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鉄道貨物輸送研究スレッド
2200
:
荷主研究者
:2016/10/15(土) 23:57:05
「貨物取扱駅と荷主」に八戸地区を追加
://butsuryu.web.fc2.com/hachinohe.html
これまで暫定版として、石油輸送基地内の本八戸駅を「貨物取扱駅と荷主」にリンクしていたが、〝八戸地区〟今回として大幅に内容を追記し刷新した。八戸地区としては、八戸貨物、本八戸、湊、陸奥湊、鮫、北沼の八戸市内各駅を纏めている。
八戸は北東北を代表する港湾・工業都市であり、市内各地に貨物線、専用線が張り巡らされ、大量の鉄道貨物輸送が行われてきた。これら京浜や中京、北九州といった専用線密集地帯が戦前から貨物線や専用線が充実していたのに比べて、八戸は戦後、特に1960〜1970年代にかけて急速に充実し、1980年代に一気に衰退するという短期間の最盛期であった。
1960年代までは、鮫駅には松尾鉱業(株)から船積み用の硫黄が大量に到着していたほか、湊駅には日東化学工業(株)で製造する化学肥料向けに同じく松尾鉱業(株)からの硫化鉱の到着、本八戸駅には日曹製鋼(株)向けの原料砂鉄の到着が目立った。
1970年代に入るとこれら硫黄や砂鉄の輸送が産業構造の変革により消滅したものの、陸奥湊駅からの住友セメント(株)の北東北向けセメント輸送が大幅に増加、本八戸駅の石油基地専用線からの石油輸送が活発化、そして何と言っても北沼駅の三菱製紙(株)に発着する貨物が大幅に増加した。また鮮魚輸送もレサ導入により一時的にトラック輸送に対して有利に立った。
しかし1980年代には入ると、鮮魚やセメント輸送は消滅、石油輸送も米軍三沢基地向け燃料輸送以外は全廃となり輸送量が急減、国鉄末期に湊、陸奥湊、鮫の各駅の鉄道貨物輸送は姿を消した。
1990年代以降は三菱製紙(株)八戸工場が、八戸地区の鉄道貨物輸送において圧倒的な存在感を持つようになるが、同工場は発足以来、製品輸送のみならず原料輸送でも新設や転移、廃止等の様々な変遷があり興味が尽きない。
国会図書館で『貨物』や『運輸タイムズ』、八戸市立図書館で『八戸市統計書』や八戸製錬(株)の社史(10年史)、日東化学工業(株)の社内報といった複写ができたことで、八戸地区の鉄道貨物輸送の歴史を概略把握できるようになったこともあり、長年暫定版でごまかしていた内容を大幅に刷新した。
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