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