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鉄道貨物輸送研究スレッド

1485とはずがたり:2012/09/07(金) 09:27:37
要出典となっているので消されちゃうかも知れないので転記

弥富駅
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%AF%8C%E9%A7%85

かつては、3番線の北側に貨物側線があり、名鉄・旧国鉄間の渡り線があった。貨物側線はオーストラリアから輸入された羊毛を四日市港から関西本線を経て日本毛織(ニッケ)弥富工場へ運搬するために利用されていたが[要出典]、名鉄尾西線の貨物営業廃止後に撤去されたため、現在は駐車場となっている。

日本毛織弥富工場専用線
ttp://nishimiyaushiro.web.fc2.com/haisen/yatomi.html

1928(昭和3)年に日本毛織(以下ニッケ)が中心となり設立した昭和毛絲株式会社。 工場の建設地は間もなく弥富町(現 弥富市)の木曽川に面した田園地帯に決まりました。 393,400㎡の広大な工場建設と合わせて最寄りの関西本線弥富駅からの専用線も敷設され、1929(昭和4)年11月にはもう試運転が行われています。 工場は1930(昭和5)年2月に操業開始、専用線もその頃から本格稼働したと思われます。
専用線は延長1.0km、昭和初期開業としては珍しく最初から私有機を持っていたようですが、蒸機なのかガソリン機関車かも不明です。 専用線には四日市港に輸入された原料の羊毛が到着していました。 他にも動力源の石炭も到着していたと思われます。
第二次世界大戦がはじまると直接軍需に関係ない紡績業は苦境に立たされ、1942(昭和17)年に昭和毛絲は親会社のニッケと合併。 さらに弥富工場は川西機械製作所の航空機関連工場にされてしまいます。 戦後はニッケに戻されて紡績工場として復活します。 1959(昭和34)年の伊勢湾台風では海抜マイナス地帯の弥富地区は水没の憂き目に遭いますが、工場は水害を想定して全体が1m嵩上げされていたため水は付いたものの致命的な被害は出なかったようです。 その後は水害対策と並んで宅地開発も進み、1964(昭和39)年には専用線の土地も宅地化されることになって廃止されました。


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