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おしゃべりルーム

67Sekko:2006/06/08(木) 21:11:32
ありがとうございました。
ご感想ありがとうございました。中央公論新社から『レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実』も出しています。あわせて感想をいただければ嬉しいです。他の方もよろしく。
 風景をただ「美しい」ものとして感動するというのも、文化に規定されたコードが介在しているように思われます。たとえば日本人にとって桜の花咲く風景の持つ含意の豊かさが切り離せないように。ただ、文化による解釈の違いはあるにしろ、「環境を愛でる」という営み自体は人間にユニヴァーサルにあるようで、だから絵画芸術も成立するのでしょう。
 光ファイバーがまだ珍しい頃、東急ハンズで買った光ファイバーで色とりどりに輝くクリスマスツリーをフランスに持ってきました。部屋を暗くして生徒たちに見せますと、老いも若きも、なに人でも、はっと息をつめるような感じで魅惑されて、わくわくと見つめました。それで、うちの猫たちにも見せたのですが、反応なしです。っていうか、見てない。無理に視線を固定させても、やだやだってば、というばかり。このとき、私はすごく疎外感とショックを受けました。すごく可愛がって、日常的に以心伝心って場面もあるこの子たち、やっぱり、異人種じゃん、というか異種。感動のしどころが違う。花火とか見せても、全く無視だろうなと。ヒトなら、まあ難しい文化の文脈の共有を前提にするような美術は別として、夜空に花火が上がるのを見ると「わー、きれいだ」というプリミティヴな感動のレベルが共通してます。そういう類的な感動の琴線の振動数が合っているというのを信じて、そこから芸術も哲学も出発するんだなとか思いました。




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