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鉄道貨物輸送研究スレッド

377荷主研究者:2005/07/19(火) 00:01:49

【南大町駅】
http://mytown.asahi.com/nagano/news01.asp?c=5&kiji=1425
企画特集[しなの途中下車]

アルミ「国産第1号」工場見つめ70年
駅舎は小さなログハウス風。駅から数十㍍で昭和電工(左奥)の正門に行き当たる=大町市大新田町で
≪ JR大糸線 南大町駅(大町市) ≫

 駅正面に昭和電工信州事業所の敷地が広がる。70年前、ここでアルミニウムの国産化に初めて成功した。工場建屋は、昭和初期の鉄骨の骨組みを残す物も多い。

 事業所内の歴史記念館に保存されている当時ののアルミ塊を見た。文鎮形の表面には、英文表記で「国産第1号 1934年1月12日」の刻印。歳月が本来の輝きを多少失わせてはいるが、ガラス越しに鈍く輝きを放つ姿はどこか誇らしげだ。

 アルミ国産化は、昭和電工の初代社長、森矗昶(のぶてる)が陣頭指揮した。北アルプスを源とする高瀬川の水力発電が工場立地の決め手となったという。構内には「アルミニウム発祥の地」という石碑もある。

 「アルミの話は、地元でさえあまり知られていなくて……」と、案内役の遠山昇・総務グループ副主席は苦笑する。戦後一時中断したが、70年の約4万4200トンをピークに累計約66万5700トンが出荷された。82年に事業所での製造が停止され、製鉄所などの電気溶鉱炉で使う黒鉛電極の生産に主力を移した。近隣から年に数校、見学に来るが、「生徒たちは驚きの声とともに、少し自信を深めたような表情になるんです」。

 原材料の搬入や製品の出荷を担った貨車の引き込み線が十数年前まで、信濃大町駅から延びていた。「通勤時間帯は駅から門まで人並みが切れなかった、と先輩から聞いた」と遠山さん。

 約1キロの引き込み線跡は舗装され、輸送は大型トレーラーに代わった。千人をゆうに超えた従業員は500人を切り、マイカー通勤が主流。国道147号下のトンネルが唯一、引き込み線のなごりとなっている。(英)

《メモ》昭和電工がアルミニウムの国産化に成功した翌年の1935年に開業。かつて最多で2700人を超える従業員数を誇った同社大町工場のために開設されたとされる。無人駅で、普通列車上下各20本が止まるが、市立仁科台中学校と県立大町高校などへの通学客が大半。周辺は郊外型の大型店の進出が相次ぎ、市内の商業の中心が移りつつある。

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