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鉄道貨物輸送研究スレッド

2590荷主研究者:2018/09/02(日) 21:41:09

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/railnews/list/CK2015121302000089.html
2015年12月13日 中日新聞 紙面から
経営難乗り越え「40歳」 半田の衣浦臨海鉄道

衣浦臨海鉄道のKE65形ディーゼル機関車。今秋の開業40周年では記念ヘッドマークが取り付けられた=半田市十一号地の半田埠頭駅で

 半田市十一号地の半田埠頭(ふとう)駅。広大な敷地の一角で、どっしりとしたフォルムの赤い機関車が陽光を浴びて輝く。開業以来、四十年にわたって衣浦湾沿岸から全国各地へ荷を運んだ第三セクター「衣浦臨海鉄道」のKE65形ディーゼル機関車だ。

 衣浦臨海鉄道は一九七五(昭和五十)年十一月十五日、国鉄(現JR)や県、半田市などの出資で誕生。半田埠頭駅が地域輸送の新たな拠点となり、市内の国鉄東成岩駅とを結ぶ三・四キロの半田線が施設された。

 衣浦港沿岸の工場で製造される工業製品の輸送として期待されたが、鉄道が花形だった時代は既に終わっており、もくろみは外れた。各工場は製品を半田埠頭駅で鉄道用コンテナに積み替える手間を嫌い、そのままトラックで目的地へ運んだ。特に五百キロ未満の比較的近距離は、トラックに太刀打ちできなかった。

 七七年に名鉄三河線の貨物輸送を肩代わりするため、衣浦港の半田市対岸部に碧南線(全長八・二キロ)ができた。碧南市駅(碧南市)から北上し、高浜市で衣浦港を渡り、武豊線東浦駅(東浦町)まで延びる。だが、主な輸送品だった三州瓦の需要落ち込みで利益向上にはつながらなかった。

 衣浦臨海鉄道の苦境を伝える八四年四月二十八日付の本紙記事は「このごろ地元じゃ『国鉄名古屋駅へ乗り入れて旅客列車にしたら』『SLを走らせて、衣浦湾岸観光鉄道にしたら』などの意見まで出てきたり-」と事業の先行きを危ぶんでいる。

 光明をもたらしたのは九一年十月に稼働した碧南市の中部電力碧南火力発電所だった。公害対策の一環で、発電所に触媒用の石灰を運び込む輸送機関に衣浦臨海鉄道が選ばれた。

 三重県いなべ市で採掘し、粉末にした石灰を貨車十六両に積んで碧南市の発電所へ運び込み、発電所で出た石灰灰を三重へ送る。発電所関連の輸送が安定収入となり、経営は次第に改善に向かった。

 二〇一四年度、発電所関連が主体となる貨車輸送の収入は一億六千四百七十五万円と貨物収入全体の83%を占め、コンテナ輸送を大きく上回っている。

 苦難の時期を乗り越え、衣浦臨海鉄道は十一月十五日、「四十歳」の誕生日を迎えた。開業時から運行する二両を含む計四両の機関車が衣浦湾の東岸、西岸をそれぞれ南北に走り、地域の企業を支えている。伊藤則人業務部長(61)は「今後も発電所関連の安定輸送に努め、半田線での工業製品の輸送も増やしていきたい」と先を見据えた。 (大久保謙司)


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