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鉄道貨物輸送研究スレッド
608
:
荷主研究者
:2008/04/30(水) 02:07:05
昭和初期に「臨港」でなく「臨海」鉄道と付く社名は珍しいのではないか。実現すれば貨物はともかく旅客の需要は現在でもありそうだ。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20080304/CK2008030402092581.html
2008年3月4日 中日新聞
幻の『浜松臨海鉄道』一冊に 浜名高校史学部が発行
完成した「伎倍」について語り合う部員たち=浜松市浜北区西美薗で
大正から昭和初期にかけて、中田島海岸付近で産出されたれんがの原料砂やイグサの搬出などのために敷設が計画されたものの、頓挫して幻に終わった「浜松臨海鉄道」に、浜名高校(浜松市浜北区西美薗)史学部が発行した部誌「伎倍」(A4判、30ページ)の中でスポットを当てた。現在ではこの鉄道計画を知っている市民はほとんどいないとみられ、2年の狩野圭祐部長は「歴史の中に埋もれた鉄道で、自分たちも驚いた。皆さんに広く知ってもらいたい」と話している。
浜松臨海鉄道は現在のJR浜松駅付近と南区中田島町間、約4・6キロ弱を結ぶ路線で、1922(大正11)年から32年にかけて計画があった。財政不況で資金調達ができず、着工しないまま設立会社が解散した。当時中田島付近はれんがの原料となる砂やイグサの産地で、鉄道は貨物や旅客として使われる予定だったという。
同鉄道に関する資料は県歴史文化情報センター(静岡市葵区)に保管されていたマイクロフィルムから得た。フィルムを活字にした資料58枚をデジタルカメラで写し、部員が虫眼鏡を使って解読。「浜」は「濱」、「図」は「圖」となっているなど、現代っ子は旧字が読めずに難航した。
半年がかりで完成した資料からは、起業のいきさつや鉄道大臣にあてた敷設免許申請書、営業収支概算書をはじめ、株主総会で解散を決議するまでのいきさつなどが読み取れる。
顧問の小池善之教諭は「鉄道ファンも知らない存在。新聞資料はあるかもしれないが、これがすべての資料」と話している。
部誌には、浜松軽便鉄道や光明鉄道など、かつてあった鉄道も網羅した研究なども収録した。希望者には学校で無料配布する。
問い合わせは浜名高校=電053(586)3155=へ。 (河野貴子)
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