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PC関連スレ

2039とはずがたり:2017/02/06(月) 17:26:06

この本によるとIBMからIntelにこの話が来た時、Intelは大いに期待したことが書かれている。その当時シリコンバレーのベンチャー企業であったIntelと同じく、この話に狂喜したもう1つの企業があった、そしてその企業はIntelとともに、その後のIT業界を牛耳る巨大企業になった。

マイクロソフトである。 この話は、いろいろな本が既に書かれていて、当事者でもない私が語るものは何もない。 ここで私が語りたいのは、このIntel:x86 CPU+マイクロソフトと言う不動の独占ビジネスモデルの構築に、実はAMDが大きく貢献していたという事実である。

IBMはこのPC(いろいろな話を読むとIBM自身も、このPC:Personal Computer:個人で持つコンピューターと言う概念については社内でかなり懐疑的にみられていたらしい…)のメインCPUについては社内で作られているメインフレーム用のCPUは使いようもなく、CPUもソフトも外部から調達するという点で、当時はこの製品はIBMの主流から外れたかなり得体の知れないプロジェクトであったことがうかがえる。

ただし、さすがはIBM。調達部門はCPUは必ず2次ソース(とは註:なんだ,2次ソースって?互換の製品を供給出来る会社みたいだ。)があることと言う条件を付けていた。ソフトについてはハードのおまけくらいにしか考えていなかったのだろう、マイクロソフト1社に任せた(これがその後大きな付けとなって回ってくるなどとは想像もしなかっただろう)。IBMのビジネスにテンションが上がったIntelだが、2次ソースを探さねばならない。そこで、IntelのCEO Robert Noyce(マイクロプロセッサの生みの親と言われる)が真っ先にコンタクトしたのが、National SemiconductorのCharlie Sporckである。

筆者は最近この連載の執筆にあたりCharlie Sporckの手記、「Spin-Off」を読むまでは、IntelはAMDにコンタクトしたのだと思っていたのだが、最初のコンタクトはNationalであったことが判明した。

Charlie Sporckの手記には、"ある時、家族とスキーに行っていたらIntelのRobert Noyceから電話がかかってきた。一緒にIBMに納めるマイクロプロセッサをやらないか? と言う話であったが、そんなもの(マイクロプロセッサ)ビジネスになると思わなかったので即断った。今から思ってみれば、あれは間違いだった。"と言う記述がある。

しかし、Nationalは、その後Chiarlie Sporckの下でアナログ、ディスクリート製品にフォーカスして大きく成長し、最後にはスピンアウトした母体であったFairchildを買収することになった。シリコンバレーの老舗企業たちの生い立ちについては、番外編で書くつもりである。

IBMが新製品PCにIntelのCPU採用を決定する際に、2次ソースを見つけることを条件にし、IntelはNationalのCharlie Sporckにコンタクトしたが断られたことは前述した。

そこで、IntelのNoyceはAMDのJerry Sandersにコンタクトした(Noyce、Spork、Sandersは皆かつてはFairchildで一緒に働いた同僚である)。

AMDは当時CPUとしてはIntelの競合で8ビットの世代では確実に成長しつつあったZilogのZ80(8ビットCPUアーキテクチャの傑作と言われている)を2次ソースメーカーとしてサポートしていたが、IBMのPCの話を聞くと、Sandersはそのビジネス感覚でもって、あっさりとNoyceの協力要請を受け入れた。

かくして、後に源平合戦を繰り広げることになるAMDとIntelは最初は盟友として、もう一つのCPUのアーキテクチャの雄、Motorolaの68000に対抗すべく共同戦線を張ることになる。 そのころのAMDとIntelの"Partner Chip"(パートナーシップのしゃれ)と題した共同広告を見つけたので掲載する。その後の両社が親の敵と言うほどにいがみ合ったことを考えると、信じられない話である。

http://tohazugatali.web.fc2.com/PC/001.jpg
AMDとIntelはかつて共同戦線を張っていた (出典:「THE SPIRIT OF ADVANCED MICRO DEVICES」)

PC市場の急速な拡大 - 2次ソースとしてのAMD

このIBM PCへのCPU・OSの採用によって、結局マイクロソフトのOSを使用したPC系はAMDとIntelのx86、片やMotorolaは産業用の埋め込みアプリケーションという風にすみわけが決まってしまった。その後Motorolaの68000はAppleが採用し大流行となるMacintoshのCPUとなったが(今は亡き天才Steve Jobsの最初の傑作Macは1984年1月に発表された)、後にWintelといわれるようになった派手なCPUの世界規模の競争からは締め出されてしまったわけだ。

IBMのPCが次第にその価値を認められ、IBM・PCのクローンが市場に出現し、瞬く間に巨大な市場になってゆく(そういえば、クローンなどという言葉もこのころ初めて聞いたのだと思う…)。そうなるといよいよ2次供給者が重要になってくる。というのも、急速に成長する市場のからの需要にIntelだけでは対応しきれないし、各PCメーカーも一番重要な部品であるCPUを1社から購入するのも不安であるからだ。


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