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PC関連スレ
195
:
とはずがたり(1/3)
:2004/07/23(金) 01:23
開発担当者が語る『iPod』誕生秘話 (Hotwired)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/computer/apple.html?d=22hotwiredi01&cat=8&typ=t
ベン・クナウス氏(33歳)は、米アップルコンピュータ社がMP3プレーヤーの開発を依頼した米ポータルプレーヤー社の元上級マネージャーだ。このMP3プレーヤーが、後に『iPod』(アイポッド)として爆発的な人気を博することになる。
クナウス氏は、開発プロジェクトの打ち切りにつながりかねなかった技術的なミスなど、iPodの開発にまつわるエピソードと、iPodを極秘にするためにアップルがとった非常措置について、自らの体験をもとに語った。
アップル社とのパイプ役を務めたクナウス氏は、2001年にポータルプレーヤー社を辞めた。クナウス氏によれば、iPodはもともとトニー・ファデル氏(写真)のアイディアだったという。ファデル氏はフリーランスのハードウェア専門家で、米ジェネラルマジック社や蘭フィリップス社のハンドヘルド機器開発に携わったこともある。
「MP3プレーヤーと『ナップスター』のような有料音楽配信サービスを組み合わせて完全なものにし、これを核にして会社を設立するというのがファデル氏の構想だった。ビジネスのアイディアを持っていたのだ」と、クナウス氏は明かす。
クナウス氏によれば、ファデル氏はフィリップス社を去り、自分のアイディアを売り込むために独立したという。ファデル氏は数社に売り込んだが、話に乗ってきたのはアップル社だけだった。
アップル社は2001年初めにファデル氏を雇い入れ、約30人の社員からなるチームのリーダーにした。クナウス氏によると、デザイナー、プログラマー、ハードウェア・エンジニアらで構成された「典型的な工業デザインの開発チーム」だったという。ファデル氏は現在、アップル社の上級ディレクター(iPodおよび特別プロジェクト・グループ担当)を務めている。
クナウス氏によると、ポータルプレーヤー社との初期の会合でファデル氏は、「このプロジェクトは、アップル社を造り変えることになる。10年後には、コンピューター事業ではなく、音楽事業になっているだろう」と述べたという。
「ファデル氏は事業プロセスのアイディアを持っていた。アップル社は、ファデル氏が数年前に思いついたアイディアに基づき、自社を変革しつつある」と、クナウス氏は付け加える。
クナウス氏によると、ファデル氏は、ポータルプレーヤー社が参考として用意したMP3プレーヤー2機種のデザイン――その1つはタバコ用ポケットに収まる程度の大きさ――についてよく知っていたという。参考デザインは未完成だったが、試作品はいくつか製作されていた。クナウス氏は、「かなり不格好だった。たくさんのボタンがあるFMラジオみたいだった。(インターフェースは)いかにもハードウェア専門の連中が作りそうな代物だった」と語る。
だが、ファデル氏は有望なデザインだと考えたという。「ファデル氏は、これは製品になると考えた」とクナウス氏。
「アップル社を惹きつけたのは、(ポータルプレーヤー社が)オペレーティング・システム(OS)を開発していたことだった。実際、それがセールスポイントだった。ポータルプレーヤー社はすでにハードウェアもソフトウェアも完成させており、一方、アップル社には時間の余裕がなかった」
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