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鉄道貨物輸送研究スレッド
2919
:
民鉄貨物輸送研究者
:2021/10/31(日) 15:05:06
返信が遅くなり大変申し訳ございません
ここで記載漏れがありましたので書き込みます それは上白石駅から秋田(操)までの石灰質肥料の定型輸送と
葛生地区の炭カル輸送は鏡石・矢吹・須賀川は昭和53年8月に廃止で他は昭和57年度以降順次廃止の事です。
他には上白石・大叶から飾磨間の生石灰輸送は開始時期不明ですが昭和61年10月に廃止で上白石駅から西八幡間のドロマイトクリンカー輸送も同時期に廃止。ここで誰もが疑問に思う事ですが新日鉄広畑・八幡製鉄所への生石灰・ドロマイトクリンカー輸送は岡山の足立や岐阜県の大垣付近から輸送すればコスト的にも安く済む訳ですが 膨大なコストをかけて栃木県から輸送する必要性があるのかどうかです。
この貨物輸送は昭和50年代には年間平均1万トン〜2万トン輸送実積があったのですが 兵庫県立図書館間に所蔵してある港湾統計では新日鉄広畑製鉄所へは岡山県足立駅から輸送された事に改ざんされている可能性があります。蛇足ですが上白石駅から西八幡駅までは年間1万トン位で推移しております。理由として考えられるのは高貴な御身分のお方が葛生町に戦後 行啓された事に起因する事に由来します。これは上白石駅から西八幡間のドロマイトクリンカー輸送や葛生地区から宮城県以北や関東甲信越地区以西の石灰製品輸送も同様な理由があるからです。
当時 社扱い鉄道貨物は一般の人や鉄道マニアからも全く無関心な状況下なので時が経れば自然風化し記憶自体が消滅するし社史等は細かい点は大雑把に省略するので記述は一切ありません。
その他 野田市発送の醤油輸送にも簡単に記述します。発送先は主として新潟港(貨)東静岡(貨)宮城野(貨)が昭和50年代年間1千t位で推移 他には越谷(タ)隅田川(貨)・磯子・西湘(貨)湯河原・(伊東・伊豆急下田 昭和55年度廃止)大府・新守山(貨)笹島(貨)梅小路(貨)梅田(貨)安治川口(貨)神戸港(貨)福岡港(貨)宮崎・鹿児島・上田?北長野・東金沢・苗穂(貨)原料の食塩のトラ積み輸送は 宮下(貨)越中島(貨)本牧(操)発 ワラ車の袋詰めの大豆輸送は 食品南(貨)高島町発 脱脂大豆のホキ2200型使用の輸送は清水・磯子発 又磯子から館林までの脱脂大豆の正田醤油宛ての定量輸送が存在しました。
話は変わりますが名鉄線の昭和50年代の定型 定量輸送にも触れます
まずは袋詰め硅石で三河広瀬から西八幡・浜小倉(製鉄用)美合から糸崎・黒井・小国(セメント・製鋼・肥料用)
猿投から浜小倉・岩瀬浜(製鉄・肥料用)有田(耐火煉瓦)会津若松・備中高梁から太田川までの玄米輸送 全てワラ車使用
北長野から聚楽園(鉄くず)信濃大町から聚楽園(合金鉄・フェロマンガン・フェロクロム)塩尻から聚楽園(電極)上白石(貨)から聚楽園(焼成ドロマイト)は愛知製鋼宛 南延岡・二本木・能町?名古屋パルプ宛ての液化塩素 知多(貨)から布袋まで布袋食糧宛ての小麦の輸送
秩父鉄道は皆野から鹿児島までの石粉の定量輸送(年間1千トン位) 以上です。
昭和58年12月まで東武鉄道・秩父鉄道籍の貨車が名鉄線内に頻繁に往来した関係で技術的な交流が存在した可能性はあります。最後に乱筆乱文ご容赦ください。
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