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技術的特異点/シンギュラリティ【総合】避難所17
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>>712
文学や小説の方面にはそういう見解もあるんだな
実は、シンギュラリティは約2000年前のキリスト教が布教した「神の国」と同類の預言であり、「古代から続く」ものだという経済史学の論文もある
https://w.wiki/9K2Z
経済史学者の杉浦勢之によると、カーツワイルはレトリック(修辞技法・美辞麗句)を駆使している。
もし100年や1000年先の未来を語った場合、人々の実感や想像をかき立てるのは難しい。しかし語る内容が近未来(2045年)なら、それは現在の世代のほとんどがまだ生きている時代であり、いくらか迫真性がある。そして、行動経済学者ジョージ・エインズリーの「双曲割引」説によれば、人間は遠い将来よりも近い将来で得られるものに、より高い価値を置く。
つまり、近未来にシンギュラリティが来ると人々に言えcば、《近未来に賭けたい》・《投資してリターン(利益)を得たい》といった誘惑が広まり得る。この場合、何が正しいのか、数学的に正確か等の検証は、重視されていない。
杉浦が言うには、シンギュラリティ論のレトリックは、宗教家が使っているものと同類である。使徒パウロの説教のようなシンギュラリティ論に従えば、約束された「来るべき時」は──または神の国の到来は、審判の日は──間近に迫ってきている。
その「時」は不可避にやって来るものであり、「特異点」である。
このように預言(予言)する論は、近現代に至るまで思想家たちを惹きつけており、その典型例は、共産主義社会の到来を預言したカール・マルクスや、民族共同体の勝利を預言したナチス法学者カール・シュミットである。
経営者であるカーツワイルは、テクノロジー発展の先に「不死」を預言している。これは一見すると奇妙だが、彼を現代の「預言者」と捉えれば説明がつく。カーツワイルは、「テクノロジー」を「神」のように扱うレトリックによって、数学や自然科学からの批判を無意味化しているのである。
古代から続く預言者やシンギュラリティ論者に対する批判として、「かれらは、理解することの純粋な喜びや、臨床的な視線の中立とは無縁なのだ」というレジス・ドブレの批判が援用されている。
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