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鉄道貨物輸送研究スレッド
940
:
とはずがたり
:2010/01/03(日) 23:23:01
これも
>>881
で外出だがチキ80000。
吉沢石灰・大叶,奥多摩工業・氷川(こっちの方が気分出るw)─生石灰→水江町・日本鋼管と云う輸送が有ったか。
S40年代の扇島への新工場建設と恐らく主力部分の移転以降,工場専用線直結の貨車輸送の優位が薄れて,1980年(昭和55年)の時点では終着駅が塩浜操に変更に成って居て,1985年(S60)で扇島以外の専用鉄道が廃止されていると云う流れの様だ。
チキ80000形80027
http://3.pro.tok2.com/~shimpei/0001/140_pfc-special20/pfs992_chiki80027.htm
チキ80027は昭和54年9月日車で80024〜80029の6両ロットとして製作された。
本形式は昭和51年11月に試作車2両、量産車22両が一斉に車籍編入され、所有者2社(奥多摩と吉沢)で各11両づつ所有した。
このロットは3年振りの増備車で、従って5番目のロットとなる。ちなみに本ロット以降は吉沢だけの増備となった。
外観・構造は、細部以外は昭和51年製の量産車と同一で、見分けがつかない。ちなみに積載している「特殊容器」は奥多摩所有のものだ。
所有者は吉沢石灰工業KK・常備駅は浜川崎だったが、一月もたたない同年10月に水江町に変更された。写真の葛生駅での撮影で、編成になっていた姿が目に浮かぶ。他の吉沢所有車と一緒に、昭和62年4月に廃車となった。
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