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鉄道貨物輸送研究スレッド

2839荷主研究者:2020/12/27(日) 20:03:39

https://www.sanyonews.jp/article/1075553?rct=top_special_view
2020年12月01日 12時00分 山陽新聞
謎の線路
コラム|岡山鉄道雑記

赤い線が土を運んだ線路=5万分の1地形図「岡山南部(部分に加筆)」、地理調査所、1951年

かつてはこの景色どこかに線路があった。高架道路上の中央左に見える白い建物が岡山市立市民病院。そのすぐ左が北長瀬駅=岡山市北区日吉町付近

水道橋と並んで架かる、二輪車なら渡れる橋の上から南を見る。この景色の中、あるいは橋のあたりに鉄道橋があったはず=笹ヶ瀬川

トロッコはこの景色のどこかを走っていた=岡山市北区尾上

線路があったあたり。背後の山の麓から土が運び出された=岡山市北区尾上

赤い車の向こうが土を取っていたところ。線路とトロッコもこのあたりに残されていた=岡山市北区尾上

機関車を疎開させる線路が計画されたのがこの道沿い。写真左に「工」と彫られた用地界標が写っている。「工」は明治時代、鉄道を管轄した工部省の頭文字。国鉄からJRになったいまも続けている=岡山市東区宍甘

枕木と有刺鉄線に囲まれた一帯が機関車疎開予定地。山裾にも「工」の用地界標がある=岡山市東区宍甘

小西伸彦さん

 その線路は、地理調査所が1951(昭和26)年5月30日と1954(同29)年4月30日に発行した5万分の1地形図「岡山南部」に描かれている。国鉄線(日本国有鉄道の路線)のようだ。岡山駅の西南西3.2キロメートルあたりで山陽線から分かれている。分岐点は今、岡山ドームがあるあたりだろうか。謎の線路はしばらく西北西に向かい、笹ヶ瀬川の手前で北西に進路を変え、岡山市北区花尻の山裾で消えている。総延長約2キロメートル。駅を表す地図記号がないので、旅客鉄道ではなかったようだ。

 11月のある午後、1951年に発行された地形図と、現在の地図を持って北長瀬駅で下車した。北長瀬駅の開業は2005(平成17)年だから、1951年の地形図には載っていない。北口階段の少し北が分岐から200メートル地点で、線路は田んぼの中を走っていたはずだ。しかし、いまは住宅や工場などが建っている。新しい道路や新幹線の高架橋もできていて、1951年の地形図とはまったく様子が違う。線路跡の特定はまず困難だ。

 それでも、このあたりを線路が走っていたのではないか、と勝手に思い描きながら2時間ほどさまよった。そして線路消滅地点とおぼしき辻に着いたとき、幸運にも、当時を知る方からお話しを聞くことができた。「線路の上を走っていたのは、山から削り出した土を運ぶトロッコで、土は岡山操車場の造成現場に運ばれた。その場所は、岡山市北区尾上字向山から南町にかけてで、火薬庫もあった。跡地は住宅地になっている。運び出しが終わった後も、麓の線路とトロッコはそのまま残されていて、よくそこで遊んだ。1956(昭和31)年ごろのことだ」

 国鉄や片上鉄道の機関士だった方に、機関車を疎開させようとした場所にご案内いただいたことがある。山陽線東岡山駅の北北東約1.2キロメートル付近だ。第二次世界大戦末期の計画だったが、線路が敷かれ、機関車が疎開することはなかった。岡山市東区宍甘(しじかい)の往来神社から続く、車1台がどうにか通れる道を歩いて行くと、両側に「工」と彫られたコンクリートの用地界標が現れ始め、やがて枕木と有刺鉄線で囲まれた疎開計画地が目に飛び込んでくる。空から見れば、機関車を隠したことなどすぐにわかってしまうような気がするが、戦時中、運輸通信省あるいは運輸省は宍甘の道と土地を買い上げたのだ。

 1951年だから、いまから69年前に発行された地形図に、北長瀬で山陽線から分岐して尾上で消える線路の地図記号を見つけたとき、宍甘への機関車疎開計画を思い出した。しかし1951年は終戦から6年が過ぎている。もう一つの地形図が発行された1954年も、『経済白書』に「もはや戦後ではない」と記された2年前だ。戦後復興を遂げる日本で、鉄道輸送はふたたび活況を呈するようになっていた。操車場の拡幅造営と聞いて納得した。しかし、傾き始めた太陽に照らされた吉備の中山をながめながら、吉備線一宮駅に向かって歩いていたら、つぎの疑問が浮かんできた。ではなぜ尾上の山土に白羽の矢が立てられたのだろう。

     ◇

 小西伸彦(こにし・のぶひこ)専門は産業考古学と鉄道史学。「還暦を過ぎても産業遺産、特に鉄道と鉱山の遺産を見て喜ぶ、よく言えば研究鉄、ふつうに言えばただのもの好き」とは本人の弁。就実大学人文科学部総合歴史学科非常勤講師、産業遺産情報センター研究員、鉄道記念物評価選定委員、倉敷市文化財保護審議会委員、新修津山市史近現代編執筆者、産業遺産学会理事。著書に「鉄道遺産を歩く 岡山の国有鉄道」「みまさか鉄道ものがたり」(ともに吉備人出版)など。1958年総社市生まれ。香川大経済学部卒。


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